上 下
73 / 179

73 自然の摂理

しおりを挟む
 一旦王都に戻り、諸々の雑事を片づけた後、俺たちは旅に出た。

 これと言って明確な目的のある旅ではないが、とりあえず南を目指した。理由は単純で、これから季節は冬に向かっていくので寒いのを忌避したということだ。

 女性陣に揃って暖かいところがいいと言われたら、それに従うしかないわけで、実は北に行ってみたかった俺の希望は、口に出されることもないままに消えていった。

 ま、いいけどね。

 初日ということもあり、皆足取りは軽い。変に追われても嫌なので、国境を越えるまでは強行軍の予定だ。

「シルヴィアは国の外に出たことあるの?」

「ないです」

「じゃあ皆初めてか」

「ワシは北のフォードの出身だ」

 そんなガンテスさんも南へ行くのは初めてとのことで、これから行く先は全員にとって未知の世界になるようだ。

「食べ物が美味しいといいなあ」

「そこよね」

「お魚食べたいんだけど」

「あー、それ」

「今までお肉は美味しかったんだけど、いかんせん魚の少なさが……」

「そこはマジで期待してる」

 話が弾みながらだと疲労を感じることも少なく、旅程がはかどる。陽気とあいまって、気分が浮き立つ。

「こうしてると、こないだまでの殺伐とした空気が嘘みたいだな」

「このままのんびり過ごせればいいんだけどね」

 そうはいかないことは皆わかっていた。それでも言わずにいられない。ただ、あえて言わせてもらうなら、それは世間一般で言うところのフラグである。

 とは言え、立った瞬間に回収とはならず、この日は何事も起こらぬまま、夜営と相成った。

「今日は大分距離稼げたな」

「このままなら三日後くらいには国境を越えられそうね」

「そうね。ただ、そのためにはちゃんとご飯を食べて、しっかり睡眠とって、体力を回復させないとね。間違っても、夜中にまで体力を使うような暴挙に出ちゃダメよ」

 ユキノさんのからかうような言葉に、シルヴィアは赤くなった。

 まてまて。宿でならともかく、周りに皆がいるようなテントの中でできるほど俺は図太くないぞ。周りが気になって集中できないし、下手すりゃ勃たん。

「何だ、新婚さんから刺激をもらえるかと思ってたのに……」

 のぞく気満々かい。

 頭痛がしてきた。

 とりあえず見張りの順番だけ決めて、最初の見張り番となったカズサさんを除いた他のメンバーは早々に眠りに就いた。

「手、繋いでていい?」

 もちろん否やはない。指を絡めてしっかりと繋ぐ。

「こうやって外で寝るのって初めてだから……」

「そっか」

 空いていた右腕をシルヴィアの頭の下に差し込むようにしながら抱き寄せる。腕の中にすっぽり収まるその身体は、いつものように温かく、柔らかい。

 …う、ヤバい……

 自然の摂理が訪れた。

 敏感にそれを察したのだろう。シルヴィアが艶然と微笑む気配がした。

 真っ暗で、実際には何も見えない。見えないのだが、表情は容易に想像できた。想像できたら、ますます堪らなくなってしまった。

 繋いでいた手をほどいて、シルヴィアの背中にまわす。シルヴィアもそれに応えてくれて、より温もりが伝わってくる。

 これで我慢なんてできるわけがない。

 周りが気になるもんだとばかり思っていたのだが、俺のムスコは俺が思っていたより遥かに図太かったらしい。

「…シルヴィア」

「はい」

「声、出しちゃダメだぞ」

「…肩、噛んじゃうかも……」

「いいよ」

 とは言ったもののーー

 見張り交代の時間までに両肩とも歯形だらけになってしまったのは、ご愛嬌で済ませてしまっていいものなのだろうか?
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】いわゆる婚約破棄だったが、見ているだけではない。

夜空のかけら
ファンタジー
公爵令嬢が断罪を受け、男爵令嬢が婚約を奪ったが… 断罪劇直後に同じ世界、同じ時間軸に転生した者たちと得体の知れない者たちと接触した時、予想外のことが起こり始めた。 視点変化が激しいので、サブタイトルで確認を! 全87話 完結しました。

世界を滅ぼす?魔王の子に転生した女子高生。レベル1の村人にタコ殴りされるくらい弱い私が、いつしか世界を征服する大魔王になる物語であーる。

ninjin
ファンタジー
 魔王の子供に転生した女子高生。絶大なる魔力を魔王から引き継ぐが、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。  悪魔との契約は、絶大なる特殊能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公ルシスは、天使様にみそめられて、7大天使様と契約することになる。  しかし、魔王が天使と契約するには、大きな犠牲が伴うのであった。それは、5年間魔力を失うのであった。  魔力を失ったルシスは、レベル1の村人にもタコ殴りされるくらいに弱くなり、魔界の魔王書庫に幽閉される。  魔王書庫にてルシスは、秘密裏に7大天使様の力を借りて、壮絶な特訓を受けて、魔力を取り戻した時のために力を蓄えていた。  しかし、10歳の誕生日を迎えて、絶大なる魔力を取り戻す前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。

処理中です...