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8、学園島のメイド喫茶
しおりを挟む保健室でのすったもんだのおかげで、学食でのんびり昼食というわけにはいかなくなった。
結局、智樹が勧めるカニマヨコッペパンで昼は済ますことにした。
智歌さんは不満そうだったけど、僕はわりと気に入った。カニマヨコッペパン。今後もちょくちょくお世話になりそうだった。
午後の授業もつつがなく進み、放課後となる。
スペ☆ギフ学園には様々な部活があるらしいが、しばらくは帰宅部でいようと思った。前の高校でもそうだったし、もし部活を始めるにしてもこの島での生活に慣れてからでも遅くない。
帰り支度を整えた僕の前に、智樹と智歌さんが立ちはだかった。
「スペ☆ギフ学園での一日、お疲れ様。貴之クンはまだ元気が残ってたりするかな?」
「せっかくだから、島の遊びスポットなんかを案内してやろうって思ってよ。きっと役に
立つと思うぜ」
しばらくの間島に閉じ込められることになる覚醒者達の為に、この島には数々の娯楽施設があると聞いている。
二人が案内してくれるなら願ったりかなったりだった。
僕は二人の親切に甘えることにした。
学園の校舎を後にして、歩道を歩く。島をぐるりと回るように整備された歩道で、その周りに様々な施設が点在していた。
早足で歩きながら、智樹と智歌さんが交互に紹介をしてくれる。
「ここがコンビニね。残念ながら24時間営業じゃなく夜の九時半には閉まっちゃうけど、寮の門限が十時だから問題ないよね」
「説明するまでもなく牛丼の吉丸屋だ。お馴染みの味が食べたかったら行くといいぜ。朝買って昼の弁当にしたっていいしな」
「そこ、薬局ね。その隣にあるのは診療所。向こうにあるのは歯医者。基本的に、薬代や治療代は国が全部支払ってくれるから遠慮せず行くといいよ」
「TATUYAだ。知ってるだろ? CDとかDVDのレンタルだけでなく、本やゲームもここで買えるぞ」
僕も知っているチェーンの店がいくつも出店しているのには驚いた。
さらに、服屋、スイーツショップ、釣り具屋、カラオケBOX、ゲームセンター。規模は小さいが映画館なんかもあった。
一通り案内をしてもらうと、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。道脇のポールに設置された時計を見ると、午後の六時を指している。
「まっ、ざっとこんなとこだな」
智樹が締めくくる。
「どう? 思ったより充実してるでしょ?」
「うん、そうだね。これなら退屈せずにすみそうだよ」
智歌さんに尋ねられ、僕は本心からそう答える。
「じゃっ、暗くなってきたし今日は解散すっか」
「ちょっと待った!」
智歌さんが声を張り上げる。
「肝心なお店がまだ残ってるでしょーが!?」
「肝心な店?」
「そ、男子が喜ぶあのお店よ」
一瞬ポカンとする智樹だけど、
「ああ、あそこか」
苦笑する。
「そうだな、貴之も男子だし。一応教えといた方がいいか」
歩くこと十分程。僕達は目的地に到着する。
洋館をモチーフとした可愛らしい店だった。ピンク色の丸文字で『CUTIES』と描かれた看板が出されている。
窓から見える店内には、接客をする少女達の姿が見えた。色は違うものの、皆、同じ恰好をしている。メイド服だ。
僕はこの店がどんな店なのかを理解した。
オタク男子の聖地、メイド喫茶だ。
「うわあ」
僕は思わず驚きの声を上げる。
「まさかこの島にメイド喫茶まであるとは思わなかったでしょ? 男子の熱い要望を受けて、先月完成したばかりなんだ。意外なことに食べ物もおいしくて、利用する女子も少なくないんだよ」
智歌さんが説明する。
「さっ、せっかくここまで来たんだからお茶でもしていこ」
「マジかよ姉ちゃん。俺、恥ずかしいんだけどよ」
智樹が顔をしかめるが、智歌さんはおかまいなしに扉を開けてしまう。
「いらっしゃいませ~」
可愛らしい声が響く。
「三人よろしく~」
人数まで言ってしまっている。行かないわけにはいかなそうだ。
「貴之、お前メイド喫茶って行ったことあるか?」
「いや、ない。近くになかったし、そんな勇気もないし」
「そうか、俺もなんだよ。仕方ねー。一緒にメイド喫茶デビューと行こーじゃねーか」
半ばヤケクソにそう言うと、智樹も店に入っていく。僕もその後に続いた。
店内に入ると甘い香りが鼻をくすぐる。それなりに込み合っていた。客の八割型は男子だが、女子の姿も見受けられる。
「こっちこっち!」
すでに奥のテーブルについていた智香さんがこちらに手を振った。
僕と智樹は落ち着かない様子でテーブルへと向かった。
「二人ともそんな緊張しないの。さ、何か注文しよ。転校祝いに貴之クンにはおごってあげる。智樹は自分で払いなさいよ」
「へいへい、わーってるよ」
丸文字だらけで読みづらいメニューを見る。
「ここ、手作りのパイがおいしいんだから。お勧めはアップルシナモンパイね」
「姉ちゃん、来たことあるのか?」
「当たり前でしょ? そんなのオープン時に並んだに決まってるじゃない。気に入って、バイトの面接だって受けたぐらいなんだから」
自慢気に胸を張る智歌さんに、智樹が冷ややかに言う。
「で、見事に落ちたってわけかよ」
「うっ、まあそうなんだけど」
「まあ、そりゃそうだろ。姉ちゃんが受かるわけねーよ。何てたって、破滅の」
「智樹黙れ! 黙れ智樹!」
智歌さんに睨まれて、智樹は肩を竦める。
智樹が言いかけた、『破滅の』という言葉が少し気になったけど、僕は黙っていることにした。
僕まで智歌さんに睨まれるのは嫌だからだ。
「アタシの面接の話はもういいよ。はいっ、早く決めて!」
智歌さんに急かされて、僕はメニューを覗き込む。せっかくだからと、智歌さんお勧めのアップルシナモンパイを選んだ。
「俺、甘いの苦手だからベーコンポテトパイにするか」
「決まりね。じゃ、アタシは……」
智歌さんがメニューを抱え込むようにして見る。どれも魅力的らしくなかなか決まらない。
「ええい、こうなったらアタシ、自分を追いつめるから!」
智歌さんはいきなり右手を持ち上げた。
「お願いしまーす!」
店員を呼ぶ。
「どう? まだ注文が決まっていないのにも関わらず店員を呼ぶっていう必殺技よ。自分を追いつめることで集中力を高めることができるんだから」
智歌さんは再びメニューに目を落とす。
その必殺技にどれほどの効果があるのか分からなかったけど、僕は黙って見守ることにした。
まもなくしてメイドさんがやってくる。
長い髪の毛で眼鏡をかけたメイドさんだ。
「あ!?」
僕は目を見開く。まさかこんなところで彼女と会うとは思っていなかったからだ。
「マジかよ」
隣の智樹も気付き、掠れた声で呟いた。
まだ気付いていないのは必死になってメニューを見ている智歌さんだけだ。
「ああ、来ちゃったの。ちょっと待ってねー」
まさか側に立っているメイドさんが彼女だとは知らずに、智歌さんは注文するメニュー選びに没頭している。
「う~~~ん、よしっ、決めた!」
智歌さんは勢いよく顔を持ち上げた。
「5種のミックスフルーツパイに、あつあつポットシチュー! それから、パンケーキのラズベリーソースがけを…」
注文の声が止まる。ようやく智歌さんもメイドさんの正体に気付いたのだ。
大きく開いた智歌さんの口から、驚きの声が上がる。
「亜里沙っち!?」
そう、僕達のテーブルに注文を取りにきたメイドさんの正体は、2年C組の管理委員、天宮亜里沙さんだったんだ。スクエア眼鏡の真面目な雰囲気とオレンジのメイド服とギャップがまた不思議な魅力をかもしだしていた。
相変わらず肩にはフェレットの豆子が乗ったままだった。執事をイメージしたようなチョッキを着せられ、大人しくしている。
「どどど、どーして亜里沙っちがメイドさんなんかしてるの? アタシが面接に誘った時は恥ずかしいから嫌だって断ったのに」
智歌さんの質問に、天宮さんは渋い表情で答える。
「寮の友達にどうしてもって頼まれて、水曜日の夕方だけ働いてるの。まさかそんな時に限って智歌達が来るなんて。しかも、この男を連れてくるなんて」
天宮さんは僕に顔を向けると固い口調で言った。
「また自分専属のメイドでも調達しに来たの? 最低ね」
「へっ?」
天宮さんはトゲトゲした言葉を続ける。
「私、見張ってるから。少しでもおかしなことをしたら許さない。先生達にも知らせて、すぐにセンター送りにする。そこが、本来あなたがいるべき場所なんだから」
危険なスペ☆ギフ覚醒者達を収容する施設、センター。そここそが僕が本来いるべき場所と天宮さんは言っている。
つまりこれは、僕の本当のスペ☆ギフを知っているということだ。
その上で、《望む学園生活は送らせない》とか《王様になろうと思うな》とか《また自分専属のメイドでも調達しに来たの?》と言っていたのだ。
何かとんでもない誤解をしていると考えて間違いないだろう。
「亜里沙ちゃん、ちょっと手伝ってええ」
厨房の方から別のメイドさんが顔を出し天宮さんに助けを求める。
「ごめん智歌、注文少しだけ待ってて」
智歌さんにそう告げると、天宮さんが引き返そうとする。
「ちょっと亜里沙っち! センター送りにするってどーゆーこと?」
「おい、貴之。お前、天宮と何かあったのか?」
智歌さんと智樹の声なんて僕には聞こえていなかった。
この時の僕はすごく焦っていた。半ばパニックを起こしていたと言ったって過言ではない。
(早く誤解を解かなきゃ! それから、クラスの皆にも秘密にしてくれるように頼まなきゃ!)
去ろうとする天宮さんを、僕は立ち上がり追いかける。
「待って、天宮さん!」
数歩進んだところで僕は右足に何かをひっかけた。おそらく誰かが座っている椅子の足だっただろう。僕はバランスを崩し転んでしまう。
そのはずみで、僕の顔から眼鏡が落ちた。
「あわわわ」
転んでぶつけた膝の痛みも忘れて、僕は前方に転がった眼鏡に手を伸ばす。
すっと伸びた誰かの手が眼鏡を拾った。無意識に僕はその人物を見上げてしまう。
天宮さんだった。眼鏡を片手に僕を見下ろしている。
目と目が合っていた。天宮さんは、僕の裸眼をしっかりと見つめてしまっている。
最悪だった。
最悪の展開だった。
一カ月前の惨劇が僕の脳裏に蘇る。
全身が強張り、喉がカラカラに乾き、息苦しくなった。
「ご…めんなさい」
かすれた声を僕は搾り出す。
「ごめんなさい!」
もう一刻の猶予もなかった。僕は立ち上がり走り出す。
もう誰とも目を合わせないように、足元だけを見ながら出入り口へと突進する。ガシャンと大きな音を立てて扉を開けると、僕は外へと飛び出した。
(とにかく、とにかくどこかに隠れなきゃ!)
僕は心の中で叫んだ。
(天宮さんに、間違いを起こさせないために!!!)
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