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その1 ケモミミの少女

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 五月の終わり、雲一つない晴れた空の下――。

 一人の少年が住宅街を歩いていた。

 体型はやや小柄。短めに刈られた髪の毛はツンツンと立っている。顔立ちは平凡。だけど、どこか芯のとおっていそうなビシっとした眉毛の持ち主だった。

 少年の名前は犬囲吾郎いぬかこいごろう。東京都の西、こがね市に暮らすごくごくふつうの中学生。

 市内にある、私立の星園学園中学に通っている。何かと多感な中2だった。

 着ているのは星園学園中学の制服のズボンとワイシャツ。丁度、夏服への移行期間で切り替えたばかりだった。

 肩には鞄を下げている。

「あ~、今日帰ったら何しよ」

 そんなことを呟くのは、いつもより大分早い帰宅だったからだ。

 今の時刻は、午後の一時を回ったばかりだった。別に授業をサボってきたわけではない。今日は一学期の期末テストの最終日。そのため午後がまるまるフリーになったのだ。

 帰宅部の吾郎には学校に留まる理由もなく、購買で昼のパンを買って食べた後、こうやって帰宅をしているのである。(星園学園中学には給食がない)

 テストの疲れを癒せばという意見もあるかもしれないが、ぶっちゃけ吾郎はそれほど疲れていなかった。赤点を免れるための最低限の勉強しかしていなかったからだ。

「借りてる漫画、一気読みするか」

 そんなことを呟きつつ、吾郎は一軒の家へと到着する。

『犬囲』という表札が出ている。吾郎の家だった。
 
吾郎は玄関のドアを開けた。いつものことながらカギはかかっていない。

吾郎の父親が長野の山奥の田舎育ちのせいなのか、昼間は玄関に鍵をかけないのが習慣となってしまっているのだ。(まあ、文筆業を営む父親と専業主婦の母親、二人が基本的に家にいるのだからそこまで神経質にならなくてもいいのだが)

「ただいま~」

 玄関に入った吾郎は、そこでふと動きを止める。見慣れないスニーカーと遭遇したからだ。

 一体どれだけ歩けばこんなになるのかってぐらいにボロボロだった。靴底のゴムは限界まですり減ってしまっている。

 父親も母親もこんなスニーカーを履かない。もちろん吾郎の靴ではない。

「何だこの靴?」

 不可解そうに吾郎が呟いた直後だった。

 廊下にある洗面所の扉がバーンと開かれた。そこから現れたのは一人の少女だった。
 年は吾郎と同じぐらいだろう。天然なのか染めているのかは分からないが、かなり明る目な茶色の髪の毛をしていた。

クセの強い髪の毛で、バサバサと外側に跳ねている。

パッチリと開いた瞳にツンと尖った鼻。なかなか可愛らしい少女だ。
 
着ている服には見覚えがった。吾郎の服だった。Tシャツに短パン。少しサイズは大きいようだが、活発そうな少女にその恰好はよく似合っている。足は裸足だった。
 
見覚えのない少女の登場に、吾郎は口をポカンとして玄関に立ち尽くす。

(あれ? オレ、ひょっとして家、間違えたとか?)

 一瞬そんなことを考えるも、すぐにそれはありえないと判断する。

 自分の家を見間違えるはずがない。それに、『犬囲』という変わった名字の表札だって目にしている。

(じゃあ、誰?)

 戸惑う吾郎に向かって、少女は満面の笑みを浮かべる。

「がうっ♪」

 奇妙な叫び声を上げると、裸足の足で廊下を走り出した。一直線に吾郎に向かってくる。

「なっ!?」

 咄嗟に後ずさる吾郎。だけど狭い建売住宅の玄関だ。ドアに背中をぶつけてしまう。

 そんな吾郎に、少女は華麗なジャンピングタックルを決めた。

 吾郎の体に抱きつくと、少女はスリスリと自分の顔を擦りつける。

 どうやら風呂上りのようで、少女の体は火照っていた。石鹸の匂いが吾郎の鼻をくすぐる。

「な、なっ、なっ」

 驚きと困惑で、吾郎は酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせる。

そんな吾郎を見上げると、少女は尖った八重歯を見せニッカリと笑った。

「会いたかったゾ! ゴロー!」

(こいつ、オレを知ってるのか? でもオレはこいつを知らないぞ! 一体こいつは誰なんだ!? どうしてオレん家にいるんだ!? どうしてオレん家の風呂に入って、オレのTシャツと短パンを履いてんだ?)

 戸惑い驚く吾郎。だけど、そんな驚きはまだまだ序の口だった。

 吾郎は信じられない光景を目の当たりにする。

 到底あってはならない現象が起こったのだ。

 少女の頭から、ニョッキリと何かが飛び出した。髪の毛と同じ色の毛の生えたそれは、犬を連想させる獣の耳だった。

 萌え用語で言う、『ケモミミ』だった。

短パンの腰の辺りからは、ふさふさと尻尾が飛び出す。こちらも獣の尻尾だった。

「えっ、えっ、えっ?」

 超常現象を前にし、吾郎が驚きと困惑の極みに達している時だった。
リビングから一組の男女が姿を現す。丸眼鏡をかけた頼りなさそうな男性。少しぽっちゃりとした優しそうな女性。

 吾郎の両親。犬囲勇次と犬囲春子の二人だ。

「感動の再会だな」

 と勇次。

「本当ね。あ、写真を撮らなきゃね」

 と春子。身に着けたエプロンのポケットから、愛用のスマホを取り出しカメラレンズを吾郎と謎の少女へと向ける。

「はい、チーズ」

「ほら、吾郎。スマイルだぞ、スマイル」

 能天気な二人に吾郎は叫ぶ。

「親父! おふくろ! こいつは誰なんだよ! この耳と尻尾は何なんだよ!!!」

 カシャリ!


 シャッター音が鳴り響く。

 当然ながら、撮影された吾郎の顔はスマイルとは程遠いものだった。

 その2
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