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第二話 勇者はヒロイン、私は悪役?
しおりを挟む「……おけ…ま?」
ヘンリエッタの爽やかな承諾の言葉は残念ながらこの場の誰にも伝わっていない。
「えっと、喜んでーーではなくて、謹んでその申し出を受け入れますわ」
気を取り直して今度は丁寧に伝える。
ここに来てもうすぐ五年の月日が流れるというのに、長年のクセは抜けないものだ。
とっさに口から出る言葉はここには馴染みのない単語ばかりだった。
「え!?」
驚きで声を上げたのは何故かジョン。
人がせっかく快く、笑顔で婚約破棄に同意をしているというのに他にも文句があるのだろうか。
「本当にいいんですか?俺との婚約ですよ?」
あらあらあら、何を勘違いしているのかしら。私はまったくこれっぽっちもあなたに恋心なんて抱いていませんし、むしろ有難い申し出なのに。
「ええ。あなたとの婚約をです。私にはジョンとの結婚願望はありませんし、あなた自身にも興味ありません」
きっぱりと綺麗な笑顔で一刀両断。
これで勘違いヤロウにも伝わったかしら。
ジョンは顔を真っ赤にさせ拳はプルプルと震えている。パーティーに参加していた他の令嬢たちからは「あの女何様のつもりなの」と陰口を叩かれ、そこでやっと気づいた。
今や勇者は国を救った英雄。
高めの身長に金髪碧眼の顔面偏差値も高め、そしてなにより魔王を倒したというステータスの持ち主である。
当然、女子の関心は勇者に集中しいわゆるモテ期到来といった具合なのだろう。
うわお、みなさま趣味が悪いですわ。
私は恋愛に関して一途な方が好みなので絶対にお断りですの。
「やはり、ヘンリエッタ様は俺のことなんてどうでもよかったのですね」
「……は?」
いや、突然ヒロインみたいなことを言われても反応に困る。あんたはヒーローとちゃいますの?
というよりも、だ。
私のことを怖いだの気味が悪いだのと貶しておきながら今さらなんなの!?
頭の片隅で、そこまでは言われていないというツッコミの声が聞こえたが今は無視だ。
悲しそうに目を伏せるジョン。
同情するオーディエンス。
高まるヘンリエッタへのヘイト。
いやいやいやいや。
ちょっと前のやり取りを思い出して?
王様にめちゃくちゃお願いしたのはジョン。
そして婚約破棄を言われたのは私。
自分勝手な理由で捨てられたのは私だから!……今ちょっとだけ虚しくなったのはここだけの話ね。
「俺はヘンリエッタ様との日々を楽しみにしていたのに、いつも変な言葉で惑わせて、こうやって婚約破棄まで。やはりただの村人が貴族になるなんて烏滸がましいですよね」
いつまで続くんだこの勇者のヒロインムーブ。え?薬でもやってるの?
突然の勇者劇場にヘンリエッタの頭の中はツッコミでいっぱいだった。
これがこの世界での常識なのだろうか。
婚約破棄を迫られ、承諾したら今度は婚約破棄したと責められる。
どこのツンデレだよ。天邪鬼かよ。妖怪か!
ヘンリエッタには知る由もなかったが、ジョンの計画としては婚約破棄を申し出てそれをヘンリエッタが拒む。
今や国の人気者の勇者ジョンとあれば誰もが手に入れたい高嶺の花だ。当然婚約破棄は拒まれるものだと思っていた。
そしてどうしても俺と結婚したいならーーと色々と条件をつけて公爵家を俺パラダイスにする予定だったのだ。
しかしそれは最初の一歩で躓き、婚約破棄宣言じたいを無かったことにしようとしている。勇者とは名ばかりの人間性はクズであった。
ジョンのアホらしい計画は知らずとも観客を味方につけヘンリエッタを貶めようとしていることだけはわかる。
せっかく穏便に婚約破棄をできると思っていたのに。
舌打ちしたい気持ちを抑え、未だに悲劇のヒロインを演じるジョンを白い目で見つめた。
「それで、結局あなたは私とどうなりたいの?」
「そ、それは……俺の口からは言えません」
だからどこのヒロインだ!
二次元の知識だけなら、婚約破棄ものザマァを添えてなパターンは星の数ほどにインプットしていた。
大抵は男が別れを告げて、浮気相手を妻にする宣言をしてあっさりと婚約破棄の場面は終わるものだ。
それをいつまでもウジウジとマジでウザい。
それならここは私が引導を渡してあげましょうか。
「はっきりと申し上げますが私はあなたとの婚約破棄を望みます。あなたから申し出たことですし、構いませんね?」
「……ヘンリエッタ様」
なぜそこで涙!?
ハリウッド女優もビックリな演技力だよ。もう勇者なんて辞めて劇場で働けばいいと思う。
周囲の視線が痛い。
針のようにヘンリエッタへと突き刺さる。
私も黙ったまま悪役になんてなりたくないし、喧嘩をふっかけたのはそっちなんだから覚悟してよね。
ここからはザマァ路線で反撃に出るわ!
そう決意したヘンリエッタは深呼吸をして、会場中に響く凛とした声音で言った。
「私は不特定多数の方と関係をもつような方とは結婚したくありません」
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