常世の狭間

涼寺みすゞ

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幽冥聚楽

賜りたし

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 昔、村正が欲しいと口にした者がいた。不破万作ふわ ばんさく、関白豊臣秀次とよとみ ひでつぐの小姓である。
 必死にいい募ったようにも見えたが、元々何でも所望する癖がある為、どの程度本気だったのか分からない。そして、それを問うこともなかった。

 ―― は何故、一胴七度いちのどうしちどを欲したのか?

 関白かんぱくは、ぼんやりと畳に横たわる愛刀を見つめた。女は指をつき、深々と頭をたれる。

「賜りたく。ひらに、ひらに」
「ならぬ……と言いたいところだが、そなた先程、困ったことがあると申したであろう?それと一胴七度いちのどうしちどは関係があるのか?」

「ございます」
万作ばんさくが、地獄におるのか?」

「はい。困った者でございます」
「やはり……」

 はぁ――と、大きな溜め息をつく関白かんぱくは、金梨地の鞘を掴むと女に突きだした。

が欲しておるのだろう?これで未練がなくなるのなら、その方から渡すが良い」
「……理由は聞かれないのですか?」

「ああ、あれには何もしてやれなんだ。私について参ったばっかりに、あのような最期を迎えさせてしまった。ああなると、わかっていたら刀などくれてやったのに……今さら言っても、栓なきことだが」
「でた!栓なきこと!」

「は?」
「いえ、こちらの話」

 何か不味いことを口走ったと云わんばかりに、女は口元を両手で覆う。その素振りが益々、関白かんぱくの疑念を深めた。
 まなこを細め、不躾に女を眺める視線が居心地悪しと、刀葉樹の女は腰を浮かせ、のそのそと背を向けた。先程から、突然大声で呼び止めたり、モゾモゾと畳を摩りながら背を向ける所作に、セクスゥイーの欠片もない。
 まるで、人が変わったようだ。いや正確に云うと場面場面で言うことや動作が不審なのだ。特に言動に引っ掛かりを覚えるのは、気のせいではないだろう。
 昔、一胴七度いちのどうしちどを欲した万作は、こう言った。殿下ッ!欲しいのです!と。
 刀葉樹とうようじゅも、全く同じことを言った。そして引き留める言葉も同じであった。お待ち下さい!殿下!と。
 目の前の女は、獄官であるのだから万作ばんさくを真似ることは朝飯前であろう。
 それにしては、むらがあり過ぎる――と関白は思った。刀葉樹とうようじゆの女の変化術が、このようなお粗末な物とは思えぬのだ。

「獄官は、嘘など申さぬらしいがまことか?」
「当然でございます。獄の官人なれど、鬼は人よりも正直でございますよ」

「願いがあると申したが、私に出来ることなら話を聞こう。ただし、こちらも聞きたいことがある」
「なんなりと」

 刀葉樹とうようじゅは、静かに向き直る。関白かんぱくは、二人の間に刀を置いた。まるで境界を引くように。

「そなた、万作であるか?」
「いえ、獄官刀葉樹とうようじゅの女でございます」

「しかしながら、節々にの気配が感じられるが?」
「……ああ、隠そうとしても滲み出るものは、如何ともし難し……、しばしお待ちあれ」

 女は合掌印を結び、ゴニョゴニョと唇を動かす。何かのまじいのようなものだろう、関白と菅公かんこうは黙り待った。暫くすると女は両膝に手を揃え、願いとは万作のことにございますと告げた。
 で、あろうな。と二人は頷く。強い夏の日差しに視線を向け、思い詰めたようなまなこの陰りに刀葉樹とうようじゅは語りだす。

 あれは、いつだったか――遠い昔のことにございます。人は死ぬると七日おきに十王の裁きを受ける。これは卑賤問わず、世の理である――と。
 そんなある日、死出の山を三人の若者が越えてきたという。揃いも揃って、なかなかの美形であった故、三途の川で亡者の衣を剥ぎ取る奪衣婆だつえばは、急に乙女になり大変気持ち悪かったと語り継がれる。

「「……」」 
「それが関白かんぱくの露払いで現れた三人の小姓でした」

「心当たりは?関白」
 菅公かんこうが問うた。

「ある。山本主殿助とのものすけ、山田三十郎・不破万作であろう?」

 刀葉樹とうようじゅは、こくりと頷くと、事の発端を語りだした。
 三人は、特段に罪はなく七日起きに裁きを受けていくのだが、問題が起きたのが五七日いつなのか、つまり閻魔庁での出来事だったという。
 引き出された三人は、素直に書記官である司録しろく司命しみょうの問いに答え滞りなく審議を終えた。次の変成王へんじょうおうの殿閣へ向かう門へ誘う獄卒は、普段ならば金棒を振り回し、亡者を打ちすえ追い立てるのだが金棒は何処へやら、手を差し伸べる始末。小姓らは、微笑み口々に礼を述べると、こう問うた。

「我ら三人揃いて主をお迎え致したく、何処で待つのが適しておりましょうか?」

 三人は、六道のいずれかに進んでしまっては、関白と再会することが難しいと待ち伏せを試みていたようだ。しかし、逢い引きをするように途中で待ち構える事など出来ぬと、司禄しろくが突っぱねたと云う。
 黙り聞き入っていた、関白と菅公は当然であると頷いた。

「それでも、小姓らは引きませぬ。何処かで待たねば再会が果たせぬと、見事な忠義ではございませぬか?」

 刀葉樹の女の言葉に、もはや話を聞いても良いなどと、上から物を言っている場合ではないと思ったのは、関白のみならず。それからどうなったのだ?と、菅公かんこうは問う。

「どうもこうも……司録しろくは恐ろしい声で、さっさとね!と喚く始末でして」

 三人は、閻王の御前であるというのに嘆き悲しみ、涙をはらはらと溢す。
 蓮にのる雨粒のような涙を獄卒が掬い上げ、慰めるという前代未聞の成り行きを思い出した……と、女はぶるっと震えた。
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