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後宮
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清詢は昨日後宮に入った上流貴族の媛だ。
劉壮皇子と歳が近いこともあり、いつか輿入れすることを見込んで、生家では幼き頃から蝶よ花よと甘やかして育てられた。
そのせいもあり、清詢は輝かんばかりに美しく少々自信過剰な媛となった。
お前ならいつか太后になれるだろう、と父は事あるごとに話して聞かせ、清詢もそのつもりで、いつか皇子に会える日を楽しみに待っていた。
劉壮皇子は数々の武勲をあげるほどの強さを持ちながら、大層な美丈夫で有能だと言う。
そんな方のお相手に、私こそが相応しい。
そう夢見ていた清詢だったが、翌月の輿入れに向けて準備を進めていた矢先、皇帝崩御の報せがあり国中が喪に服した。
喪が明け、次代が始まるその日、ある報せにより清詢の家に激震が走る。
皇子は皇帝即位と共に、官僚上がりの女人を太后に迎えてしまったというのだ。
渡后典礼の発布は、先帝崩御で不安が高じていた国民を一気に祝賀気分に押し上げたが、反対に清詢はこれまでになく落ち込んだ。
しかも話に聞くに、織部太后は特別美しいという訳でもなく、しかも先日、齢28になったと言う。
「私が先にお会いできていれば、そうすればきっと私を選んでくださったのに!」
清詢は父を詰り母に泣きついた。
今からでも早く後宮入りしたいのに、皇帝は太后とばかり夜を供にし、後宮には近寄りもしないそうで「今は時期が悪い」と父は渋い顔をするばかり。
鬱憤はいつまでも晴れず、使用人に当たってやり過ごすこと三月。
ご寵愛の話に事欠かなかった太后が、懐妊したとの噂が立った。
皇帝と言えど、齢21の若人だ。
身重の太后と閨を共にできないとなれば、きっと後宮に戻られる。
それを狙って、ここに来て妃嬪の後宮入りが後を絶たない。
そんな訳で清詢もようやく念願の後宮入りを果たしたのだ。
今日は織部太后に、最近入った媛たちと共に後宮入りの挨拶をすることになっていた。
「太后陛下のご到着まで、ここに控えよ。」
太后付きの侍女にそう言われ、待機の時間を利用して、清詢はチラリと他の媛を盗み見た。
改めて見たところ、4人は清詢と同じ位の年齢だが、後の1人はずっと上だろう。
太后が年上だったことから皇帝陛下は年上好きなのだろうと見込み、太后と歳の近い媛を後宮に入れる貴族も増えたと聞く。
それなりに可愛らしいのも居るが、清詢の相手になりそうな媛はここにはいない。
清詢はこの日のためにここぞとばかりに着飾った。
牡丹の花が華やかに描かれた、清詢の肌によく映える淡黄の衣、撫子色の袷、金の帯に翡翠の帯飾り。
薄桃の紅をひき、翡翠の小玉を散らした銀の簪を幾つも髪にあしらった。
太后への挨拶のために控える媛は6人いるが、その中でも清詢の美しさは抜きん出ている。
自信を深めたその時、「御成です」の声がして、媛らは一斉に平伏した。
上座に着席する気配がする。
太后付き侍女の「表を上げよ」の声に、清詢は遠慮なく顔を上げた。
そこには、翠衣を身に纏う太后が居た。
蓮の花が描かれた翠衣に袷は珊瑚色、銀の帯。
簪にも帯飾りにもふんだんに翡翠が使われている。
翠色は皇帝陛下の御色ではあるがこれほど身に纏うのは、寵愛を見せびらかしたいのか、それとも自分に自信のない現れなのか。
織部太后の装いは品があるが、清詢の方がよっぽど華々しく見える。
顔は思っていたよりも悪くはない。
齢28とは思えぬ少女のような顔立ち。
しかし所作に妙に色気が・・・艶っぽさが垣間見えて、その危うさは人目を引く。
まあ、美しさにおいて清詢の敵ではない。
侍女に促され、端から順に挨拶をしていく。
瑞紀という水色の衣の媛が、挨拶の後に緊張した面持ちで言葉を続けた。
「恐れながら・・・!太后陛下は箏の名手と伺いました。私も箏を習っておりまして・・・その、皇帝陛下が千玉浄然を太后陛下に贈られたというお話は誠にございますか」
太后はじわじわと頬を染めてはにかんだ。
「・・・はい、陛下より賜りました」
瑞紀は「ふわぁ・・・!」と感嘆した声を上げると、興奮を隠しきれない様子で続けた。
「あの!あの・・・!どのような弾き心地でございますか!音はいかがでしょう?見た目は普通の箏なのでしょうか?」
その昔、舞い降りた天女が皇帝陛下に捧げたという伝説の御箏、千玉浄然が現存することすら信じられないのだ。
他の媛たちも興味津々といった様子で身を乗り出している。
「瑞紀、御前にて控えなさい」
そう侍女が瑞紀を嗜めるが、太后は侍女を止めて柔らかく微笑んだ。
「形は普通の箏ですが、碧や翠の貝の装飾がされていて、南の海のような色合いの不思議な箏です。音は・・・そうですね、普通よりも澄んでいて、一音一音が際立って聞こえるように思います。」
「あ、ありがとうございます!」
感激したように瑞紀が礼を述べると、次に挨拶した媛が話を継ぐ。
「厚かましくも、お願いが御座います!いつか、太后陛下のお箏を後宮でお聞かせ頂けませんでしょうか!」
隣の瑞紀がコクコクと頷き、他の媛たちも期待を込めた目で太后を見つめる。
織部太后は一瞬たじろいだが、気を取り直したようにまた微笑んだ。
「そう、ですね。千玉浄然のお披露目を陛下にお願いしてみます。お許しがあれば、私はいつでも。」
「ありがとうございます!」
わぁっとその場が和む。
次が清詢の番だった。
劉壮皇子と歳が近いこともあり、いつか輿入れすることを見込んで、生家では幼き頃から蝶よ花よと甘やかして育てられた。
そのせいもあり、清詢は輝かんばかりに美しく少々自信過剰な媛となった。
お前ならいつか太后になれるだろう、と父は事あるごとに話して聞かせ、清詢もそのつもりで、いつか皇子に会える日を楽しみに待っていた。
劉壮皇子は数々の武勲をあげるほどの強さを持ちながら、大層な美丈夫で有能だと言う。
そんな方のお相手に、私こそが相応しい。
そう夢見ていた清詢だったが、翌月の輿入れに向けて準備を進めていた矢先、皇帝崩御の報せがあり国中が喪に服した。
喪が明け、次代が始まるその日、ある報せにより清詢の家に激震が走る。
皇子は皇帝即位と共に、官僚上がりの女人を太后に迎えてしまったというのだ。
渡后典礼の発布は、先帝崩御で不安が高じていた国民を一気に祝賀気分に押し上げたが、反対に清詢はこれまでになく落ち込んだ。
しかも話に聞くに、織部太后は特別美しいという訳でもなく、しかも先日、齢28になったと言う。
「私が先にお会いできていれば、そうすればきっと私を選んでくださったのに!」
清詢は父を詰り母に泣きついた。
今からでも早く後宮入りしたいのに、皇帝は太后とばかり夜を供にし、後宮には近寄りもしないそうで「今は時期が悪い」と父は渋い顔をするばかり。
鬱憤はいつまでも晴れず、使用人に当たってやり過ごすこと三月。
ご寵愛の話に事欠かなかった太后が、懐妊したとの噂が立った。
皇帝と言えど、齢21の若人だ。
身重の太后と閨を共にできないとなれば、きっと後宮に戻られる。
それを狙って、ここに来て妃嬪の後宮入りが後を絶たない。
そんな訳で清詢もようやく念願の後宮入りを果たしたのだ。
今日は織部太后に、最近入った媛たちと共に後宮入りの挨拶をすることになっていた。
「太后陛下のご到着まで、ここに控えよ。」
太后付きの侍女にそう言われ、待機の時間を利用して、清詢はチラリと他の媛を盗み見た。
改めて見たところ、4人は清詢と同じ位の年齢だが、後の1人はずっと上だろう。
太后が年上だったことから皇帝陛下は年上好きなのだろうと見込み、太后と歳の近い媛を後宮に入れる貴族も増えたと聞く。
それなりに可愛らしいのも居るが、清詢の相手になりそうな媛はここにはいない。
清詢はこの日のためにここぞとばかりに着飾った。
牡丹の花が華やかに描かれた、清詢の肌によく映える淡黄の衣、撫子色の袷、金の帯に翡翠の帯飾り。
薄桃の紅をひき、翡翠の小玉を散らした銀の簪を幾つも髪にあしらった。
太后への挨拶のために控える媛は6人いるが、その中でも清詢の美しさは抜きん出ている。
自信を深めたその時、「御成です」の声がして、媛らは一斉に平伏した。
上座に着席する気配がする。
太后付き侍女の「表を上げよ」の声に、清詢は遠慮なく顔を上げた。
そこには、翠衣を身に纏う太后が居た。
蓮の花が描かれた翠衣に袷は珊瑚色、銀の帯。
簪にも帯飾りにもふんだんに翡翠が使われている。
翠色は皇帝陛下の御色ではあるがこれほど身に纏うのは、寵愛を見せびらかしたいのか、それとも自分に自信のない現れなのか。
織部太后の装いは品があるが、清詢の方がよっぽど華々しく見える。
顔は思っていたよりも悪くはない。
齢28とは思えぬ少女のような顔立ち。
しかし所作に妙に色気が・・・艶っぽさが垣間見えて、その危うさは人目を引く。
まあ、美しさにおいて清詢の敵ではない。
侍女に促され、端から順に挨拶をしていく。
瑞紀という水色の衣の媛が、挨拶の後に緊張した面持ちで言葉を続けた。
「恐れながら・・・!太后陛下は箏の名手と伺いました。私も箏を習っておりまして・・・その、皇帝陛下が千玉浄然を太后陛下に贈られたというお話は誠にございますか」
太后はじわじわと頬を染めてはにかんだ。
「・・・はい、陛下より賜りました」
瑞紀は「ふわぁ・・・!」と感嘆した声を上げると、興奮を隠しきれない様子で続けた。
「あの!あの・・・!どのような弾き心地でございますか!音はいかがでしょう?見た目は普通の箏なのでしょうか?」
その昔、舞い降りた天女が皇帝陛下に捧げたという伝説の御箏、千玉浄然が現存することすら信じられないのだ。
他の媛たちも興味津々といった様子で身を乗り出している。
「瑞紀、御前にて控えなさい」
そう侍女が瑞紀を嗜めるが、太后は侍女を止めて柔らかく微笑んだ。
「形は普通の箏ですが、碧や翠の貝の装飾がされていて、南の海のような色合いの不思議な箏です。音は・・・そうですね、普通よりも澄んでいて、一音一音が際立って聞こえるように思います。」
「あ、ありがとうございます!」
感激したように瑞紀が礼を述べると、次に挨拶した媛が話を継ぐ。
「厚かましくも、お願いが御座います!いつか、太后陛下のお箏を後宮でお聞かせ頂けませんでしょうか!」
隣の瑞紀がコクコクと頷き、他の媛たちも期待を込めた目で太后を見つめる。
織部太后は一瞬たじろいだが、気を取り直したようにまた微笑んだ。
「そう、ですね。千玉浄然のお披露目を陛下にお願いしてみます。お許しがあれば、私はいつでも。」
「ありがとうございます!」
わぁっとその場が和む。
次が清詢の番だった。
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