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47話 01/01→06→ 3/6
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ちりちり。
ちみちみ。
縦線、横線。
トンネル。
光。
闇。
知っている変な感覚が入り乱れた先には真っ黒な……いや、真っ黒じゃない、黒の中にいろんな光が入り乱れているようなそんな不思議な空。
その中に大きな月が浮かんでいる。
まん丸の大きい月が。
なんだかきらきらしている気もする。
青っぽい気もする。
僕の知っている月じゃないみたいだ。
目を横に向けると、下は……一面の血の海だと思う。
赤黒いっていう感じで、つい最近嗅ぎ慣れた血の臭いっていうのがむわってくるんだ。
つい最近に経験したばっかりの血だらけっていうもの。
けども今のはそれよりもずっとずっとひどくって悲惨な感じになっている。
ときどき体が揺さぶられてそれと同時になにかが聞こえてくるけど、それをなかなか聞き取れなくって。
けどその音……いや、声の主が近づいてきたらだんだんとはっきりとしてきた。
「……びき……ひびき!!!」
この声……覚えてる。
あの夢で会ったアメリっていう子だ。
たったの半月前に会ったばかりの子。
また、この夢。
でも僕の知覚は元日の深夜にみんなの前で倒れたときみたいに目はかすんで、焦点が合わなくてよく見えない。
でも月ははっきりと見えている違和感。
血の海も……かなり遠くのほうまで広がっているそれもはっきりと見えるんだから、これは近視に近いもの?
……そうだ、確かメガネが必要だった前の僕のときにはお風呂とかではこうして曇った感じになってぼんやりとしていて、なんとなくの形とか色とかで判断するしかなかったんだ。
僕の体感では半年とちょっと、現実世界ではもうすぐ1年前になる懐かしい感覚はこのせいだったんだ。
じゃあ僕は元の体に戻った?
それにしてはなんだか僕自身が小さい気がする。
「……死んじゃやだよ! 起きてよ響!! 目を……ちゃんと私を見て!」
あいかわらずに声ははっきりと聞こえる。
月も見える、星も見える、ふわふわ浮かんでいるなにかもぼんやりと見える、血の海も見える。
けど、肝心のアメリ……黒髪に黒い目で今の僕を少しだけ大きくしたような子が、その子の顔が、目が、はっきりと見えない。
「大丈夫だよ」って言いたくても声も出せない。
「なんか大丈夫そう」って言ってほっとさせてあげたいのに。
息をしているので精いっぱいらしい僕。
あのときに倒れたときとは違って……いや、この血の海的にはすでに吐き終わっているからか、今吐きそうな感覚がしてこないのだけは楽って感じ。
「……あなた、あんなにムチャしてっ! あんなに前に……いくら必要だったからって、犠牲を出したくないからって前に出るから! 過信しすぎなのよ、もう……ぐす」
ぽたぽたと温かい感触がほっぺたに……あ、気がついたら「僕」は仰向けにされていて、だから月が見えて、でもなんで下も同時に見えているんだろ。
けどそんなのはどうでもいい。
それよりも「僕」を心配して泣きじゃくっているこの子だ。
「今、みんなが来るからね? ……ほんとにもう、前線で指揮を執らなきゃって言っても限度ってものがあるんだってばっ……あなたって昔っからいつもそうで……」
この前とは違ってなんだか物騒な展開の夢。
きっと寝る前のマリアさんたちのよくわからない説明とかが倒れたときの記憶とごっちゃになっているんだろうな。
あのときだってよくわからない感じの夢だったんだ。
……きっと、この夢っていうものは僕がしたいこと、言いたいことを抱えているとき、いろんなものが頭を埋め尽くしていてごちゃごちゃでどうしようもなくなったときに出てくるんだろう。
だって前だって魔法さんでお隣さんがおかしくなっちゃったり、それで僕が実は隠れられていなかったってわかっちゃったり、普通にしていれば魔法さんが働くから前の僕じゃなくなった今の僕でも平気で生きていられるって知って、ヤケになってたときで。
それでみんなに嘘をたくさん重ねたことがずしんとのしかかっているっていうのが耐えられなくなってきたタイミングで見たものだったんだ。
今だってそう。
みんなに心配を掛けて魔法さんの暴れっぷりを目の当たりにしていて、きっと心はまだ動揺しているんだろう。
「……ぐす、ぐす」
抱きついて泣いていて温かい液体……涙がぽたぽた落ちてきているこの感じ。
倒れたときに僕の頭を抱えて泣きじゃくっていたゆりかのときそっくりだ。
けど、あのとき。
……もしもあのときにこんな感じで言って、少しでも安心させてあげられたら。
「……けほっ。 大丈夫だよ、アメリ」
「響!!」
せめてあのとき、「僕自身は死ぬことはないんだ」って、「魔法さんっていうなにかで守られているんだ」って伝えられていたら。
「急所は外れているし内臓にも異常はないだろう。 うん、大丈夫だ、すぐに治療を受ければ……死にはしないさ」
すらすらと……なんだか少し違う感じがするけど、でも今度は声がちゃんと出る。
意志を伝えられている。
あのときにはできなかったことだけど、せめて今、夢の中くらいではしてあげたい。
この変な夢もそうすればすぐに醒めるだろう。
醒めると良いな。
「……でも。 でもでもっ、響、私を安心させようとしてやせ我慢してたりっ! だっていつもあなたはそうだからっ……何でも1人で抱え込んで。 男の子だからって」
血を吐いて倒れて、それが止まらなくって……そんな状態の僕が大丈夫だって言っていても、あのときのゆりかもみんなもきっと信じられなかった。
だからこの子も泣き止まないんだ。
「……ねぇ、止まらない。 止まらないよぅ、響の血……。 『胸の傷』から出てきてる、その血が……ぐすっ」
胸?
……あぁ、確かあのときも口からとは別に、胸のあたりからもじんわりと熱いっていう感覚があった気がする。
それをこの夢の中では、「あのときにこうしていれば」って思って観ているだろうこの夢では、そういうことになっているらしい。
だからこそ、吐くのが止まらない代わりに胸にできたことになっている血が止まらないことになっているからこそ、こうして話せるんだ。
あのときもそうだったなら、あそこまで苦しかったりはしなかっただろうに。
まぁ夢だし、そのくらいはいい方向に変わっているんだろう。
きっとヤなあの体験を思い出しちゃった脳みそが勝手に作り替えているに違いない。
それにしても、空がとってもきれい。
星空なんていつのころからか見なくなっていたから、とっても新鮮で。
明かり……いや、そもそも地上のどこにも光を出すものがなくって、水平線が見えて。
だから明るくて大きい月が浮かんでいても星がいっぱい無数に見えて。
他には何も見えないからわからないけど、でもきっとここはあのときのあの砂浜で、つまりはあの島で、だからここは冬眠のときに見ていた夢とおんなじ場所で。
「……響!? ねぇ、しっかりしてよ響!! こっちを見て、寝ちゃったらダメなの! こういうときに寝ちゃうと……っ」
周りを見ていたらのぞき込まれてきて、アメリのシルエットと落ちてくる涙と髪の毛の先っぽだけがわかる。
けどアメリだろうこの子の顔はあいかわらずに焦点が合わなくって見えないんだ。
そもそもが明かりが月と星だけっていう暗さなんだし、さらに上からのぞき込まれているんだから例え目がちゃんと見えていたって変わらないはず。
……あ。
そんなことを考えていたら、ふと浮かぶ考え。
……あのときは気が回らなかったけど……まぁ僕自身のことで精いっぱいだったから後知恵だし、どうしようもないことだったんだけども……考えてみたら、あのとき。
車に乗せてもらってから着替えたりしてマリアさんとおはなしする余裕はあったんだし、あのときにひと言でもいいから誰かに電話で連絡さえしておけば……きっと今もすごく心配しているだろうみんなも少しは安心してもらえたかもしれないのにって。
……泣きじゃくって、だんだんと泣き声が大きくなってきたアメリ。
夢の中の存在、つまりは僕の一部だとはわかっていてもこうして泣いているのを放っておくのは気まずいし、きっと起きた後もなんとなく罪悪感みたいなものが残り続けちゃいそうだ。
だったらせめて……うん、手は動く。
あのときとは違って、すっごく重いけど、でも、腕を上げられるみたい。
よく見えないからなんとなくで触れたところ……アメリの髪の毛だったんだけど、それに気がついたアメリが……たぶん涙を拭いつつ聞いてくる。
「……響、どうしたの? なにか言いたいことあるの? 大丈夫よ、もうちょっとしたらすぐにみんなが来るから、だからきっと! ……あ! ほら見て、あっちのほう! もう救助がっ」
「……アメリ、姉さん」
そういえば「お姉ちゃんって呼べー!」って言っていた気がするけど、でもなんとなくでこんな言いまわしになる。
「姉さん。 『僕たち』はもう大丈夫だよ。 それに傷も今止めたから、もう心配は要らない。 だから安心してくれ」
勝手に口が動いた感じになったけど「もう大丈夫だよ」ってニュアンスは伝えられたはず……それにしては変な感じだけども。
まぁ夢だから思い通りに行かないんだよね。
心理学の本とかでそういうのを見た覚えがあるんだ。
……む。
だんだんと周りが、お月様までもがぼんやりしてきて『僕たち』の言葉を聞いたアメリがなにかを言っているみたいだけど、あんまり聞き取れなくなってきた。
さすがに2回目だ、もうわかる。
この夢は覚めるんだ。
だんだんと「僕」が薄れてきた。
本当に、不思議な夢。
けどなんだか妙に現実感のある夢。
「……ぐすっ……そ。 安心しても良いのよね、『響』」
「うん」
その中でかろうじて聞き取れた声を最後に、僕は……あぁ、良かった。
「大切な妹の君がそうして」ようやく笑ってくれて◆◆ ◆◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆
「――――――――……………………」
ざぁっと波が引く感じと、いつもの魔法さんの感覚とが襲ってきたと思ったら、体があったまってくるのが感じられる。
目は開けていないけど、まぶたを通して明かり……きちんと明るい天井からの光っていうものが降ってきていて……なんだか臭くて。
薬っぽい臭いっていう、病院の臭いを濃くした感じのものがあって。
あとは電子音が定期的に聞こえてきて、ときどき衣擦れの音と人の気配っていうものが伝わってくる。
目が覚めた。
うん、きちんと夢のことは覚えているし意識もはっきりしている。
冬眠明けとおんなじだね。
最後にはあの子も……夢の中の存在ではあっても、アメリも笑顔になっていた気がするしなんかほっとする。
セルフヒーリングとか言うやつなんだろうか……やっぱちゃんと母さんたちの事故の後に通ってたメンタルクリニック、行った方が良いんだろうね。
まぁただの悪夢……でも無いんだけどさ。
……あ。
それよりもみんなに連絡しないと……冬眠明けとおんなじで夢で考えてたこととか忘れはしないと思うけど、早いほうがいいだろうし。
あ、そういえばスマホ、別に電波とか気にしないで良いって言われたっけ。
よし、それなら早速。
「……ぴぴぴぴぴぴ!!!」
「!?」
体を起こそうとして腕を動かしたら何かに引っ張られる感覚とちくっとした痛みが来て、しかも大きな音が近くから……アラームかなにかが聞こえてきたもんだから思わず声が出そうになった。
起きたばっかりなのに心臓がばくばく言っている。
もう、何……また検査?
安眠を妨害された系の不愉快さに目を開けると……あれ?
「……………………」
うるさい音に眉がぐっとなりつつ天井をにらんでみる。
……寝る前と、違う天井?
つまりここは別の部屋っていうこと?
けどなんでまた、寝る前と起きたときで部屋が変わるんだ。
……また検査とかで寝ぼけたまま抱っこされていたんだろうか。
けど、それにしてもうるさい。
寝起きの人間に聞かせていい音じゃないだろう。
僕は幼女なんだぞ、過保護くらいがちょうど良いんだぞ。
そのうるさい音は右側のすぐ近いところから繰り返し出ているみたい。
ちらっと見てみるとコードがいっぱいついていて、パネルとかボタンがごつい感じになっている、映画の病院のシーンとかでよく見る機械がある。
……こんな機械も、あの部屋にはなかったはず。
そして慌ただしいぱたぱたって感じの足音と硬い靴の音……この感じはドアの外から近づいてくるもの。
ノックもせずにバタンと開かれたドアからは――マリアさんと看護師さんたち。
ずいぶんと慌てた感じだけど、なにかあったんだろうか。
「! ……ふぅ……良かった。 君たちは席を外してくれたまえ」
マリアさんはせっかく来た看護師さんたちをドアの外に追いやって、ぱたんと閉める。
なんで?
「……起きたのかい……意識ははっきりしているかね?」
「え……ええ、まぁ」
結構良い感じに寝た感覚があるからすっきりしてるんだ。
「……ずいぶんと久しぶりだね、響くん」
久しぶり?
……ああ、「よく寝たね」ってこと?
この人たちの故郷の国での言い回しか何か?
「大事が無くて、本当に良かった。 ……いつ目が覚めるのか分からなかったものだからね」
どういうこと?
「響くん。 君はね――あの晩から5日。 5日も目を覚まさなかったのだよ。 医学的には一切の問題が無いのに……ね」
え。
……また明晰夢を見て、それで何日も経っていて。
まさかこれって……プチ冬眠?
ちみちみ。
縦線、横線。
トンネル。
光。
闇。
知っている変な感覚が入り乱れた先には真っ黒な……いや、真っ黒じゃない、黒の中にいろんな光が入り乱れているようなそんな不思議な空。
その中に大きな月が浮かんでいる。
まん丸の大きい月が。
なんだかきらきらしている気もする。
青っぽい気もする。
僕の知っている月じゃないみたいだ。
目を横に向けると、下は……一面の血の海だと思う。
赤黒いっていう感じで、つい最近嗅ぎ慣れた血の臭いっていうのがむわってくるんだ。
つい最近に経験したばっかりの血だらけっていうもの。
けども今のはそれよりもずっとずっとひどくって悲惨な感じになっている。
ときどき体が揺さぶられてそれと同時になにかが聞こえてくるけど、それをなかなか聞き取れなくって。
けどその音……いや、声の主が近づいてきたらだんだんとはっきりとしてきた。
「……びき……ひびき!!!」
この声……覚えてる。
あの夢で会ったアメリっていう子だ。
たったの半月前に会ったばかりの子。
また、この夢。
でも僕の知覚は元日の深夜にみんなの前で倒れたときみたいに目はかすんで、焦点が合わなくてよく見えない。
でも月ははっきりと見えている違和感。
血の海も……かなり遠くのほうまで広がっているそれもはっきりと見えるんだから、これは近視に近いもの?
……そうだ、確かメガネが必要だった前の僕のときにはお風呂とかではこうして曇った感じになってぼんやりとしていて、なんとなくの形とか色とかで判断するしかなかったんだ。
僕の体感では半年とちょっと、現実世界ではもうすぐ1年前になる懐かしい感覚はこのせいだったんだ。
じゃあ僕は元の体に戻った?
それにしてはなんだか僕自身が小さい気がする。
「……死んじゃやだよ! 起きてよ響!! 目を……ちゃんと私を見て!」
あいかわらずに声ははっきりと聞こえる。
月も見える、星も見える、ふわふわ浮かんでいるなにかもぼんやりと見える、血の海も見える。
けど、肝心のアメリ……黒髪に黒い目で今の僕を少しだけ大きくしたような子が、その子の顔が、目が、はっきりと見えない。
「大丈夫だよ」って言いたくても声も出せない。
「なんか大丈夫そう」って言ってほっとさせてあげたいのに。
息をしているので精いっぱいらしい僕。
あのときに倒れたときとは違って……いや、この血の海的にはすでに吐き終わっているからか、今吐きそうな感覚がしてこないのだけは楽って感じ。
「……あなた、あんなにムチャしてっ! あんなに前に……いくら必要だったからって、犠牲を出したくないからって前に出るから! 過信しすぎなのよ、もう……ぐす」
ぽたぽたと温かい感触がほっぺたに……あ、気がついたら「僕」は仰向けにされていて、だから月が見えて、でもなんで下も同時に見えているんだろ。
けどそんなのはどうでもいい。
それよりも「僕」を心配して泣きじゃくっているこの子だ。
「今、みんなが来るからね? ……ほんとにもう、前線で指揮を執らなきゃって言っても限度ってものがあるんだってばっ……あなたって昔っからいつもそうで……」
この前とは違ってなんだか物騒な展開の夢。
きっと寝る前のマリアさんたちのよくわからない説明とかが倒れたときの記憶とごっちゃになっているんだろうな。
あのときだってよくわからない感じの夢だったんだ。
……きっと、この夢っていうものは僕がしたいこと、言いたいことを抱えているとき、いろんなものが頭を埋め尽くしていてごちゃごちゃでどうしようもなくなったときに出てくるんだろう。
だって前だって魔法さんでお隣さんがおかしくなっちゃったり、それで僕が実は隠れられていなかったってわかっちゃったり、普通にしていれば魔法さんが働くから前の僕じゃなくなった今の僕でも平気で生きていられるって知って、ヤケになってたときで。
それでみんなに嘘をたくさん重ねたことがずしんとのしかかっているっていうのが耐えられなくなってきたタイミングで見たものだったんだ。
今だってそう。
みんなに心配を掛けて魔法さんの暴れっぷりを目の当たりにしていて、きっと心はまだ動揺しているんだろう。
「……ぐす、ぐす」
抱きついて泣いていて温かい液体……涙がぽたぽた落ちてきているこの感じ。
倒れたときに僕の頭を抱えて泣きじゃくっていたゆりかのときそっくりだ。
けど、あのとき。
……もしもあのときにこんな感じで言って、少しでも安心させてあげられたら。
「……けほっ。 大丈夫だよ、アメリ」
「響!!」
せめてあのとき、「僕自身は死ぬことはないんだ」って、「魔法さんっていうなにかで守られているんだ」って伝えられていたら。
「急所は外れているし内臓にも異常はないだろう。 うん、大丈夫だ、すぐに治療を受ければ……死にはしないさ」
すらすらと……なんだか少し違う感じがするけど、でも今度は声がちゃんと出る。
意志を伝えられている。
あのときにはできなかったことだけど、せめて今、夢の中くらいではしてあげたい。
この変な夢もそうすればすぐに醒めるだろう。
醒めると良いな。
「……でも。 でもでもっ、響、私を安心させようとしてやせ我慢してたりっ! だっていつもあなたはそうだからっ……何でも1人で抱え込んで。 男の子だからって」
血を吐いて倒れて、それが止まらなくって……そんな状態の僕が大丈夫だって言っていても、あのときのゆりかもみんなもきっと信じられなかった。
だからこの子も泣き止まないんだ。
「……ねぇ、止まらない。 止まらないよぅ、響の血……。 『胸の傷』から出てきてる、その血が……ぐすっ」
胸?
……あぁ、確かあのときも口からとは別に、胸のあたりからもじんわりと熱いっていう感覚があった気がする。
それをこの夢の中では、「あのときにこうしていれば」って思って観ているだろうこの夢では、そういうことになっているらしい。
だからこそ、吐くのが止まらない代わりに胸にできたことになっている血が止まらないことになっているからこそ、こうして話せるんだ。
あのときもそうだったなら、あそこまで苦しかったりはしなかっただろうに。
まぁ夢だし、そのくらいはいい方向に変わっているんだろう。
きっとヤなあの体験を思い出しちゃった脳みそが勝手に作り替えているに違いない。
それにしても、空がとってもきれい。
星空なんていつのころからか見なくなっていたから、とっても新鮮で。
明かり……いや、そもそも地上のどこにも光を出すものがなくって、水平線が見えて。
だから明るくて大きい月が浮かんでいても星がいっぱい無数に見えて。
他には何も見えないからわからないけど、でもきっとここはあのときのあの砂浜で、つまりはあの島で、だからここは冬眠のときに見ていた夢とおんなじ場所で。
「……響!? ねぇ、しっかりしてよ響!! こっちを見て、寝ちゃったらダメなの! こういうときに寝ちゃうと……っ」
周りを見ていたらのぞき込まれてきて、アメリのシルエットと落ちてくる涙と髪の毛の先っぽだけがわかる。
けどアメリだろうこの子の顔はあいかわらずに焦点が合わなくって見えないんだ。
そもそもが明かりが月と星だけっていう暗さなんだし、さらに上からのぞき込まれているんだから例え目がちゃんと見えていたって変わらないはず。
……あ。
そんなことを考えていたら、ふと浮かぶ考え。
……あのときは気が回らなかったけど……まぁ僕自身のことで精いっぱいだったから後知恵だし、どうしようもないことだったんだけども……考えてみたら、あのとき。
車に乗せてもらってから着替えたりしてマリアさんとおはなしする余裕はあったんだし、あのときにひと言でもいいから誰かに電話で連絡さえしておけば……きっと今もすごく心配しているだろうみんなも少しは安心してもらえたかもしれないのにって。
……泣きじゃくって、だんだんと泣き声が大きくなってきたアメリ。
夢の中の存在、つまりは僕の一部だとはわかっていてもこうして泣いているのを放っておくのは気まずいし、きっと起きた後もなんとなく罪悪感みたいなものが残り続けちゃいそうだ。
だったらせめて……うん、手は動く。
あのときとは違って、すっごく重いけど、でも、腕を上げられるみたい。
よく見えないからなんとなくで触れたところ……アメリの髪の毛だったんだけど、それに気がついたアメリが……たぶん涙を拭いつつ聞いてくる。
「……響、どうしたの? なにか言いたいことあるの? 大丈夫よ、もうちょっとしたらすぐにみんなが来るから、だからきっと! ……あ! ほら見て、あっちのほう! もう救助がっ」
「……アメリ、姉さん」
そういえば「お姉ちゃんって呼べー!」って言っていた気がするけど、でもなんとなくでこんな言いまわしになる。
「姉さん。 『僕たち』はもう大丈夫だよ。 それに傷も今止めたから、もう心配は要らない。 だから安心してくれ」
勝手に口が動いた感じになったけど「もう大丈夫だよ」ってニュアンスは伝えられたはず……それにしては変な感じだけども。
まぁ夢だから思い通りに行かないんだよね。
心理学の本とかでそういうのを見た覚えがあるんだ。
……む。
だんだんと周りが、お月様までもがぼんやりしてきて『僕たち』の言葉を聞いたアメリがなにかを言っているみたいだけど、あんまり聞き取れなくなってきた。
さすがに2回目だ、もうわかる。
この夢は覚めるんだ。
だんだんと「僕」が薄れてきた。
本当に、不思議な夢。
けどなんだか妙に現実感のある夢。
「……ぐすっ……そ。 安心しても良いのよね、『響』」
「うん」
その中でかろうじて聞き取れた声を最後に、僕は……あぁ、良かった。
「大切な妹の君がそうして」ようやく笑ってくれて◆◆ ◆◆◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆◆ ◆
「――――――――……………………」
ざぁっと波が引く感じと、いつもの魔法さんの感覚とが襲ってきたと思ったら、体があったまってくるのが感じられる。
目は開けていないけど、まぶたを通して明かり……きちんと明るい天井からの光っていうものが降ってきていて……なんだか臭くて。
薬っぽい臭いっていう、病院の臭いを濃くした感じのものがあって。
あとは電子音が定期的に聞こえてきて、ときどき衣擦れの音と人の気配っていうものが伝わってくる。
目が覚めた。
うん、きちんと夢のことは覚えているし意識もはっきりしている。
冬眠明けとおんなじだね。
最後にはあの子も……夢の中の存在ではあっても、アメリも笑顔になっていた気がするしなんかほっとする。
セルフヒーリングとか言うやつなんだろうか……やっぱちゃんと母さんたちの事故の後に通ってたメンタルクリニック、行った方が良いんだろうね。
まぁただの悪夢……でも無いんだけどさ。
……あ。
それよりもみんなに連絡しないと……冬眠明けとおんなじで夢で考えてたこととか忘れはしないと思うけど、早いほうがいいだろうし。
あ、そういえばスマホ、別に電波とか気にしないで良いって言われたっけ。
よし、それなら早速。
「……ぴぴぴぴぴぴ!!!」
「!?」
体を起こそうとして腕を動かしたら何かに引っ張られる感覚とちくっとした痛みが来て、しかも大きな音が近くから……アラームかなにかが聞こえてきたもんだから思わず声が出そうになった。
起きたばっかりなのに心臓がばくばく言っている。
もう、何……また検査?
安眠を妨害された系の不愉快さに目を開けると……あれ?
「……………………」
うるさい音に眉がぐっとなりつつ天井をにらんでみる。
……寝る前と、違う天井?
つまりここは別の部屋っていうこと?
けどなんでまた、寝る前と起きたときで部屋が変わるんだ。
……また検査とかで寝ぼけたまま抱っこされていたんだろうか。
けど、それにしてもうるさい。
寝起きの人間に聞かせていい音じゃないだろう。
僕は幼女なんだぞ、過保護くらいがちょうど良いんだぞ。
そのうるさい音は右側のすぐ近いところから繰り返し出ているみたい。
ちらっと見てみるとコードがいっぱいついていて、パネルとかボタンがごつい感じになっている、映画の病院のシーンとかでよく見る機械がある。
……こんな機械も、あの部屋にはなかったはず。
そして慌ただしいぱたぱたって感じの足音と硬い靴の音……この感じはドアの外から近づいてくるもの。
ノックもせずにバタンと開かれたドアからは――マリアさんと看護師さんたち。
ずいぶんと慌てた感じだけど、なにかあったんだろうか。
「! ……ふぅ……良かった。 君たちは席を外してくれたまえ」
マリアさんはせっかく来た看護師さんたちをドアの外に追いやって、ぱたんと閉める。
なんで?
「……起きたのかい……意識ははっきりしているかね?」
「え……ええ、まぁ」
結構良い感じに寝た感覚があるからすっきりしてるんだ。
「……ずいぶんと久しぶりだね、響くん」
久しぶり?
……ああ、「よく寝たね」ってこと?
この人たちの故郷の国での言い回しか何か?
「大事が無くて、本当に良かった。 ……いつ目が覚めるのか分からなかったものだからね」
どういうこと?
「響くん。 君はね――あの晩から5日。 5日も目を覚まさなかったのだよ。 医学的には一切の問題が無いのに……ね」
え。
……また明晰夢を見て、それで何日も経っていて。
まさかこれって……プチ冬眠?
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