10 / 73
幽冥竜宮
地蔵菩薩
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
芳乃は、ぼんやりと眺めていた。今より少し若い自身の姿を。
太郎に教えられ山の畦道を歩き、たどり着いた所は朱の御殿。この世ならざる常世に行き着き、教えられたのは自分が既に死者であるということ。
俄には信じられなかったが、現状信じぬ訳にはいかぬ状況であった。何故なら、今の芳乃は魂だけの存在のようで、若い自身はおろか、通りすぎる者達に話しかけても皆には芳乃が見えていないようで答えもしなければ、視線が合うこともなかった。
ここで何をすれば良いのか?途方にくれた、思い出すことが目的なのだろうから、見ていれば良いのだろうとも思うが――
【暇じゃ……】
芳乃は、畦道に筵を敷き、花や山菜を並べる自分を見つめた。
肩程の下げ髪に、小袖は洲浜文様、湯巻を腰に巻いている。周りを歩く他の女達と変わらぬ姿だ。
【湯巻の下に、卯の花色の帯紐でも巻いているのか?】
芳乃は、思い出せる――と太郎が言った卯の花色の帯をそっと撫でると、筵に座った若き芳乃の横に腰を下ろした。
◆◆◆◆◆
【何日経ったのだろう?】
この日も芳乃は、若き自身の横に座る。やることといえば繰り返しなのだ、少しの花と隣に住む者から山菜を預かり、同じ畦道に座り込む。
以前は、母と一緒だったが一人で出来る年頃になってからは、芳乃が売りに出て母は、小さな畑をやる。
早く売れれば、家に帰り畑を手伝うのだが大抵は売れ残るので、家に帰り着くのは陽が傾き掛ける頃だった。
物の売り買いは、銅銭であったり米や布で交換する、芳乃は帰りに隣の家に寄り売上を渡すと、一日の賃金として米や野菜を受け取るのだ。
暮らしは貧しかった、雨風をしのげる家はあるが薄い夜着は真冬ともなると役に立たない、母は病になった。長年の苦労が祟ったのだろう、苦しげに咳き込む日が二、三日続くと、起き上がるのも困難な状態に陥った。
病になっても薬など手が出ない、芳乃は、今まで以上に働いた。母が畑に出ない分、朝は暗いうちから精を出し、行商から帰れば又、畑へ行くこともあった。
畦道では、暇さえあれば脇に鎮座する地蔵へ手を合わせることも忘れない。
「どうか、母が良くなりますように。早く春が来ますように……」
この寒さが和らげば、病に臥せる母は良くなるだろう――そう願い、日に何度も拝むのだ。
何度目だっただろうか、この日も地蔵に手を合わせる芳乃の頭上から、男の声が掛かった。
「見るたびに拝んでおるのだなぁ、この地蔵はご利益があるのか?」
驚く芳乃の返事を待たず、声の主は横にしゃがみ、同じように手を合わせ継いだ。
「毎日、花を供え手を合わせるとは信心深いものじゃ」
「……」
「何を拝んでおったのだ?」
「太郎どんを……いえ、太郎地蔵さまを」
男は、声高に笑う。
「そうではない!何を願っていたのだ?」
問いながら、懐から包みを取り出すと地蔵の前に供えた。開かれた包みには一口で含める大きさの唐菓子が乗せられていた。
【唐菓子とは……この男、裕福なのであろうか?】
背後から二人を眺める芳乃は、供えられた唐菓子と地蔵を見比べ、ああ――と小さく呟いた。
常世の御殿で、菅公が勧めてくれた物は、これであったと。
刻が経っておる――と言ったのは、供えられた物と同一の物だったからだろう。
そして――、太郎どんは、太郎地蔵菩薩だったと思い至った。ただし、芳乃を常世に誘った太郎のような傷は何処にも見当たらなかった。ただ同一の静かな双眸は、魂である芳乃をじっと見据えていた。
芳乃は、ぼんやりと眺めていた。今より少し若い自身の姿を。
太郎に教えられ山の畦道を歩き、たどり着いた所は朱の御殿。この世ならざる常世に行き着き、教えられたのは自分が既に死者であるということ。
俄には信じられなかったが、現状信じぬ訳にはいかぬ状況であった。何故なら、今の芳乃は魂だけの存在のようで、若い自身はおろか、通りすぎる者達に話しかけても皆には芳乃が見えていないようで答えもしなければ、視線が合うこともなかった。
ここで何をすれば良いのか?途方にくれた、思い出すことが目的なのだろうから、見ていれば良いのだろうとも思うが――
【暇じゃ……】
芳乃は、畦道に筵を敷き、花や山菜を並べる自分を見つめた。
肩程の下げ髪に、小袖は洲浜文様、湯巻を腰に巻いている。周りを歩く他の女達と変わらぬ姿だ。
【湯巻の下に、卯の花色の帯紐でも巻いているのか?】
芳乃は、思い出せる――と太郎が言った卯の花色の帯をそっと撫でると、筵に座った若き芳乃の横に腰を下ろした。
◆◆◆◆◆
【何日経ったのだろう?】
この日も芳乃は、若き自身の横に座る。やることといえば繰り返しなのだ、少しの花と隣に住む者から山菜を預かり、同じ畦道に座り込む。
以前は、母と一緒だったが一人で出来る年頃になってからは、芳乃が売りに出て母は、小さな畑をやる。
早く売れれば、家に帰り畑を手伝うのだが大抵は売れ残るので、家に帰り着くのは陽が傾き掛ける頃だった。
物の売り買いは、銅銭であったり米や布で交換する、芳乃は帰りに隣の家に寄り売上を渡すと、一日の賃金として米や野菜を受け取るのだ。
暮らしは貧しかった、雨風をしのげる家はあるが薄い夜着は真冬ともなると役に立たない、母は病になった。長年の苦労が祟ったのだろう、苦しげに咳き込む日が二、三日続くと、起き上がるのも困難な状態に陥った。
病になっても薬など手が出ない、芳乃は、今まで以上に働いた。母が畑に出ない分、朝は暗いうちから精を出し、行商から帰れば又、畑へ行くこともあった。
畦道では、暇さえあれば脇に鎮座する地蔵へ手を合わせることも忘れない。
「どうか、母が良くなりますように。早く春が来ますように……」
この寒さが和らげば、病に臥せる母は良くなるだろう――そう願い、日に何度も拝むのだ。
何度目だっただろうか、この日も地蔵に手を合わせる芳乃の頭上から、男の声が掛かった。
「見るたびに拝んでおるのだなぁ、この地蔵はご利益があるのか?」
驚く芳乃の返事を待たず、声の主は横にしゃがみ、同じように手を合わせ継いだ。
「毎日、花を供え手を合わせるとは信心深いものじゃ」
「……」
「何を拝んでおったのだ?」
「太郎どんを……いえ、太郎地蔵さまを」
男は、声高に笑う。
「そうではない!何を願っていたのだ?」
問いながら、懐から包みを取り出すと地蔵の前に供えた。開かれた包みには一口で含める大きさの唐菓子が乗せられていた。
【唐菓子とは……この男、裕福なのであろうか?】
背後から二人を眺める芳乃は、供えられた唐菓子と地蔵を見比べ、ああ――と小さく呟いた。
常世の御殿で、菅公が勧めてくれた物は、これであったと。
刻が経っておる――と言ったのは、供えられた物と同一の物だったからだろう。
そして――、太郎どんは、太郎地蔵菩薩だったと思い至った。ただし、芳乃を常世に誘った太郎のような傷は何処にも見当たらなかった。ただ同一の静かな双眸は、魂である芳乃をじっと見据えていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
家路を飾るは竜胆の花
石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。
夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。
ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。
作者的にはハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
(小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる