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エピソード3 死神サララの罠

1、エリート死神登場

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 そこは、まるで宮殿のような建物だった。

 高い天井、装飾の施された太い円柱。そして光沢を放つ大理石の床。

 そこを歩くのは黒いローブのような服を着た男や女達だった。

 彼らは人間ではない。死神と呼ばれる存在だった。

 ここは死神達が住まう世界、死神界。その中央に位置する死神宮殿。死神達が業務を行うにあたり必要な各機関のオフィスが一同に集約された施設、いわゆる合同庁舎だ。今日もたくさんの死神達がそれぞれの業務を執り行っている。

 そんな死神宮殿の444階を、一人の少女が歩いていた。サラサラとした長い髪の毛が特徴的な少女だった。顔立ちはびっくりすぐらいに整っている。切れ目の瞳がクールさを醸し出している美少女だった。

彼女がくぐったのは、『刈り取り課』と書かれた扉だった。中は広々とし、いくつもの窓口が並んでいる。

 その中の開いている窓口に、少女は向かう。

「死神NO567549、死神サララよ。刈り取りの仕事を紹介して欲しいのだけど」

 カウンターの向こうにいた人物が頭を持ち上げる。かぶった黒いフードの中には、気味の悪い骸骨の頭があった。金縁の丸眼鏡がよく似合っている。

 絵に描いたようなオールドタイプの死神だ。今の死神界では少数派とも呼べるだろう。

「ほえ?」

 居眠りでもしていたのか、骸骨頭の老死神は間の抜けた返事をする。

「死神NO567549、死神サララ。刈り取りの仕事を紹介して」

 少女、死神サララは再度言う。

「あ、こりゃこりゃ」

 老死神は慌てて椅子に座り直すと、目の前の水晶の塊に骨ばった…と言うか骨しかない指を当てる。これは端末の一種で、死神界におけるコンピュータのようなものだ。

「まずは、お前さんの登録を調べてっと」

 出てきた情報に、老死神は眼窩を大きくした。

「ほほう、死神アカデミーの首席卒業生じゃったんか。すごいのお」

 しきりに感心してから、老死神は小首を傾げる。

「しかし、まだ任務を請け負っておらんというのが不思議じゃの。お前さんが卒業したのはもう何週間も前じゃろうし」

「新入生の教育係を数週間努めなくちゃならないっていう首席卒業生の義務を果たしてたのよ。それがようやく終わって、鎌持ちの業務に入れるってわけなの」

 困ってしまうわと、サララは肩をすくめ首を振る。

「そういうわけだから、私の初仕事をお願い。できるだけ難しそうなのをね」

「そうじゃの、主席卒業者には簡単な任務など紹介できんの」

 幾分真剣になった様子で、老死神が端末を操作する。

「どの鎌持ちも敬遠してる任務が二つ程あるんじゃどうじゃろうか? 内容をざっと説明すると…」

 眼鏡を押し上げ端末に顔を近づける。

「一人目の特待死者はアメリカに暮らす四十六歳の男性、ホワイト・デントさん。歯磨き粉工場で働いておるんじゃが、末期の願いはこの歯磨き粉を販売する会社の社長になることじゃ。ただし、本人はビジネスの勉強をしたこともなければ特別なセンスも何もない」

「なるほど、次は?」

「同じくアメリカに暮らす三十二歳の女性、ジャニー・ミルトさん。末期の願いは、ブロードウェイのステージに主役として立つこと。ちなみに、現在彼女はごく普通の主婦で演技の経験もなければ体重も130キロオーバーじゃ」

 任務の難易度とは、特待死者が抱いている《末期の願い》がいかにかなえにくいものかどうかだ。老死神に紹介されたどちらのケースも、44週で叶えさせるのはかなり困難に思われた。

「さすがにこれは無理な任務じゃろうて。もう少し難易度の下がったものを…」

 別のを探そうとする老死神だったが、

「その必要はないわ。私、引き受けるから」

 サララは迷うことなく言い放つ。

 これには老死神も驚き、骸骨の下顎を思わず落っことしそうになる。慌てて右手で下顎を押さえ外れかけた顎関節を戻した。

「お前さん、本気で言っとるんか? 執行期間である44週を過ぎても達成できなかった場合、任務は失敗になるんじゃぞ。刈り取りに失敗した死神は容赦なく…」

「そんなこと分かっているわ」

 サララは毅然とした態度で言った。

「その上で、やるって言ってるのよ。だって、成功させられる自信があるから」

 自信に満ち溢れた宣言だった。

しかもそれは、単なる無謀で身の程知らずの自信ではなかった。死神アカデミーを主席で卒業という実績が彼女のポテンシャルの高さを証明している。

「どうやら、お前さんならばやり遂げてしまいそうじゃの」

 老死神は大きく頷いた。

「ならば何も言うまい。手続きを進めよう。で、どちらにするんじゃ?」

「そうね、それじゃブロードウェイを夢見る主婦の方にするわ」

「了解じゃ」

 老死神が手続きをする中、サララは自分に言い聞かせるように呟く

「そうよ、私ならこんな任務もこなせるわ。それだけのことを学んできてるんだから」

 そこで、サララはふと作業中の老死神に尋ねた。

「ねえ、それが終わったら死神リムルで検索してくれない? あの娘が今、どんな刈り取り任務についているのか教えて欲しいの。どーせ誰でもできそうな簡単なものでしょーけどね」

「ん、リムルじゃと?」

 老死神が作業の手を止め顔を持ち上げる。

「死神NО7983764、死神リムルのことかの?」

 検索もしないで老死神が言い当てたことにサララは少しだけ驚く。

「知っているの?」

「ああ、刈り取り課では知らない者はおらんぞ。何せあの娘は今、特待死者制度が始まって依頼最大の難関任務に挑んでおるんじゃからな。刈り取り課の期待のホープじゃよ」

「な、ななななな!!!」

 サララの瞳が見開かれる。全身をわなわなとさせた。

「ちょっと! そ、それって一体どういうことよ! 何かの間違いよね!? 少し調べれば分かるはずよ、だってあの子のアカデミーの成績って散々たるものなのよ! 秘めたるものなんて何もない、能天気でお馬鹿な子よ! 本当は鎌持ちなんかになれる器じゃないのに、運と偶然と奇跡でなれたような子なのよ! それなのにどうして最難関の任務なんか紹介されてるのよ!」

 ヒートアップしたサララは、カウンター越しに身を乗り出し、老死神の肩を掴み前後左右へと揺さぶった。

「うわっと、止めてくれんか! 頭が、頭が落ちる~~~」

 あまりもの衝撃に、老死神の頭蓋骨が外れてしまう。ゴロゴロと床を転がった。

 奥にいた同じ課の死神が気付き、拾い上げると頭を届けてくれる。

「ああもう、ワシらのような古い死神はモロいんじゃぞ」

 ブツブツと文句を言いながらつなぎ目の部分を指で押さえはめ込む。

「別に最初から最難関の任務が紹介されたわけではない。無難な任務が選ばれ与えられたんじゃ。ただ、リムル本人がそれを最難関のものへと変えてしまったんじゃよ」

「どういうこと?」

 さすがにもう揺さぶりはしないものの、しつこく尋ねるサララ。

 老死神はため息一つついてから、詳しい説明を始めた。

「実は………………(かくかくしかじか)……………というわけなんじゃ」

「死神界のことも、ターゲットの末期の願いについてもうっかり話した…ですって?」

 さすがに想像していなかったのだろう。サララが口をあんぐりと開ける程に驚く。

「ターゲットの人間は、自分が条件を満たしたら魂を刈り取られることを知っているって状況なのよね。そんなのうまくいきっこないじゃない! 任務達成不可と判断されて収拾課が動くレベルよ」

「実際動いたんじゃよ。さらに監査室によってリムルに対する処罰まで下されそうになったんじゃ。でもそこらが奇跡の大逆転じゃ。ワシもよくは分からんが、任務達成の可能性があると判断され続行が認められたんじゃよ」

 老死神がやや興奮気味に語る。

「もし本当にあの娘がこの任務を達成したならば、おそらく死神界の歴史に残る快挙じゃろうな。ワシも結果が出るのを楽しみにしておるんじゃよ」

 そう締めくくってから、老死神は苦笑し謝る。

「年寄の長話じゃったな。さ、それでは手続きの続きを」

 再び作業に戻る老死神の前で、サララはしばし真顔で考え込んでいた。

「そうよ、これこそ証明するチャンスじゃないの」

 小さな声がその口から漏れる。

「やれやれ、ようやく入力が終わったわい。昔のように手書きの方がワシみたいなのは早いんじゃがな」

 アナログ世代の本音を漏らしてから、老死神は水晶に浮かび上がった決定という文字を指で突こうとする。

 だけど、その手がサララによって掴まれる。

「ちょっと待って!」

 キライラ…もといギラギラと輝く瞳を向け、サララは言った。

「ねえ、アカデミーの首席卒業生にはある特権が許されているのを知ってるわよね? それを使いたいのだけど」

 何のことなのかすぐに察したのだろう。老死神は顔面を強張らせる。まあ、骨だからもともとカチカチなのだけど。

「お前さんまさか…まさか…」

「ええ、そのまさかよ」

 不敵な笑みを浮かべ、死神サララは大きく頷いたのだった。
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