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「少しは慌てて下さいよ。結構準備に苦労したんだから」

「種のわかってる手品に驚くアホがいるか」

「何でわかったんですか?」

 早苗的には完璧なカモフラージュを施したつもりだったのだ。これで仕留められればよし、悪くとも慌てさせて隙は作れると思っていたのである。

「あれだけ火薬の臭いをぷんぷんさせてたら誰でもわかる。特に、こんな朝の空気の中ならなおさらだ」

 圭一はそう言うが、早苗には全然わからなかった。一応気をつけたのだ。それで大丈夫だと思ったのだが、圭一の鼻の方が性能が良かったらしい。

「…先輩、犬みたいな鼻してますね」

「やかましい。それよりおまえ、だんだんやることに可愛げがなくなってきたな」

「だって先輩が強すぎるんだもん」

 早苗は唇を尖らせた。

「まともにやってたら勝てないんだもん。しょうがないじゃないですか」

「まあいいけどな」

 早苗のやること程度であれば、問題になることはないだろう。二人の間にはそれだけ大きな実力差がある。

「にゃあー、どうしたら一本取れるんだろ」

 胡坐に腕組み。美少女らしからぬ格好で早苗は唸った。

 この二人の間にはある約束があった。

『一本取れたらなんでもひとつ言うことを聞く』

 ありがちな約束である。手垢がつきすぎて、するのも恥ずかしい約束だが、少なくとも早苗はこの上なく真剣だった。約束が交わされてから一年余、早苗は倒されても倒されても懲りることなく圭一に挑み続けていた。圭一の方は何を考えているのか今ひとつわからないところがあったのだが、とりあえず早苗の相手をこなしていた。

 傍から見れば体中をぼりぼりかきむしりたくなるような生温かい関係である。事実、同じゼミのメンバーも、この二人のじゃれあいには関わりをもとうとはしない。「また始まったよ」という程度で、毎日の日課ぐらいにしか思っていない。

「おまえの腕じゃあ永遠に無理だな」

「にゃあ。それじゃあ先輩には可愛い後輩のお願いを聞く気は全然ないんですか?」

「一本取ったらって言い出したのはおまえの方だろ」

「にゃああー」

 早苗は思いっきりふくれっ面になった。

「意地でも一本取ってやるから。それでとんでもないことさせてやる」

 早苗がそう言うからには「とんでもないこと」は文字通りの意味なのだろう。考えると怖いものがあるのだが、それも一本取られなければいいだけの話である。圭一にとっては余裕な話だった。
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