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40話 僕の知らない、もうひとつの結末 その1
しおりを挟む「……あら。 そうそう、大事なことを忘れていたわぁ。 あの子が思っていた以上にぽけーっとした顔を見せてくれたものだからおかしくって、伝えずにいるところだったわ、危ない危ない」
「シルヴィー? 私、これからお父さまの元へ」
リラが放心状態となって……彼女たちにとっては、きっと張り詰めていた気持ちが緩んでぼうっとしているのだろうと感じられ、だからこそリラから少し離れたところで盛り上がっていたのだが。
父親への連絡のために……リラに、休養のことなどを伝えたのだと……だからこそ、これからリラが働こうとするのを何が何でも止めなければなりません、と伝えようと部屋から出ようとしたジュリーを、シルヴィーが引き留める。
「ちょっと待ってちょうだいな。 すぐに済むものだし……どうせ朝食をご一緒するのだから、そのときでいいじゃないの、私だって当事者なのだから問題ないでしょう」
「………………………………。 それも、そうですね」
ひとしきりに、これからいかにリラを甘やかして……今までの分以上に楽しませるかを話していた彼女たちは、時間を気にしてそわそわとし始めているメイドたちに急かされるように感じつつも……最後の話題にたどり着く。
「で。 これ、ものすごく……、ちょっと近くに来てちょうだい。 いえ、もっと」
「……? これでも充分ではないですか」
「もっと。 ナイショのことなのよ」
「え……ええ、いいですけれど……」
そうして……小一時間前の彼だった彼女が見ていたら、すわ百合キスに乗り出されるか、と構えただろう距離まで顔が近づいた彼女たち。
もちろんふつうの、使用人に限らずほとんどの人間ならば、ただの他人に聞かせられない話なのだと解するだけなのだが。
その証拠にメイドたちも、さりげなく距離を取って彼女たちのことを視界に入れないようにと……代わりにリラを。
リラが、ショックのあまりに放心しているがゆえに。
……ジュリーたちがまたしても周りにさりげなく置いた人形たちに囲まれ、「小さい小さいお姫さま」な様子の彼女を、滅多に見られない彼女を、熱心に見つめていた。
「……で、ね? この前言っていた、あーすぃ……なんとかってやつなんだけど」
「………………………………? そのためにわざわざ……あら、もしかしてシルヴィーもしてもらいたいの? それで、こっそりと? ええ、そうですわっ、前に話しましたように、あれはとても気持ちの良いものなのですっ。 はじめの数回はほとんどの場所で、それが過ぎても悪いところは痛かったりするのですけれど、それを過ぎると、リラの手が刺激してくる箇所が……上手く表現できないのですけれど、とにかく気持ちいいのですっ」
「…………………………………………………………………………………………」
「ええ、それはもうシルヴィーが大好きになったおふろなどというものよりも、ずっとずっとですっ。 あのですね、おふろで気持ちよくなったあとに寝そべってリラにあれをしてもらうと、いつの間にか眠ってしまうくらいには。 私、もう……あれなしの生活には戻れないくらいですっ」
力説しているうちに腕を使ったりして徐々に声が大きくなるほどに興奮してきているジュリーという……ほんとうに、無垢な少女。
「それ」がいかにいいものであって、リラの提供してくれるすばらしいもので、ぜひに友人であるシルヴィーにも試してみてもらいたいのだと、それはもう必死になってきていて。
「ジュリー。 声、声」
「そのですね、……ああもうっ! これを言語にできないのがもどかしくて仕方がありませんわっ。 けれど、とにかく……気持ちの良いところをリラに触られていると、なぜだか体の「中」からふわっと持ち上がるような感覚とともに何かが突き抜けそうな、そのようなもどかしくもすてきなものが襲ってくるのです。 思わずに声も出てしまいますし、それがとても恥ずかしいように感じてしまうのですけれども、けれどもリラはそれが自然なことだから我慢しないようにと言うので口から出して……なので終わる頃には息もとても苦しくて、終わってからはしばらくぼぅっとしてしまうくらいには疲れてしまいますけれども、おふろから上がって汗が引く頃には多少の風邪程度でしたらすっかりよくなってしまって」
「ジュリー? ね、ジュリーそのあたりで」
「危ないからとお湯の中でしてもらったことはほとんどないのですけれども、頼み込んでしてもらったときには……じっくりとしてもらったときには、それはそれはもうっ、意識がどこかに行ってしまいそうな感じでっ。 ……そうです、どうして思いつかなかったのでしょう、シルヴィーも次に泊まるときにはぜひリラにしてもらったらいかがでしょうか、ええ、恥ずかしいでしょうからもちろん別々にしてもらって。 そうすれば………………………………むぐっ?」
「はーい。 人払いはしておいたから、落ち着いてちょうだーい?」
唐突に口をふさがれて戸惑っていたジュリーは、……熱が入りすぎていたというのにも、シルヴィーの言うとおりに室内に使用人たちが見当たらないことにも気がついた。
いるのは、未だ魂が抜けていて、ぼけーっとしているリラだけだ。
もちろん、周りのことには一切に気がつけないでいる……話の渦中であり続ける彼女だけ。
なお、いつの間にか周りの人形が増えているが、彼女はそれにも気がつかないでいる。
気がつけないでいる。
ゆえに、彼女たちの会話も一切に耳に入らない。
「……ごめんなさい、ついはしゃぎすぎてしまいましたわ。 はしたないところを」
「えーと……。 ごめんなさい、傷が浅いうちに言っておいた方がよかったのだけれど、間に合わなさそうだったから。 それで、ね? あなたのそれ。 リラから……いつも?」
「ええ、ほぼ毎晩に。 治療の一環ですから」
「………………………………。 で、ね。 それ、少なくともあなたの話を聞いただけで確かめたりはしていないから確証はない……あ、いえ、あなたの言うとおりにリラにしてもらえば分かるかしらね。 そうしたら確実ね、きっと……なの、だけれど」
妙に歯切れの悪い……話し好きなシルヴィーという少女の、ふだんは彼女の方の話が止まらない性質から、いつものように首をかしげるジュリー。
「……? シルヴィー?」
「え、ええ。 ………………………………その。 ね? あの、その。 ……あー、こういう話、したことのない子と話すのって緊張するわねぇ――……、で! その、あーすぃっての、南方で最近……なんでも前はそれほどじゃなくて、つい最近に爆発的に流行りはじめたものらしいのだけれど。 それは、――――――っていうものとそっくりなのよ」
「へ」
「そっくりなの」
「え………………………………、え?」
「だから、――――――――と。 知っているかしら、これ。 あ、知っているのね、よかったわぁ……一から説明しなくてよくって」
急に耳元でささやかれたその単語に、はじめはお嬢さまなジュリーの口からお嬢さまらしからぬ声が出て……理解が頭に届き、そして、一気に顔が真っ赤になる。
「え、……。 あああああ、あのっ、シルヴィー!? それって、男性が……って聞いたことがある、え、えええええっ……」
「そういうものね」
「………………………………ふぅっ。 あの、……男性が、町にあるというそういう店に行ってしてもらうという、そのっ」
「……あははっ。 まさかジュリー、あなたがこの名前を聞いただけで分かるだなんて思ってはいなかったわっ。 だってあなた、私と会ったばかりのころは、ほんとうにその方面については無頓着だったものねー。 同年代の他の子はみーんな知っているのに、あなただけがきょとんとした顔だけを返してくるものだから、もうおもしろくって」
「………………………………………………………………。 ……そういえばシルヴィー、以前から度々、つぶやくようにおかしなことを言っていましたものね……。 あれらはそういうものだったのですか」
「ええ。 隠しているのじゃなくて、ほんとうに知らないのかを知りたくてやっていたの。 ……まさか、ここまで無知な子だとは思わなかったものだから。 ごめんなさいね?」
「……、はぁ……」
「何も知らないというのも、それはそれで男心をくすぐるものだそうだけれど……まったくに知らなくてはアルベール王子も困るでしょう。 今度、私直々にいろいろと手ほどきしてあげましょうか?」
ずい、とせまるシルヴィー。
豊満な胸を押し付けるようにして顔を近づけたままの銀髪の少女に、今までさんざんに……現代で言うのであればセクハラというものをされていたという事実に衝撃を受けながらも、これがシルヴィーという少女なのだと理解している金髪の少女はため息をつき。
「……どうせ、聞きたくないと言っても聞かせてくるのでしょう? でしたら……ええ。 どうか、お手柔らかに」
「言質は取ったわよ? それじゃー、どのへんから教えましょうかねぇ? ………………………………。 ……前のあなたなら、興味ないんだとか、聞いたらよくないことですー、とか何とか言って、聞く耳すら持たなかったでしょうに。 これも、リラのおかげ……なのかしらね?」
「…………こればかりは、あなた、シルヴィーの影響よ。 悪い遊びばかり教えてきて。 何よ、ご用の方のお店に変装して出向いて、さんざんに平民としての扱いを受けた後に乗り付けた馬車の中で着替えをして正体を見せて反応を見るだなんてものをさせたりしてっ。 あなたは、ほんとうに……」
「あれもまた楽しかったでしょう? 大丈夫よ、ほんとうに悪いことはしないんだから。 ………………………………。 で。 その、あ――……」
「あーすぃ、ね?」
「ああそうそうあーすぃね、あーすぃ。 で、それ、私……ちょっと前に南方の方に招かれて出向いた先で聞いて回ったときに耳にしたのだけれど。 たしかに、いろいろな病気にも効くという触れ込みだったのだし、事実私の頭痛とかも良くはなったのだけれど」
「……あの? も、もしかしてシルヴィー、あなた」
「ええ、あーすぃ、を受けたわよ? ああ、もちろん、そういう部分はなしのものだったみたいだけれども。 でも、……頼めば、その先にはどのような施術があるのかっていうのは、聞いてみたのよ。 しっかりと、ね。 だから、リラに……知らないフリして頼んでみれば、きっと分かるわ。 だって、実際に半分は体験したのだし、どういうことをするのかは聞いているのだもの」
「………………………………と、言うことは」
ずっとふたりで……互いの唇がすぐ側にあるほどに密着して話し続け、それも途中からは……年ごろの少女たちにとっては何かと色づく話題であったために、汗ばむほどになっており、顔も体も火照っている。
「……え、ええと? リラはそれを学んできたのだけれど、そういうものだと知らずに、そういう部分までをも持ち帰ってきてしまったと言うこと? いえ、でも、実際に私には……そういうことはしてこなかったのだし。 そ、その、……な場所にはいちども触られたこと、ないもの。 ……けれども、いくら未知の技術だったからと言って、あの頭の良いリラがまちがえて、だなんてあるのかしら……?」
「……それなのだけれどね? ジュリー。 あの子は、……リラは。 ひょっとしたら……だけれども。 いえ、そうだとしたらいろいろと説明がつくし、納得がいくのよね。 ……あの子、そっちの気っていうものが――――つまりは女性「も」好き、っていう子なのかもしれないわね?」
と、シルヴィーは。
当たらずとも遠からず……いや、半分正解で半分不正解なその答えを、導き出した。
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