常世の狭間

涼寺みすゞ

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幽冥竜宮

奸悪 ②

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 ◆◆◆◆◆

 放免ほうべんの詰所に一報が入った。放免ほうべんとは、市中を見回り治安維持をはかる現代で云う刑事の役割だ。ただし、下役である為、詰所といっても小屋のようなものだった。

「はぁ~?山の中に男の死骸だと?」
「ああ、六郎殿が見回りに出ておったゆえ、わしが行って来たが……物盗りであろう」

 詰所に入ってくるなり、ドカリ!と腰をおろした同僚は、懐から手拭いを取り出すと額を拭う。

「身ぐるみ剥がされていたのか?」
「いや、衣はつけておったが金目の物は抜き盗られておったわ」

「それは、運が悪かったのぅ。しかし……近頃は流行り病で皆、貧乏じゃ。それゆえ物盗りが多い、死骸は川に蹴り落とすなどし、判別もつかぬ。むくろが発見された男は、運が良かったとも言えるかもしれぬぞ?」
「いやいや、そうとも言えぬぞ。川に落とされた者も身元が分からぬが、今回の奴も……」

 何かを思い出したのか、告げる男は身震いをしてみせる。物乞ものごいが餓死することも、昨今の流行り病も相まって日頃から死人など見慣れている下級役人が、賊に襲われ事切れた死骸などに身を震わすなど、余程のことだと六郎は眉根を上げてみせた。

「何故じゃ?日が経っておったわけではないのだろう?」
「ああ、だが男の顔は石のような物で潰されておった」

 これには六郎も、うっ……と声を漏らした。

「見られもせぬわ、急いで埋めて参ったが……」

 手持ち無沙汰で落ち着かないのか、潰れた顔を思いだし落ち着かないのか、立ち上がると2度3度と足踏みをしてみせる。おそらく後者であろう。

「抵抗されて……というわけか」
 六郎は、お構い無しに継いだ。

「さぁなあ、顔見知りのようにも思える。……で、油断があったとか。非力な女に石で殴りつけられた……、うん、それがしっくりくるわな。男の力ならば、あそこまで何度も打ち付けぬ」

「女……?」
「ああ、怖いぞ、うちのかみさんは閻魔えんま様のようだ!少々のことで雷を落とす、あぁ!雷を落とすのは菅公かんこうであるな。ははは!まぁ、六郎殿の所は心配いらぬだろうよ、前妻は火の不始末で残念だったが離縁ではない。この世におらぬのだから殴りにも来れぬわ……おっと、これは口が過ぎた、クワバラ、クワバラ」

 男は、杓子しゃくしで水を煽り飲むと軽く手を上げ詰所を後にした。
 残された六郎は考え込む、先日亡くなった妻芳乃よしのの死が、不始末ではないと知っていたのだ。
 焼け跡は、無惨だった。元々質素な家であった為、火の回りも早かったのだろう。柱の1本も残っていない。
 目がしみる程の灰が舞い上がり、焼け焦げた人肉の臭いが鼻をつく、母子か――と自身の妻子を思ったが、それは赤子のみだった。何故か我が子の周りには燃えやすいわらが撒かれた形跡があり、不自然極まりない――が、それ以上に可笑しいのは芳乃よしのの遺体がなかったことだ。
 乳飲み子を残し、火種をそのままにして外出するわけもない。
 そして更に疑念を深くしたのが、この火災を上役が取り仕切ったことだ。
「姪の夫である六郎の家が燃えたのだ、よくよく調べてつかわそう」と。
 ただの町方の家が燃えたのを下役人ではなく、自らの家人けにんを使った理由は、ひとつではないか?
 下手人犯人は上役の姪――つまり、であると六郎は確信し、問い詰めた。知らぬ存ぜぬと突っぱねていた妻は、六郎の執拗な追及に怒りを露にし怒鳴り散らす、

「それがまことだとして、どうした!人殺しだと、私を突き出すのか!? やれるものならやってみよ!」

 六郎は、両天秤にかけた女のどちらが重いか十分理解している。立身出世を願うのならば、間違いなく目の前の女なのだ。
 この事は、墓場まで持っていこうと心に決めた。
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