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落伍者
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「おい幸織、待てって」
すぐに追いついて、修平は幸織を止めようとする。
「放して、修平さん。あたし、行かなきゃならないの」
「アホか。おまえが一人で行ってどうにかなるもんでもねえだろ」
「だからって放っておくなんてできるわけないでしょ」
「死ぬ気か?」
「そんなわけないでしょ。時間を稼げば誰かが駆けつけてくれるはずよ」
「おまえの腕で時間稼ぎができるのか?」
「それは……」
幸織は口ごもった。誰に言われるまでもなく、自分の腕の未熟さは自分自身が一番よく承知している。
しかし、それであっても退けない理由が幸織にはあった。
「修平さん、あたしが退けないの、知ってますよね」
「理由は知ってるが、死ぬとわかってる場所に行かせられるわけねえだろ」
何とか思いとどまらせようとしたのだが、頑固な幸織は聞き入れようとしない。
そうこうするうちに災厄は向こうから近づいてきた。
「ちっ」
修平が舌打ちする。
二人の前に一人の若い男がいた。
どこにでもいそうな、遊び人風の男である。金に染め上げられた長髪はだらしなさを強調し、退廃的な雰囲気を醸し出している。
だが、その見かけを二人はまったく信じていなかった。油断なく身構え、何が起きても対処できる体勢を整える。
緩慢な動きで、男が二人に顔を向けた。
二人を認知した瞬間、男の虚ろだった目に光が点った。比喩ではない、文字通り、光を放ったのである。
同時に男の形が崩れる。首から上を残して、男はゲル状の流動物と化した。
おぞましい姿であったが、二人とも顔色ひとつ変えない。
「下級妖魔ね」
「もう手遅れか」
修平が苦々しく呟く。人間界に現れた妖魔は例外なく人を襲う。そして、この妖魔は既に複数の人間を手にかけているようだ。気配でそれとわかる。
「やるしかねえか」
覚悟を決める。
「駄目よ、修平さんはもう民間人なんだから」
「おまえがやるよりゃなんぼかましだ」
修平は幸織を後ろに追いやる。
「上手く還せればいいな」
「還す?」
耳慣れない呟きに幸織は首を傾げた。
「ああ。滅ぼすんじゃない。元いたところに還すんだ」
「どうやって!?」
驚くのも無理はない。そんなやり方、今まで聞いたことはなかった。
「まあ見てろって」
そう言った時、妖魔を挟んで二人と反対側に新たにふたつの人影が現れた。遠目ではっきりとはわからなかったが、いずれも若い男らしい。
「ここは危ない! 近づくな!!」
修平が叫んだが、男たちは恐れ気もなく妖魔に接近する。
「あ、あの人たち――」
幸織が声をあげた瞬間、男たちは動いていた。弾かれたように左右に分かれ、同時に妖魔に殺到する。
いつのまにか握られていた剣が眩い光を放ち、一瞬の後、妖魔は微塵に切り裂かれていた。
「あっ」
手を出す暇も何もない、一瞬の出来事だった。
呆然とする二人に、男たちが冷ややかな目を向ける。
「怖い目に遭いたくなければ早く消えろ――ん、おまえ……?」
幸織の顔に目を止めた男たちは、更に冷笑を浮かべた。
「お荷物がこんなところで何をする気だった?」
「まさか自分で倒すつもりでいたわけじゃないだろうな」
嘲るような言葉にも幸織は反応できない。唇をかんで俯いている。
「ちょろちょろしてないで、おまえは歌だけ歌ってればいいんだよ」
それまで黙っていた修平が静かに口を開いた。幸織に対するあからさまな侮蔑に、表情は穏やかではない。
「――武器使わなきゃ妖魔を滅ぼせないような半端野郎が偉そうな口きいてんじゃねえよ」
「なに!?」
二人の視線が修平に集中する。
「偉そうなこと言うのはせめて想を帯びられるようになってからにするんだな」
「何だと!?」
「貴様、何者だ?」
男たちが修平に対して臨戦体勢を取る。
「相手の力も見抜けねえようなボンクラか。紫聖殿も落ちたもんだな」
修平は明らかに怒っていた。
「駄目、修平さん。やめて!」
幸織が修平の右腕にすがりつく。修平が強いのは知っているが、ブランクがあるのだ。紫聖殿の拳士が甘いものでないことはよく知っている。
「心配すんな。殺しゃしねえよ」
幸織の心配をよそに、修平は既にやる気満々である。
「はっ、誰かと思えば、おまえ、片山修平か」
片割れが勝ち誇ったように笑った。
「偉そうな口をきいてるが、おまえはどうなんだ。紫聖流の落伍者が」
「その落伍者がどんなもんか試してみるか?」
言うなり修平は気勢を上げた。傍目にもはっきりそれとわかるほど、修平を包む空気が変わる。
「なっ!?」
男たちは驚愕した。これだけの気を操れる男を彼らは知らなかった。
明らかな動揺を見せる男たちを、修平は鼻で笑った。
「詫びを入れるなら今のうちだぜ」
小馬鹿にしたような台詞は、無論逆効果を狙ってのものである。
狙い通り、男たちは簡単に乗ってきた。
「なめるなあっ!」
突っ込んでくる男たちに向かって修平は拳を振った。
手足が届く距離ではなかった。が、男たちは壁にでもぶち当たったかのような衝撃と共に吹っ飛んだ。
「――ぐ…が……」
苦しげな呻き声。動くこともできないようだ。
幸織はびっくりして修平を見ている。武勇伝は何度も聞いていたのだが、実際に幸織が修平の力を目の当たりにするのは、これが初めてだったのだ。
「すごい……」
ここまで圧倒的な力は初めて見た。
そして、もうひとつ初めて見るものがあった。
修平の怒りの顔である。
幸織にとって修平はいつも『優しいお兄さん』だった。怒ったところなど一度も見たことがない。そんな修平が今、心の底から怒っていた。
自分に対する侮辱のせいか。
もちろんそれもあっただろうが、それだけではないような気がした。
修平はゆっくりと男たちに歩み寄る。
「覚えておけ。力で他人を押さえつけようとすれば、いつかそれ以上の力で押さえつけられることがあるということをな」
「何を言いやがる。てめえだってやってることは一緒じゃねえか」
「覚悟はできてるさ。やる気ならいつでも来い」
言い放った修平の気迫は、男たちを圧倒した。
「次は手加減しねえぞ」
とどめの一言を放ち、修平は興味をなくしたように男たちに背を向けた。
「幸織、行くぞ」
「あ、は、はい」
男たちを振り返りながらも、幸織は慌てて修平の後をついていった。
すぐに追いついて、修平は幸織を止めようとする。
「放して、修平さん。あたし、行かなきゃならないの」
「アホか。おまえが一人で行ってどうにかなるもんでもねえだろ」
「だからって放っておくなんてできるわけないでしょ」
「死ぬ気か?」
「そんなわけないでしょ。時間を稼げば誰かが駆けつけてくれるはずよ」
「おまえの腕で時間稼ぎができるのか?」
「それは……」
幸織は口ごもった。誰に言われるまでもなく、自分の腕の未熟さは自分自身が一番よく承知している。
しかし、それであっても退けない理由が幸織にはあった。
「修平さん、あたしが退けないの、知ってますよね」
「理由は知ってるが、死ぬとわかってる場所に行かせられるわけねえだろ」
何とか思いとどまらせようとしたのだが、頑固な幸織は聞き入れようとしない。
そうこうするうちに災厄は向こうから近づいてきた。
「ちっ」
修平が舌打ちする。
二人の前に一人の若い男がいた。
どこにでもいそうな、遊び人風の男である。金に染め上げられた長髪はだらしなさを強調し、退廃的な雰囲気を醸し出している。
だが、その見かけを二人はまったく信じていなかった。油断なく身構え、何が起きても対処できる体勢を整える。
緩慢な動きで、男が二人に顔を向けた。
二人を認知した瞬間、男の虚ろだった目に光が点った。比喩ではない、文字通り、光を放ったのである。
同時に男の形が崩れる。首から上を残して、男はゲル状の流動物と化した。
おぞましい姿であったが、二人とも顔色ひとつ変えない。
「下級妖魔ね」
「もう手遅れか」
修平が苦々しく呟く。人間界に現れた妖魔は例外なく人を襲う。そして、この妖魔は既に複数の人間を手にかけているようだ。気配でそれとわかる。
「やるしかねえか」
覚悟を決める。
「駄目よ、修平さんはもう民間人なんだから」
「おまえがやるよりゃなんぼかましだ」
修平は幸織を後ろに追いやる。
「上手く還せればいいな」
「還す?」
耳慣れない呟きに幸織は首を傾げた。
「ああ。滅ぼすんじゃない。元いたところに還すんだ」
「どうやって!?」
驚くのも無理はない。そんなやり方、今まで聞いたことはなかった。
「まあ見てろって」
そう言った時、妖魔を挟んで二人と反対側に新たにふたつの人影が現れた。遠目ではっきりとはわからなかったが、いずれも若い男らしい。
「ここは危ない! 近づくな!!」
修平が叫んだが、男たちは恐れ気もなく妖魔に接近する。
「あ、あの人たち――」
幸織が声をあげた瞬間、男たちは動いていた。弾かれたように左右に分かれ、同時に妖魔に殺到する。
いつのまにか握られていた剣が眩い光を放ち、一瞬の後、妖魔は微塵に切り裂かれていた。
「あっ」
手を出す暇も何もない、一瞬の出来事だった。
呆然とする二人に、男たちが冷ややかな目を向ける。
「怖い目に遭いたくなければ早く消えろ――ん、おまえ……?」
幸織の顔に目を止めた男たちは、更に冷笑を浮かべた。
「お荷物がこんなところで何をする気だった?」
「まさか自分で倒すつもりでいたわけじゃないだろうな」
嘲るような言葉にも幸織は反応できない。唇をかんで俯いている。
「ちょろちょろしてないで、おまえは歌だけ歌ってればいいんだよ」
それまで黙っていた修平が静かに口を開いた。幸織に対するあからさまな侮蔑に、表情は穏やかではない。
「――武器使わなきゃ妖魔を滅ぼせないような半端野郎が偉そうな口きいてんじゃねえよ」
「なに!?」
二人の視線が修平に集中する。
「偉そうなこと言うのはせめて想を帯びられるようになってからにするんだな」
「何だと!?」
「貴様、何者だ?」
男たちが修平に対して臨戦体勢を取る。
「相手の力も見抜けねえようなボンクラか。紫聖殿も落ちたもんだな」
修平は明らかに怒っていた。
「駄目、修平さん。やめて!」
幸織が修平の右腕にすがりつく。修平が強いのは知っているが、ブランクがあるのだ。紫聖殿の拳士が甘いものでないことはよく知っている。
「心配すんな。殺しゃしねえよ」
幸織の心配をよそに、修平は既にやる気満々である。
「はっ、誰かと思えば、おまえ、片山修平か」
片割れが勝ち誇ったように笑った。
「偉そうな口をきいてるが、おまえはどうなんだ。紫聖流の落伍者が」
「その落伍者がどんなもんか試してみるか?」
言うなり修平は気勢を上げた。傍目にもはっきりそれとわかるほど、修平を包む空気が変わる。
「なっ!?」
男たちは驚愕した。これだけの気を操れる男を彼らは知らなかった。
明らかな動揺を見せる男たちを、修平は鼻で笑った。
「詫びを入れるなら今のうちだぜ」
小馬鹿にしたような台詞は、無論逆効果を狙ってのものである。
狙い通り、男たちは簡単に乗ってきた。
「なめるなあっ!」
突っ込んでくる男たちに向かって修平は拳を振った。
手足が届く距離ではなかった。が、男たちは壁にでもぶち当たったかのような衝撃と共に吹っ飛んだ。
「――ぐ…が……」
苦しげな呻き声。動くこともできないようだ。
幸織はびっくりして修平を見ている。武勇伝は何度も聞いていたのだが、実際に幸織が修平の力を目の当たりにするのは、これが初めてだったのだ。
「すごい……」
ここまで圧倒的な力は初めて見た。
そして、もうひとつ初めて見るものがあった。
修平の怒りの顔である。
幸織にとって修平はいつも『優しいお兄さん』だった。怒ったところなど一度も見たことがない。そんな修平が今、心の底から怒っていた。
自分に対する侮辱のせいか。
もちろんそれもあっただろうが、それだけではないような気がした。
修平はゆっくりと男たちに歩み寄る。
「覚えておけ。力で他人を押さえつけようとすれば、いつかそれ以上の力で押さえつけられることがあるということをな」
「何を言いやがる。てめえだってやってることは一緒じゃねえか」
「覚悟はできてるさ。やる気ならいつでも来い」
言い放った修平の気迫は、男たちを圧倒した。
「次は手加減しねえぞ」
とどめの一言を放ち、修平は興味をなくしたように男たちに背を向けた。
「幸織、行くぞ」
「あ、は、はい」
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