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倉之助のヒミツ

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 翌日は、朝から晴れ間の広がる気持ちのいい天気だった。

 いつもと同じように、倉之助は登校をする。

 廊下を歩いていると、生徒達の会話が自然と耳に入ってきた。



「本当、スゴかったんだから。講堂が暗くなった少しの間に、太い鉄の棒を丸めてボールにしちゃったの!」



「あの藍川って奴が会長に投げられたのは最高だったぞ!」



「神聖な会長の角に触ろうとする馬鹿な奴、ぶん投げられて当然さ。むしろ生ぬるいぐらいだぜ」



 会話の内容は、昨日の講堂での集会のことがほとんどだった。皆、咲の活躍に声を弾ませている。



「でもま、これでハッキリしたぜ。会長は正真正銘の鬼だって」



「ああ。少しでも疑った自分が恥ずかしいぞ」



 誰もがそんな結論に至っていた。

 もうこれで咲が疑われることはないと、倉之助はホッとする。

 だけど、心配が丸っきりなくなったわけではない。



(まだ、張り紙をした犯人が残ってるからなあ)



 当然、犯人は藍川なのだが、倉之助はそのことを知らなかった。心配に思ってしまうのも仕方のないことだった。

 出来るなら、咲と一緒に対策を練りたいと思った。だけど、自分は副会長をクビになった身だ。そうもいかない。



(まだ一晩しか経ってないし、会長、まだ僕のこと疑ってるんだろうな)



 少しだけブルーな気持ちになりながら、倉之助は教室へと到着する。鞄を下ろし自分の席へと着いた。

 何となく早起きしてしまったせいで、いつもより少し早い時間だった。まだ始業までには三十分近くある。

 暇つぶしでもしようと、ポケットからスマホを取り出す。と、メールが届いていることに気付いた。

 送り主の欄には、『会長』と表示されている。



(ひょっとして僕の疑いが解けたとか!?)



 そんな期待を抱きつつ、倉之助は届いたメールを開いた。



 登校したら生徒会室に来るように。



 文章はそれだけだった。



(これはどういう意味なんだろう?)



 倉之助は一人、思い悩む。

 理想的なのは、誤解が解けたという話をされることだ。だけど、逆ということを考えられる。



(二度と顔を見せないでと言ってたけど、やっぱり腹が立つから一発叩かせてってことだったらどうしよ?)



 さらに最悪なのは、



『高梨君のこと家族に話したから。約束を破った報いを受けることね』



 何て言われるパターンだ。

 咲の真意はどれなのか? 必死に考えるも答えなんて出るはずもない。



(行くだけ行ってみよう!)



 決意を固めると、倉之助は朝の教室を後にした。校舎最上階の生徒会室へと向かう。

 引き戸の前に立ち、軽く深呼吸をしてからノックをした。



「し、失礼します!」



 引き戸を開け、生徒会室の中へと足を踏み入れる。緊張で体はガチガチに強張っていた。

 生徒会室にいたのは咲一人だった。奥の会長席に着いている。



「メールの返事がないから、無視されたのかと心配していたわ。来てくれてありがとう」



 立ち上がった咲は、倉之助の前へとやって来る。そして、ものすごい勢いで頭を下げた。



「高梨君、本当にごめんなさい! 貴方を疑うなんて、私どうかしていたわ! 本当に、本当に、ごめんなさい!!!」



 咲が何度も何度も謝る。頭はずっと下げたままだ。

 そのままだと土下座すら始めてしまいそうな咲の勢いに、倉之助は慌てて言う。



「いいんですよ、会長。あの状況なら僕が疑われるのは当然ですし。誤解が解けたんならそれでいいです」



「本当に? 本当に許してくれるの?」



「はい」



 倉之助が大きく頷くと、咲は安堵の粋を吐き出した。





「良かった。本当に良かった」



 倉之助も心の底からホッとしていた。咲に誤解されたままでいるのは、本当につらいことだったのだ。



「でも会長、どうして誤解だって分かったんですか? ひょっとして、張り紙をした犯人が分かったとか?」



「犯人なら分かったわ。藍川君よ」



 藍川………最初はピンと来なかったが、それが自分の前の副会長であり、昨日の集会の時咲に投げ飛ばされた人物だと気付く。



「あの人が?」



「そうよ。昨日、昼休みの集会の時に自分で口を滑らせたのよ。自分が張り紙を書いたってことをね」



 あ、でもと咲は補足する。



「別に、私の正体を本当に知っていたわけじゃないみたい。あくまで推測に過ぎなかったようだわ」



 自分で張り紙をした上に、集会を開き咲の正体を暴露しようとする。その卑劣な行為に、倉之助は憤りを感じた。



「もちろんまだ疑いは消えていないでしょうけど、もう馬鹿なことはできないわ。謹慎処分は免れないようだし、赤沢家からも彼の家に強く圧力をかけるみたいだから。彼、相当苦しい立場になるわよ」



 フフフと咲が笑った。



「だけどね、別に犯人が分かったから高梨君への疑いが消えたってことではないの」



咲が説明をする。



「昼休みに、大森君が言っていたのよ。昨日の朝、登校中の貴方を見たって。その時間が、私が張り紙を回収したよりも後の時間だったの。そんな時間に登校していたら張り紙なんて出来ないでしょ? その話を聞いた後で、私ようやく冷静になれたの。そして思ったわ。高梨君があんな張り紙なんてするはずがないって。本当に私、どうかしていたのよ。本当に、本当にごめんなさい」



 咲にまた謝られてしまう。



「会長、もういいですってば。頭を上げてください」



 倉之助は必死に訴えた。

 頭を上げた咲は、少しだけ不安そうな顔で倉之助に尋ねる。



「それでね、今更虫が良すぎるとは思うのだけど……生徒会に戻ってきてくれない?」



「もちろんです。クビが取り消しになったんなら喜んで」



 倉之助としても、生徒会の仕事が面白くなり始めていたから二つ返事で引き受ける。



(誤解も解けて、僕もまた副会長。これで全部元通りってことだな)



 倉之助が幸せな気持ちに浸っている時だった。



「さてと、高梨君にも許してもらえたし。本題に入ろうかしら」



 咲がそんなことを言い出す。



「えっ、本題?」



 キョトンとする倉之助をそのままにして、咲は出入り口へと向かうと内側から施錠した。

「あの、どうして鍵を?」



「人に見られると、少し困ることをするからよ」



 笑みを浮かべつつ、咲はそんなことを言う。



(人に見られると困ることって…それってひょっとしてちょっとドキドキなこととかなのか?)



 倉之助の頭の中で妄想が膨らむ。好きなアニメキャラのコスプレをした咲が、膝枕で耳掃除をしてくれると言うシチュエーションだ。



「だ、駄目です! そういうのは大人になってから!」



 あたふたする倉之助の前に立った咲は、ポケットから何かを取り出した。それを、倉之助の鼻先に突きつける。



「これ、高梨君のでしょ? 昨日、講堂で拾ったのよ」



 咲が指でつまんでいたのは組紐だった。



「えっと…」



 少しだけ迷ってから、倉之助は頷いた。



「そ、そうです。僕のです。昨日、講堂に行った時に自然と切れて落ちたみたいで。あ、でももう別なのを着けてるんでそれは捨てちゃって下さい」



 自分の左腕を持ち上げて見せる。すでにそこには同じような組紐が巻かれていた。



「切れたら願い事が叶うのよね。高梨君の願い事、叶ったのかしら?」



「いや、それがそうもいかなくって。あくまでおまじないに過ぎないから」



 倉之助がぎこちなく笑う。何故か居心地が悪そうだ。



「まあ、願い事の件はいいわ。問題はこの組紐なのだけどね、少し変わったデザインをしていると思わない?」



「そうですか? 別に普通だと思いますけど」



「変わっているわ。でね、私このデザインとよく似たものを見た記憶があったのよ。昨日、これを拾った時にようやく思い出したわ。家の倉の中にある古文書で見たのよ。で、昨日帰ってから倉を探してどうにかその古文書を見つけたの」



 咲は自分の席の机の引き出しから古い古文書を持ってくる。付箋をしてあったページを開き長机の上に置いた。比較するように組紐も置く。



 確かに、古文書に書かれた組紐のデザインと倉之助の組紐はよく似ていた。



「ね、似てるでしょ?」



「えっと、僕にはちょっと分からない…です」



「この古文書は、鬼の呪術をまとめたものなの。ただし、おばあ様いわくこんな呪術はもう廃れて使える鬼もいなくなってしまったらしいのだけどね。でもって、この組紐は鬼の呪具の一つ。《鬼封じの紐》なのだそうよ」



 咲は流暢に続ける。



「この紐は、かつて暴れて手が付けられない鬼に使われていたらしいわ。これを体に巻くことで、その鬼は鬼の力の全てを失いただの非力な人間になるみたいよ。髪の毛や瞳の色も人間のそれと同じになり、角さえも一時的に消えるんだって。そんな呪具と高梨君が着けているミサンガが似ているなんて、面白い偶然だと思わない?」



「………」



 もはや何も喋れなくなった倉之輔の前に咲は立った。そして、真剣な顔つきで言う。



「ごめんなさい、高梨君。私、どうしても試さずにはいられないの。動かないでね。動いたら危ないから」



 そう言うが否や、咲は左手で倉之輔の左手を取り持ち上げた。いつの間にか右手に握られていた事務用のハサミで組紐をチョキンと切る。



「!? !? !?」



 驚き手を引っ込める倉之助だが、巻かれていた組紐はすでに床に落ちてしまっていた。



「ああ、あああ」



 倉之助がうめき声を上げた。



「会長、何てことを…」



 頭を抱えてうずくまる。



「やっぱりね」



 咲は大きく頷いた。





「高梨君、貴方は鬼だったのね」





 倉之助がゆっくりと頭を持ち上げる。その瞳は金色に輝いてた。髪の毛は真っ赤に染まり、頭からは二本の太い角が生えている。



「昨日講堂で私のピンチを救ってくれたのは、他でもない貴方だったのね」



 咲の言うとおりだった。

 わけあって人間のフリをしているが、倉之助の正体は正真正銘の鬼だった。

 昨日、咲のピンチを救うため倉之助はまずブレーカーを落とした。その後、自ら腕に巻いた呪具をひき千切り、鬼となる。



 暗闇の中、演壇へと向かう鉄の棒をぐにゃぐにゃに丸めた。

 その後は人知れず講堂を後にし、予備として持っていた鬼封じの紐を腕に巻き人間へと戻ったのだった。

 鬼となった倉之助は青ざめていた。そして、弾かれたように咲に土下座をする。



「お願いします! このことは誰にも言わないでください! お願いします! 僕は人間でいなくちゃならないんです! 僕が鬼だといろいろと困るんです!」



 必死に懇願する倉之助。咲はその前にしゃがみ込むと、優しく肩に手を置いた。

 倉之助の金色の瞳を見つめながら、迷いのない口調で言った。



「絶対に言わない。私、約束するわ。貴方が私の秘密を守ってくれるように、私も貴方の秘密を守る。何があってもね」



 それにと、付け加える。



「言うはずないじゃない。こんなスゴい秘密。もったいなくて誰も言いたくないわ。この秘密は私だけの宝物にするつもりよ」



「か、会長~」



 感激した倉之助は、涙と鼻水の入り混じった声を出した。



「ほら、涙を吹いて。あと鼻水も」

 咲に渡されたティッシュで、倉之助はびーむと鼻をかんだ。



「でも、私達って何だかすごい関係だと思わない?」



 立ち上がった咲が、少しだけ興奮した様子で言う。



「私は、人でありながら鬼のフリをしている。高梨君は、鬼でありながら人のフリをしている。そして、お互いにお互いの秘密を知っている。これっていわゆる、一連托生って状況じゃないかしら?」



 咲は、とびっきりの笑顔を倉之助に向けると、弾むような口調で告げた。



「そういうわけだから、よろしく頼むわね。高梨君」



 この鬼のフリをした赤沢咲との付き合いは、思いの他深く、そして長い物になるのではないか? 



 倉之助は、漠然とだがそんなことを思ったのだった。



                                  おわり(つづく?)
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