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御前試合

遭遇

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真っ赤なドレスのジュディ様が馬車から降り立つと、その現実離れした美しさから、周囲にどよめきが生まれた。

めちゃめちゃ目立っている。

私が髪を隠しているのが、意味がないくらい人目を引いている。

いや、そもそもドレス姿の2人がここに降り立った時点で、目立つなという方が無理だった。

今日はアマンド様もこっちの会場だから、気づかれないように細心の注意を払わないといけないのに・・!

「ママー!お姫様がいる!」と指差す子どもを一瞥して、ジュディ様が歩き出した。

 平民も貴族も入り混じる正面入り口は多くの人が行き交っており、侯爵家の護衛が警戒しながら周囲を囲む。

「それで?売り場はどこにあるの?」

「入り口を入った、すぐのところにある筈です」

もうこうなったら、早く確認して馬車に戻ろう。

帽子を目深に被り直しながら、私も慌てて後に続く。

入り口を入って左右を見回したジュディ様が、指を指した。

「あれじゃない?」

見ると、人集りが出来ている一角があり、近づいてみると、確かに刺繍バッジ売り場だった。

並べられた刺繍バッジはそれぞれ残り10個もなさそうだ。

売り子が「ここに並べられているもので終了です!」と声を張っている。

「もう売り切れ間近ね。・・何?」

「いえ、驚いていて・・まさかこんなに売れるとは思っていなかったので」

「うちなんて、250は頼んだわよ。」

「え!そんなに!?」

「当たり前でしょ。使用人にも全員付けさせてるんだから」

確かに、ゲルトさんも護衛さんも、更には御者さんも、皆バッジをつけているなーとは思っていた。

周囲を見回しても、行き交う人の半分くらいが刺繍バッジをつけている。

私が刺繍の図案を考えたバッジが、こうして多くの人の手に渡っていると思うと、素直に嬉しかった。

(見に来れてよかった・・)

「確認できたから、いいわね。馬車に戻るわよ」

「あ、はい!」

そうして踵を返したその時だった。

「レイリアー!」

(げっ!)

心中で、令嬢らしからぬ声を上げてしまう。

今日警戒しなきゃいけないのは、アマンド様だけでは無かった・・!

満面の笑顔を浮かべて手を振りながら、小走りに駆け寄ってくるメイベル。

メイベルから少し遅れて、取り巻くように3人の令嬢たちが付いてきて、ジュディ様を見て目を輝かせる。

彼女たちの顔に見覚えはないが、カーテンシーをして頭を下げる様子や服装から、貴族ではあるようだ。

メイベルの真新しいワンピースと比べると、少しくたびれた彼女たちの格好はパッとしない印象を受けた。

彼女達は皆揃いで王国騎士団の刺繍バッジを着けている。それはいい。

そんなことよりも、私を驚かせたのは、メイベルのその格好。

プラチナブロンドの髪を編み込み、オールアップにして、緑色の上等なワンピースを着ている、その姿はまるで・・。

まるで、私のようで。

「メイベル・・?」

「レイリア!会えて良かったわ!ドレスも素敵ね!それで、えっとこちらは・・」

チラチラとジュディ様を見て私に視線を送るメイベルの目は、期待で輝いている。 

そう、もし会場で行き合ったらジュディ様を紹介する、という約束をしていたのだ。

忘れてはいないのだが・・ジュディ様とメイベルが面識を持ったら相当ややこしい話になりそうで、正直全く気が進まない。

でも約束は約束だ、と心の中で呟いて、ジュディ様の方を振り向いた。

「あの、ジュディ様・・」

そのままメイベルを紹介しようとした私だったが、ジュディ様の凍てつく視線に気づき、言葉を飲み込んだ。

「絶対に紹介なんて面倒くさいことするんじゃないわよ?」という圧を感じる・・!

二の句が告げない私に痺れを切らして、メイベルが一歩進んで、ジュディ様に向かい合った。

「初めまして。ジュディ様、ですよね?こんなに可愛らしい方だったのね!私、メイベル ボートウェルです。レイリアとは幼馴染で大親友なの。レイリアと一緒に、私とも仲良くしてくれませんか?」

「メイベル、ちょっと・・!」

格上の貴族に対する礼儀も何もなく、自分から声をかけるメイベルを慌てて制する。

という表現もまずい。

「ジュディ様、すみません。先に馬車に戻っててもらえますか?」

そう言って、ジュディ様とメイベルの間に入った。。

「メイベル、色々と不敬だわ。さすがに立場を弁えないと・・」

「え?でも年下だしこのくらい・・」

「年下でも、ジュディ様は侯爵家よ?」

「それは知ってるけど、そんな考え方はもう、古いのよ?・・これからの時代は家格とかではなくて、経済力がものを言うんだから。私たちみたいな若い貴族は、そこまで格式張る必要はないんじゃないかしら?」

経済力をつけた家格の低い貴族たちの間で、そんな考えが流行っているのは知っている。

しかし当然、そんな思想は多くの貴族から反感を買っている。

現に、私の後方で留まっているジュディ様から漂ってくるこの気配ー

「まあ・・子爵令嬢が伯爵令嬢の名を呼び捨てするなんて・・私にはとても信じられないけれど、今はこんなことが流行っているのかしら?」

気配に反して、ジュディ様の声はあどけなく、可愛らしく響いた。

ようやく反応したジュディ様に、ニコリと笑ってメイベルが歩み寄る。

「小さな頃からお互いの名前で呼んでいたので、私達にとってはこっちの方が自然なんです。それに・・」

お互いに名前で呼び合ってはいたが、メイベルと再会してデビュタントを終えた頃合いで、他の人の目がある時には、お互い改まった呼び方をしよう、と何度かメイベルに伝えていた。

それが守られることはなかったけれど。

「実は私、母の生まれが伯爵家で、生まれてから7歳までのほとんどを、お母様の生家で過ごしたんです。」

「・・それで?」

先を促すジュディ様に、メイベルは嬉しそうに、はにかんだ。

「だからか、身分のこととか、普通の人とは見方が違うんだと思います。見た目では伯爵令嬢に間違われることが多いから、子爵令嬢だとわかると皆に驚かれて・・どんな人にも物怖じしないってよく褒められるんです。私にはこれが普通なのに」

「まぁ・・すごいわ」

満足げな笑みを浮かべるメイベル。

傍の令嬢達が、そんなメイベルに羨望の眼差しを向ける。

ジュディ様だけが、冷めた目だ。

「家格を軽んじる発言をしておきながら、母親の出自に縋るなんて・・・随分都合のいい頭で感心するわ。井の中の蛙って、こういう事を言うのかしら?」

辛辣な言葉に、メイベルが一瞬遅れて唖然とした。

「私も、家格云々に拘るつもりはないわ。生まれに関わらず、付き合う価値があると思う者であれば、ね。さ、行くわよレイリア。時間を無駄にしたわ」




馬車に戻ると、ジュディ様が烈火の如く怒りだした。

「すみません、ジュディ様!メイベルが失礼なことを・・」

「レイリア、あなた・・子爵令嬢ごときに呼び捨てを許しているってどういうことなの!」

「あ、え!?」

(私かー!!)

「あなた伯爵令嬢でしょう!こんな無礼を許しているなんて信じられない!今度、ケネス先生の授業を一緒に受けなさい!」

「すみません!それだけは勘弁してください・・!」

「大体あの無礼女、幼馴染だかなんだか知らないけど、レイリアを何だと・・・ちょっと待って。」

ハタ、と止まったジュディ様がスウッと目を細めたのを見て、イヤな予感が止まらない。

「レイリアあなた・・もしかして、あの無礼女がアマンド ガーナーの本命だとか言わないわよね・・?」

「・・・」

思わず顔を背けた私に、ジュディ様の雷が落ちたのは、そのすぐ後のことだった。

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