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1章 僕が女装して配信することになったきっかけ

16話 家の中からズボンが消える怪奇現象

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「きゅい」

深夜。
「それ」は目覚めた。

「…………………………………………」
「ごはんがいっぱい……うへへぇ……」

自分を抱きしめていた推し……もとい飼い主。

「彼」は「それ」のおかげで、「それ」の本能的に心から安らぐ姿となっている。

寝相が悪いために散らばっている、光沢があり先まですらりと伸びる、長さのある髪の毛。

閉じていると、より長く見えるまつげ。
小さな鼻と口。

長年の悪かった栄養状態と長時間労働で内臓が弱り、ぱさついていた唇と肌も今ではみずみずしく。

首は細く、小さい喉仏とそのために元から高かった声もさらに、「それ」好みな鈴の音のような声に。

「きゅい」
「んぅ……おっぱいでないよぉ……」

もそもそと突撃した先には、小さいながらも張るようになった女性の象徴。

種族の本能的には「見た目に合っていたら大きさはなんでもいい」と訴えてくるにしても「さすがにゼロはダメ」だったため、少しずつ吸って育て。

痩せすぎていた体も少しだけ柔らかい体型に……けれども前からあったヘソ周りのくびれは維持させつつ。

すらりと長い脚……はそのままで良かったが、問題は。

「きゅい」

生えている、「それ」。
「それ」の、種族としての本能とは相容れないモノ。

「……………………………………」

「それ」はそっと、「それ」の上に両前脚を置き……おもむろにぐっと体重を――――――――

「……きゅいきゅい」

――「するまでもないし、不快な臭いも物質も出ていないか」、そんな結論に至ったらしく……「彼」が物理的に「彼女」になってしまう悲劇は回避された。

「……きゅい」

最推し兼飼い主から顔を上げると、暗い室内の奥……クローゼット。

「それ」は扉を開け、服装を吟味。

「きゅきゅきゅきゅ」

ぱさぱさぱさぱさっ。

そして「それ」が不快になる衣服――人間の言葉で言うところの「ズボン」がぺぺぺぺっと床に捨てられていく。

「きゅい」

数着のそれらを満足げに見た「それ」は、ふと「もう1着残ってるじゃないか」と言う顔をし、静かに「彼」へ忍び寄り。

「きゅー」
「んー……寒い……」

ずりずりずり、と、先ほど押し潰そうとして止めた「そこ」と脚を隠してしまっていた衣服を剥ぎ取り。

「きゅっ」

ぺっ、と。

室内に出現させた黒い渦の中に――それらを投げ捨てた。

「きゅいっ」

そうして実に満足し、「完成していないただ1点がありつつも、それでも完璧」な主人――上半身はパジャマ、下半身は下着姿――を眺めると、いそいそと布団に入れ直し、自分はその胸元に収まり直した。

「きゅ」

さらにはおもむろに彼のスマホへ近づき……何やらの操作。

さらにさらには配信機材を器用に操作し……やはり納得の行くように。

「きゅい」

「実に良いことをした」。

そんな素敵な感情を胸に、本能的な満足に満たされて静かに眠りにつく「モンスター」だった。





「あれぇ!? なんでぇ!?」

「あらあら、穿かないで起きてきたから、とうとう大人になったのかと思ったけど……違ったのねぇ」
「よく分かんないけどどうしようお母さん!? なんか僕のズボン、1着も無いんだけど!?」

朝起きた僕は、やけにすーすーする下半身でびっくり。

寝ぼけてトイレの後穿くのを忘れたのかって思ったからあわててトイレに行くも、やっぱり無い。

じゃあ寝ぼけてクローゼットにしまい込んじゃったのかって思ったけど、今度はクローゼットにあったはずのズボンが無い。

ズボン「だけ」が無いんだ。

なんで?
どうして?

……おかげでパンツ一丁でお母さんのとこ行くハメになっちゃったじゃん!

「……ゆずが男の子としてようやく目覚めたか、それとも女の子に目覚めたのかって思ったけど……」
「よく分かんないけど違うよ!? けどどうしよ、今日って講習会の日なのに!!」

頭がぐるぐるしてくらくらする。

今日はテイマーの講習会。
場所は電車を乗り継いで2時間の都会。

だから早く出なきゃいけないし、講習会の参加費用は1万円とかいう僕の何ヶ月分の食費も振り込んであるから、間違ってもすっぽかせないんだ。

なのにズボンが無い。
穿くのが無い。

外に出る服が無い。
あと寝る服も無い。

「本当に不思議ねぇ……まるで、……」
「……………………………………きゅ」

「…………………………ふぅん」
「…………………………きゅい」

「どうしよどうしよ……この子が育ってダンジョン連れて潜って、稼げるようになるまでにまだまだ掛かるのに……でもいろいろ教えてもらえるから早い方がって、無理して捻出したのに……」

今日はダンジョンの初心者講習。

「服がないから行けませんでした、お金返してください」――なんて通用しないのはバカな僕だって分かる。

ましてや都会の人なんだ、都会の人ってものすごく怖くて、スキを見せたら労働力として連れて行くんだ。

田中君も、いつも彼とケンカばかりしてる光宮さんもそれだけは口を揃えて言うんだ、だから確実なんだ。

「……そう言えばねぇ、ゆず。 お母さんのズボンも無かったのよー」
「!?」

「きゅいっ」

僕の布団の上でのんびり鳴いてるおまんじゅうはどうでもいいんだけど、そんなことよりお母さんのも!?

「せめてお母さんので行こうって思ったのに……」

「そうねぇ、サイズ的には『穿けちゃう』もの……ね?」
「きゅ」

お母さんがおまんじゅうを抱っこするのを見て「こんな動作ができるくらい元気で嬉しい」って思うけど、とにかく状況は悪くなる一方。

「……こうなったら田中君に」
「でも良いのかしら? 田中君も光宮さんも、お友達もみんなそろそろ起きて学校の準備しているわ?」

「……今押しかけたら遅刻しちゃう……ううん、持って来てもらうしかないけど、そしたら確実に……」

「ね?」
「きゅい」

お母さんの胸で鳴いてるおまんじゅうに癒されるけども、そんな場合じゃない。

「ゆず? こうなったら手段はたったのひとつよ。 ね?」
「きゅい!」
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