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六年
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その後、太后は約束通り、織部を典礼官に取り立てた。
いよいよ住まいを移さねばと構える織部に、太后はそのまま太后宮に留まるように言った。
「妾の女官として召し上げた者が官吏となったのだから問題あるまい。それとも、ここでの暮らしは不服か?」
「滅相もございません…」
広い太后宮で寝起きし、女官たちとともに飲食する。
典礼官は女性が務めることが多いとはいえ、太后宮を住まいにする典礼官など織部だけだった。
典礼官の仕事は慣れないことばかりだったが、儀式に使われる楽の構成などで織部の楽士だった頃の知識が活かせたのは幸いだった。
忙しく働く傍ら、時折、太后の求めに応じて箏を弾く。
そんな日々を繰り返し、昨年から司代の役を賜った。
本当は織部は司代次席の役回りであったが、元々の司代が病に倒れ、繰り上げて織部が司代となったのである。
司代に登用される者は30代前半が多く、まだ27歳の織部では若すぎるし荷が重いと太后に直訴したが、「来年は大祭もある故、同じ邸にいる織部の方が使い勝手がよいと思ってな。名案であろう。」と事も無げに言われて相手にしてもらえない。
すごすごと引き下がってきた織部から話を聞いた同僚の典礼官たちには「さすが太后様よ」「使い勝手と言われれば納得しないものはおらん」と大笑いされた。
軍に入った第一皇子の話は、折に触れて耳に入ってきた。
表向きは、長らく続く南方の紛争の終息を願う第一皇子たっての希望で入隊したことになっていた。
2年ほど経って、第一皇子が大隊の大将となって南方の紛争を治めに行く、と正式に発表された。
大将ならば直接敵と対峙することもあるまい、と楽観視する大半を差し置いて、劉壮は前線に立ち自ら剣を奮ったのだという。
その超人的な戦い方は長らく続く紛争に疲れ切っていた軍を鼓舞し、新しい戦法は膠着状態だった戦況に風穴を開けた。
戦況は徐々に好転し、ようやく稟との戦いに決着のめどをつけたのだ。
南方で、劉壮は民衆から熱狂的な人気を得ているという。
戦果を治め、民からの支持も得た劉壮の立太子は当然といえば当然だった。
再び、劉壮と相まみえることになる。
しかも、楽士だったあの頃よりも、近しい位置で。
司代という役目を担っている以上、自身の都合で急に辞することなどできない。
願わくば、せめて劉壮とは直接関わり合うことないように采配してもらおう。
お互いやりにくくならないような配慮として、太后さまもご理解下さるはずだ。
必ずしも、自分が劉壮と関わり合いにならなければならないわけではない。
そこまで考えついて、ようやく織部の胸の疼きは鎮まっていった。
いよいよ住まいを移さねばと構える織部に、太后はそのまま太后宮に留まるように言った。
「妾の女官として召し上げた者が官吏となったのだから問題あるまい。それとも、ここでの暮らしは不服か?」
「滅相もございません…」
広い太后宮で寝起きし、女官たちとともに飲食する。
典礼官は女性が務めることが多いとはいえ、太后宮を住まいにする典礼官など織部だけだった。
典礼官の仕事は慣れないことばかりだったが、儀式に使われる楽の構成などで織部の楽士だった頃の知識が活かせたのは幸いだった。
忙しく働く傍ら、時折、太后の求めに応じて箏を弾く。
そんな日々を繰り返し、昨年から司代の役を賜った。
本当は織部は司代次席の役回りであったが、元々の司代が病に倒れ、繰り上げて織部が司代となったのである。
司代に登用される者は30代前半が多く、まだ27歳の織部では若すぎるし荷が重いと太后に直訴したが、「来年は大祭もある故、同じ邸にいる織部の方が使い勝手がよいと思ってな。名案であろう。」と事も無げに言われて相手にしてもらえない。
すごすごと引き下がってきた織部から話を聞いた同僚の典礼官たちには「さすが太后様よ」「使い勝手と言われれば納得しないものはおらん」と大笑いされた。
軍に入った第一皇子の話は、折に触れて耳に入ってきた。
表向きは、長らく続く南方の紛争の終息を願う第一皇子たっての希望で入隊したことになっていた。
2年ほど経って、第一皇子が大隊の大将となって南方の紛争を治めに行く、と正式に発表された。
大将ならば直接敵と対峙することもあるまい、と楽観視する大半を差し置いて、劉壮は前線に立ち自ら剣を奮ったのだという。
その超人的な戦い方は長らく続く紛争に疲れ切っていた軍を鼓舞し、新しい戦法は膠着状態だった戦況に風穴を開けた。
戦況は徐々に好転し、ようやく稟との戦いに決着のめどをつけたのだ。
南方で、劉壮は民衆から熱狂的な人気を得ているという。
戦果を治め、民からの支持も得た劉壮の立太子は当然といえば当然だった。
再び、劉壮と相まみえることになる。
しかも、楽士だったあの頃よりも、近しい位置で。
司代という役目を担っている以上、自身の都合で急に辞することなどできない。
願わくば、せめて劉壮とは直接関わり合うことないように采配してもらおう。
お互いやりにくくならないような配慮として、太后さまもご理解下さるはずだ。
必ずしも、自分が劉壮と関わり合いにならなければならないわけではない。
そこまで考えついて、ようやく織部の胸の疼きは鎮まっていった。
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