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皇太子
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大祭での劉壮の位置付けは皇子ではなく皇太子に決まった。
立太子の儀を待たずに、国内外へ事実上のお披露目をすることになる。
宮内でも「太子」と呼んで差し支えないと先日達しがあり、後宮の整備が終わり次第、輿入れも始まるという。
劉壮の立太子前にやや性急な気もするが、その意図を探るのは自分の役目ではない。
大祭の準備はいよいよ大詰めを迎えている。
過去の文献から大祭での皇太子の役目や衣装などを確認し、筋書きに組み入れていく。
太子への連絡役は担当を決め、別の者ー貎角に据えた。
太后にも相談し、典礼司代の後継育成も見据えてのことだったが、頭の痛いことになっている。
説明のために太子との面談を依頼しているのだが、太子直属の丈青という男が出てきて毎回面談が阻まれてしまうのだと言う。
横柄な態度を崩さない丈青との折り合いも日々悪く、昨日などは襟元を掴み合い一触即発の雰囲気となっていたという。
今も太后からその件について尋ねられている。
「して、貎角は何と言っておった」
「大祭の全容を把握しておらぬ役不足、と言われたそうで憤慨しておりました。聞かれたことに答えられなかった貎角殿にも足りぬところはあったとは思いますが、あちらの質問は太子がお関わりになること以外も多く…」
「丈青は太子が引き抜いてきた軍人上がりなのだ。軍人上がりは総じて階級意識が強い。自分よりも格下の官吏が寄越されて、主が軽んじられているようで気に食わんのだろう。」
ため息をついて眉間を揉む太后に、織部も申し訳なくなり顔を伏せる。
「太子からも再三言われておってな・・すまぬが、明日は貎角と共にお主も行ってくれぬか。一度赴けばあちらも納得するであろう。」
約束の時間に貎角と共に蒼龍殿を訪れると、広い間へ通される。
織部の薄紫の羽織を見て、満足気に目を細めたのが件の丈青という者だろう。
自己紹介を終えたところで、「それでは、こちらへ」と促される。
元軍人らしく、ずんずんと早足で進んでいく丈青に着いていくが、奥へ奥へと進んでいく。
(どこまで・・・)
貎角が戸惑ったような表情を浮かべているのを見るに、これほど奥まで立ち入ったことはないのだろう。
「もし、どちらへ向かっておいでですか」
「あぁ、これは失礼。もうすぐだ」
答えになっていない答えを返され、不安が募る。
そうして着いた部屋の前、「お連れしました」と丈青が声を上げた。
「入れ」
予想が当たり、織部は貌角を振り返ってから、覚悟を決めて部屋に入った。
「来たか」
劉壮の鋭い目はまっすぐ織部を捉えていた。
「さて、通常であれば直接司代が俺に説明に来るところを、小賢しい役回りをつけてただの典礼官を寄越すとはどのような理由なのか、聞こうか」
「…それにいついては、司長様からお伝えしていると聞いておりますが。」
「どうだったかな。司代の口から聞けば思い出せるかもしれん」
お前の言葉で語ってみせよ、と、そういうことだろう。
「太子殿下の大祭へのご参列に向けて、典礼省を挙げて準備に通り組んでおりますが、大祭まであとふた月というところでの変更でございましたので修正にかかる余波が大きく、司長様と相談した結果、私は準備の統括に集中し、各方面への連絡はそれぞれ分担する形をとらせていただくことになりました。他省への連絡も私以外の者が務めております。決して太子殿下を軽んじているわけでは‥」
ハッ、と劉壮が鼻で笑う。
「俺が突然帰ってきたから迷惑していると?」
「滅相もございません」
「司代よ、俺は何者だ?」
発する覇気が圧となる。
重苦しい空気に、押しつぶされそうだ。
「…我が国の皇太子殿下であらせられます」
「そうだ。他省と同じ扱いだからという理由で、手を抜いていい相手か?」
目を伏せて、織部は平伏した。
「大変、申し訳ありませんでした。典礼省のこれまでの非礼を、お詫びいたします」
「ならば、俺への説明は慣例道理、司代が行うのでよいな?」
「……はい。」
「いいだろう。丈青、大祭の細かい打ち合わせは、そこの典礼官と共にお前に任せる。」
「御意に。」
「司代はここに残れ。大祭について聞く」
「それで、その大祭とやらで俺は何をすればいいんだ?」
貌角から資料を譲り受けて、式典の最中のお役目について説明を始める。
朝から晩にかけて行う式典なので、今日だけでその全容を説明することはできない。
まずは当日の概要を説明したが、3年に1回執り行われる大祭について、太子はほとんど記憶にないそうだ。
「俺が大祭を最後に見たのは13のころだからな。もうほとんど覚えていない」
劉壮から過去に言及したのはそれくらいだ。
太后は織部を心配してくれたが、その後、日を変えて説明しに行った時にも、部屋には常に女官が控えている。
心配されるようなことは起きなかった。
一時はどうなることかと思ったが、回を重ねるにつれて、織部は今の劉壮との関係になじみつつあった。
あの時の過ちに触れぬままなのはお互い様。
そこには『過去、織部と劉壮の間には何もなかった』という暗黙の了解がある。
役職上の割り切った関係でいることに、安堵こそすれ寂しさは感じない。
しかし、織部が皇太子との新たな関係性に自信を持ち始めていた矢先に、それは起きた。
立太子の儀を待たずに、国内外へ事実上のお披露目をすることになる。
宮内でも「太子」と呼んで差し支えないと先日達しがあり、後宮の整備が終わり次第、輿入れも始まるという。
劉壮の立太子前にやや性急な気もするが、その意図を探るのは自分の役目ではない。
大祭の準備はいよいよ大詰めを迎えている。
過去の文献から大祭での皇太子の役目や衣装などを確認し、筋書きに組み入れていく。
太子への連絡役は担当を決め、別の者ー貎角に据えた。
太后にも相談し、典礼司代の後継育成も見据えてのことだったが、頭の痛いことになっている。
説明のために太子との面談を依頼しているのだが、太子直属の丈青という男が出てきて毎回面談が阻まれてしまうのだと言う。
横柄な態度を崩さない丈青との折り合いも日々悪く、昨日などは襟元を掴み合い一触即発の雰囲気となっていたという。
今も太后からその件について尋ねられている。
「して、貎角は何と言っておった」
「大祭の全容を把握しておらぬ役不足、と言われたそうで憤慨しておりました。聞かれたことに答えられなかった貎角殿にも足りぬところはあったとは思いますが、あちらの質問は太子がお関わりになること以外も多く…」
「丈青は太子が引き抜いてきた軍人上がりなのだ。軍人上がりは総じて階級意識が強い。自分よりも格下の官吏が寄越されて、主が軽んじられているようで気に食わんのだろう。」
ため息をついて眉間を揉む太后に、織部も申し訳なくなり顔を伏せる。
「太子からも再三言われておってな・・すまぬが、明日は貎角と共にお主も行ってくれぬか。一度赴けばあちらも納得するであろう。」
約束の時間に貎角と共に蒼龍殿を訪れると、広い間へ通される。
織部の薄紫の羽織を見て、満足気に目を細めたのが件の丈青という者だろう。
自己紹介を終えたところで、「それでは、こちらへ」と促される。
元軍人らしく、ずんずんと早足で進んでいく丈青に着いていくが、奥へ奥へと進んでいく。
(どこまで・・・)
貎角が戸惑ったような表情を浮かべているのを見るに、これほど奥まで立ち入ったことはないのだろう。
「もし、どちらへ向かっておいでですか」
「あぁ、これは失礼。もうすぐだ」
答えになっていない答えを返され、不安が募る。
そうして着いた部屋の前、「お連れしました」と丈青が声を上げた。
「入れ」
予想が当たり、織部は貌角を振り返ってから、覚悟を決めて部屋に入った。
「来たか」
劉壮の鋭い目はまっすぐ織部を捉えていた。
「さて、通常であれば直接司代が俺に説明に来るところを、小賢しい役回りをつけてただの典礼官を寄越すとはどのような理由なのか、聞こうか」
「…それにいついては、司長様からお伝えしていると聞いておりますが。」
「どうだったかな。司代の口から聞けば思い出せるかもしれん」
お前の言葉で語ってみせよ、と、そういうことだろう。
「太子殿下の大祭へのご参列に向けて、典礼省を挙げて準備に通り組んでおりますが、大祭まであとふた月というところでの変更でございましたので修正にかかる余波が大きく、司長様と相談した結果、私は準備の統括に集中し、各方面への連絡はそれぞれ分担する形をとらせていただくことになりました。他省への連絡も私以外の者が務めております。決して太子殿下を軽んじているわけでは‥」
ハッ、と劉壮が鼻で笑う。
「俺が突然帰ってきたから迷惑していると?」
「滅相もございません」
「司代よ、俺は何者だ?」
発する覇気が圧となる。
重苦しい空気に、押しつぶされそうだ。
「…我が国の皇太子殿下であらせられます」
「そうだ。他省と同じ扱いだからという理由で、手を抜いていい相手か?」
目を伏せて、織部は平伏した。
「大変、申し訳ありませんでした。典礼省のこれまでの非礼を、お詫びいたします」
「ならば、俺への説明は慣例道理、司代が行うのでよいな?」
「……はい。」
「いいだろう。丈青、大祭の細かい打ち合わせは、そこの典礼官と共にお前に任せる。」
「御意に。」
「司代はここに残れ。大祭について聞く」
「それで、その大祭とやらで俺は何をすればいいんだ?」
貌角から資料を譲り受けて、式典の最中のお役目について説明を始める。
朝から晩にかけて行う式典なので、今日だけでその全容を説明することはできない。
まずは当日の概要を説明したが、3年に1回執り行われる大祭について、太子はほとんど記憶にないそうだ。
「俺が大祭を最後に見たのは13のころだからな。もうほとんど覚えていない」
劉壮から過去に言及したのはそれくらいだ。
太后は織部を心配してくれたが、その後、日を変えて説明しに行った時にも、部屋には常に女官が控えている。
心配されるようなことは起きなかった。
一時はどうなることかと思ったが、回を重ねるにつれて、織部は今の劉壮との関係になじみつつあった。
あの時の過ちに触れぬままなのはお互い様。
そこには『過去、織部と劉壮の間には何もなかった』という暗黙の了解がある。
役職上の割り切った関係でいることに、安堵こそすれ寂しさは感じない。
しかし、織部が皇太子との新たな関係性に自信を持ち始めていた矢先に、それは起きた。
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