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インターハイは就職活動
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ピッチの中央に立って、大輔はひとつ大きく深呼吸した。
「やっぱ試合はいいなあ」
観るのももちろん楽しいのだが、やる方が百万倍くらい楽しい、と大輔は思う。こうしてピッチに立っているだけでにやけてしまうくらいに。
夏の風物詩、インターハイの一回戦である。昨年は三大タイトルと呼ばれるインターハイ、全日本ユース、選手権すべてでベスト4以上の成績を残した青湘高は、このインターハイを断トツの優勝候補として迎えていた。
評価の高さは、主に二人の選手に起因していた。青湘高の攻守の要である掛井慎也と本橋譲。この二人のユース代表選手の充実ぶりが、青湘高の前評判を高めていたのである。
掛井慎也は代表でも司令塔を務めるユース世代屈指のテクニシャンである。ドリブルとパスの使い分けが巧みで、的確に相手の急所を突く戦術眼の確かさは「天才」の形容にふさわしかった。
もう一方の本橋譲は、ユース世代で最も将来を嘱望されているプレーヤーであった。一九五センチ、一〇〇キロの恵まれた体格に獣の反射神経を秘めたスーパーGKとして海外のクラブからも注目されている逸材なのだ。
その二人に注目が集まりがちだが、青湘高はバイプレーヤーのレベルもかなり高い。確固とした核があるために、自分たちの役割がきっちり整理され、それに特化されたプレーヤーが多いのだ。
逆に言えば、その二人にもしものことがあれば一気に崩壊してしまう脆さもあるのだが、幸いなことに二人とも頑丈さには定評があった。
「大輔、暴れろよ」
慎也に声をかけられた大輔は親指をぐっと立てた。
言われるまでもない。これは大輔にとっての就職活動なのだ。Jリーグの関係者相手にこれでもかと言わんばかりの猛アピールを行うつもりでいる。
「大輔―っ! 頑張れーっ!!」
広い競技場全体に響き渡るような大声を出したのはもちろんヒカリである。
「室戸くん、頑張ってーっ!」
負けじと涼子が掠れかけた声をあげる。
いずれも人目を惹きまくるハイクオリティな美少女である。それが反目しあいながら一人の男に声援を送る――それが意味するものは誰の目にも明らかだった。二人の声援を一身に浴びた大輔は、自分の狙いとはまったく別の形で競技場中の注目を集めてしまっていた。
「室戸ってどいつだ?」
大輔は非常に居心地の悪い気分を味わっていた。背中に「晒し者」と書かれた紙を貼られているような気分だ。
「…そんなにいい男か?」
「どっちかと言うと、その逆じゃねえ?」
容赦のない批評が耳に届く。
「じゃあ何であんな声援受けてんだ?」
「しらねえよ。天才的なスケコマシなんじゃねえのか」
大声で反論したいところだが、火に油を注ぐことになるのは明らかなので、大輔は文句をぐっと飲み込んだ。
「色男はつらいな」
慎也が笑いながら言った。が、目が笑っていない。
「あの娘とはどこで知り合った?」
涼子のことだけでも苦々しく思っていたのに、突然現れた美少女のインパクトは大輔への殺意を実行レベルに高めるのに十分なものだった。
「道で声かけられた」
「逆ナンか?」
「そういうのとはちょっと違うかな……」
「じゃあ何なんだ?」
「上手く説明できん」
まさか本当のことを話せるわけがない。話したとしても信じてはもらえないだろう。
「何でおまえばっかりなんだ?」
「知らん」
「おまえを殺したいと思ってるのは俺だけじゃないぞ。涼子さんだけでも許せないところなのに、あの娘は一体何なんだ」
大輔は肩をすくめる以外になかった。
「まあいい。とりあえず今日はボール持ちすぎないように気をつけろよ。相手、かなり気分害してるぞ。ついでに言うと、審判の印象も良くなさそうだ。後ろからのタックルも反則とってもらえないかもしれないな」
そう言う慎也が一番物騒な表情をしている。隙あらば自分が行こうと狙っているのではないかと思う眼光に、大輔はげっそりしてしまう。
勘弁してくれよ……
そんな前振りを受けて始まった試合は、慎也の予想どおりの展開になった。
大輔のポジションは守備的MF。繋ぐサッカーを志向する青湘高にあっては、攻守の繋ぎ役となる要のポジションである。当然大輔を経由する回数は多い。そして、大輔がボールを持つ度に、相手選手の殺気立ったタックルが襲い掛かってきた。慎也並のテクニックがあればかわすこともできるのだろうが、あいにく大輔は、技術的には見るところはない。タックルを食らって倒れる場面は誰よりも多かった。
「こらあ! 何てことするのよ、危ないじゃない」
美少女らしからぬヒカリの声に、無関係な観客は笑いを誘われるが、その言葉が更に敵意を煽り、大輔に対するタックルを苛烈にしていくことにヒカリは気づいていない。
最初は「これも運命か」とずれた悟りを開いていた大輔だったが、それほどできた人間というわけではない。タックルを食らうごとに怒りの水位は上がり、理性の堤防は決壊寸前だった。
そして、復讐のチャンスは訪れた。ペナルティエリアのすぐ外でファウルを受けた大輔が転倒し、FKを得たのだ。
「俺が蹴る」
通常、青湘高のFKは距離に応じて慎也と大輔が分担している。いつもならここは慎也が蹴る距離だったが、大輔はボールを放そうとはしなかった。
「まあいいか」
大輔の気持ちを察して、慎也は役を譲った。
誰でもいい。目にモノ見せてやる。
壊れかけた笑みを唇に貼りつかせ、やや長めの助走から大輔は自分では黄金と信じている右足を振り抜いた。
ゴッ。
壮絶な音がして――
倒れたのはなぜか青湘高の選手だった。そして、倒れたままぴくりとも動かず、担架に乗せられて退場していった。
「あれ?」
「あーあ、誤爆しやがった」
慎也が苦笑いする。
大輔の「誤爆」は実は珍しいことではない。破壊力では間違いなく高校トップクラスどころか代表でも通じるのではないかと言われているのだが、いかんせんコントロールが悪すぎた。地元で「悪魔の右足」やら「クレイジーバズーカ」やらの通り名がつけられた所以なのだが、味方を危険に晒すようでは、キッカーの資格はない。
だが、この一発は、相手に対して心理的なダメージを与えた。これ以降、大輔がシュートモーションに入るだけで相手選手の腰が退けるようになったのだ。当然、厳しいチェックになど来れるはずがなく、大輔は行動の自由を回復した。
びびるなと言っても難しいのだが、戦いにおいてこれは致命的である。
結局、その後3点を取って、青湘高は一回戦を突破したのであった。
「やっぱ試合はいいなあ」
観るのももちろん楽しいのだが、やる方が百万倍くらい楽しい、と大輔は思う。こうしてピッチに立っているだけでにやけてしまうくらいに。
夏の風物詩、インターハイの一回戦である。昨年は三大タイトルと呼ばれるインターハイ、全日本ユース、選手権すべてでベスト4以上の成績を残した青湘高は、このインターハイを断トツの優勝候補として迎えていた。
評価の高さは、主に二人の選手に起因していた。青湘高の攻守の要である掛井慎也と本橋譲。この二人のユース代表選手の充実ぶりが、青湘高の前評判を高めていたのである。
掛井慎也は代表でも司令塔を務めるユース世代屈指のテクニシャンである。ドリブルとパスの使い分けが巧みで、的確に相手の急所を突く戦術眼の確かさは「天才」の形容にふさわしかった。
もう一方の本橋譲は、ユース世代で最も将来を嘱望されているプレーヤーであった。一九五センチ、一〇〇キロの恵まれた体格に獣の反射神経を秘めたスーパーGKとして海外のクラブからも注目されている逸材なのだ。
その二人に注目が集まりがちだが、青湘高はバイプレーヤーのレベルもかなり高い。確固とした核があるために、自分たちの役割がきっちり整理され、それに特化されたプレーヤーが多いのだ。
逆に言えば、その二人にもしものことがあれば一気に崩壊してしまう脆さもあるのだが、幸いなことに二人とも頑丈さには定評があった。
「大輔、暴れろよ」
慎也に声をかけられた大輔は親指をぐっと立てた。
言われるまでもない。これは大輔にとっての就職活動なのだ。Jリーグの関係者相手にこれでもかと言わんばかりの猛アピールを行うつもりでいる。
「大輔―っ! 頑張れーっ!!」
広い競技場全体に響き渡るような大声を出したのはもちろんヒカリである。
「室戸くん、頑張ってーっ!」
負けじと涼子が掠れかけた声をあげる。
いずれも人目を惹きまくるハイクオリティな美少女である。それが反目しあいながら一人の男に声援を送る――それが意味するものは誰の目にも明らかだった。二人の声援を一身に浴びた大輔は、自分の狙いとはまったく別の形で競技場中の注目を集めてしまっていた。
「室戸ってどいつだ?」
大輔は非常に居心地の悪い気分を味わっていた。背中に「晒し者」と書かれた紙を貼られているような気分だ。
「…そんなにいい男か?」
「どっちかと言うと、その逆じゃねえ?」
容赦のない批評が耳に届く。
「じゃあ何であんな声援受けてんだ?」
「しらねえよ。天才的なスケコマシなんじゃねえのか」
大声で反論したいところだが、火に油を注ぐことになるのは明らかなので、大輔は文句をぐっと飲み込んだ。
「色男はつらいな」
慎也が笑いながら言った。が、目が笑っていない。
「あの娘とはどこで知り合った?」
涼子のことだけでも苦々しく思っていたのに、突然現れた美少女のインパクトは大輔への殺意を実行レベルに高めるのに十分なものだった。
「道で声かけられた」
「逆ナンか?」
「そういうのとはちょっと違うかな……」
「じゃあ何なんだ?」
「上手く説明できん」
まさか本当のことを話せるわけがない。話したとしても信じてはもらえないだろう。
「何でおまえばっかりなんだ?」
「知らん」
「おまえを殺したいと思ってるのは俺だけじゃないぞ。涼子さんだけでも許せないところなのに、あの娘は一体何なんだ」
大輔は肩をすくめる以外になかった。
「まあいい。とりあえず今日はボール持ちすぎないように気をつけろよ。相手、かなり気分害してるぞ。ついでに言うと、審判の印象も良くなさそうだ。後ろからのタックルも反則とってもらえないかもしれないな」
そう言う慎也が一番物騒な表情をしている。隙あらば自分が行こうと狙っているのではないかと思う眼光に、大輔はげっそりしてしまう。
勘弁してくれよ……
そんな前振りを受けて始まった試合は、慎也の予想どおりの展開になった。
大輔のポジションは守備的MF。繋ぐサッカーを志向する青湘高にあっては、攻守の繋ぎ役となる要のポジションである。当然大輔を経由する回数は多い。そして、大輔がボールを持つ度に、相手選手の殺気立ったタックルが襲い掛かってきた。慎也並のテクニックがあればかわすこともできるのだろうが、あいにく大輔は、技術的には見るところはない。タックルを食らって倒れる場面は誰よりも多かった。
「こらあ! 何てことするのよ、危ないじゃない」
美少女らしからぬヒカリの声に、無関係な観客は笑いを誘われるが、その言葉が更に敵意を煽り、大輔に対するタックルを苛烈にしていくことにヒカリは気づいていない。
最初は「これも運命か」とずれた悟りを開いていた大輔だったが、それほどできた人間というわけではない。タックルを食らうごとに怒りの水位は上がり、理性の堤防は決壊寸前だった。
そして、復讐のチャンスは訪れた。ペナルティエリアのすぐ外でファウルを受けた大輔が転倒し、FKを得たのだ。
「俺が蹴る」
通常、青湘高のFKは距離に応じて慎也と大輔が分担している。いつもならここは慎也が蹴る距離だったが、大輔はボールを放そうとはしなかった。
「まあいいか」
大輔の気持ちを察して、慎也は役を譲った。
誰でもいい。目にモノ見せてやる。
壊れかけた笑みを唇に貼りつかせ、やや長めの助走から大輔は自分では黄金と信じている右足を振り抜いた。
ゴッ。
壮絶な音がして――
倒れたのはなぜか青湘高の選手だった。そして、倒れたままぴくりとも動かず、担架に乗せられて退場していった。
「あれ?」
「あーあ、誤爆しやがった」
慎也が苦笑いする。
大輔の「誤爆」は実は珍しいことではない。破壊力では間違いなく高校トップクラスどころか代表でも通じるのではないかと言われているのだが、いかんせんコントロールが悪すぎた。地元で「悪魔の右足」やら「クレイジーバズーカ」やらの通り名がつけられた所以なのだが、味方を危険に晒すようでは、キッカーの資格はない。
だが、この一発は、相手に対して心理的なダメージを与えた。これ以降、大輔がシュートモーションに入るだけで相手選手の腰が退けるようになったのだ。当然、厳しいチェックになど来れるはずがなく、大輔は行動の自由を回復した。
びびるなと言っても難しいのだが、戦いにおいてこれは致命的である。
結局、その後3点を取って、青湘高は一回戦を突破したのであった。
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