9 / 35
六年
しおりを挟む
その後、太后は約束通り、織部を典礼官に取り立てた。
いよいよ住まいを移さねばと構える織部に、太后はそのまま太后宮に留まるように言った。
「妾の女官として召し上げた者が官吏となったのだから問題あるまい。それとも、ここでの暮らしは不服か?」
「滅相もございません…」
広い太后宮で寝起きし、女官たちとともに飲食する。
典礼官は女性が務めることが多いとはいえ、太后宮を住まいにする典礼官など織部だけだった。
典礼官の仕事は慣れないことばかりだったが、儀式に使われる楽の構成などで織部の楽士だった頃の知識が活かせたのは幸いだった。
忙しく働く傍ら、時折、太后の求めに応じて箏を弾く。
そんな日々を繰り返し、昨年から司代の役を賜った。
本当は織部は司代次席の役回りであったが、元々の司代が病に倒れ、繰り上げて織部が司代となったのである。
司代に登用される者は30代前半が多く、まだ27歳の織部では若すぎるし荷が重いと太后に直訴したが、「来年は大祭もある故、同じ邸にいる織部の方が使い勝手がよいと思ってな。名案であろう。」と事も無げに言われて相手にしてもらえない。
すごすごと引き下がってきた織部から話を聞いた同僚の典礼官たちには「さすが太后様よ」「使い勝手と言われれば納得しないものはおらん」と大笑いされた。
軍に入った第一皇子の話は、折に触れて耳に入ってきた。
表向きは、長らく続く南方の紛争の終息を願う第一皇子たっての希望で入隊したことになっていた。
2年ほど経って、第一皇子が大隊の大将となって南方の紛争を治めに行く、と正式に発表された。
大将ならば直接敵と対峙することもあるまい、と楽観視する大半を差し置いて、劉壮は前線に立ち自ら剣を奮ったのだという。
その超人的な戦い方は長らく続く紛争に疲れ切っていた軍を鼓舞し、新しい戦法は膠着状態だった戦況に風穴を開けた。
戦況は徐々に好転し、ようやく稟との戦いに決着のめどをつけたのだ。
南方で、劉壮は民衆から熱狂的な人気を得ているという。
戦果を治め、民からの支持も得た劉壮の立太子は当然といえば当然だった。
再び、劉壮と相まみえることになる。
しかも、楽士だったあの頃よりも、近しい位置で。
司代という役目を担っている以上、自身の都合で急に辞することなどできない。
願わくば、せめて劉壮とは直接関わり合うことないように采配してもらおう。
お互いやりにくくならないような配慮として、太后さまもご理解下さるはずだ。
必ずしも、自分が劉壮と関わり合いにならなければならないわけではない。
そこまで考えついて、ようやく織部の胸の疼きは鎮まっていった。
いよいよ住まいを移さねばと構える織部に、太后はそのまま太后宮に留まるように言った。
「妾の女官として召し上げた者が官吏となったのだから問題あるまい。それとも、ここでの暮らしは不服か?」
「滅相もございません…」
広い太后宮で寝起きし、女官たちとともに飲食する。
典礼官は女性が務めることが多いとはいえ、太后宮を住まいにする典礼官など織部だけだった。
典礼官の仕事は慣れないことばかりだったが、儀式に使われる楽の構成などで織部の楽士だった頃の知識が活かせたのは幸いだった。
忙しく働く傍ら、時折、太后の求めに応じて箏を弾く。
そんな日々を繰り返し、昨年から司代の役を賜った。
本当は織部は司代次席の役回りであったが、元々の司代が病に倒れ、繰り上げて織部が司代となったのである。
司代に登用される者は30代前半が多く、まだ27歳の織部では若すぎるし荷が重いと太后に直訴したが、「来年は大祭もある故、同じ邸にいる織部の方が使い勝手がよいと思ってな。名案であろう。」と事も無げに言われて相手にしてもらえない。
すごすごと引き下がってきた織部から話を聞いた同僚の典礼官たちには「さすが太后様よ」「使い勝手と言われれば納得しないものはおらん」と大笑いされた。
軍に入った第一皇子の話は、折に触れて耳に入ってきた。
表向きは、長らく続く南方の紛争の終息を願う第一皇子たっての希望で入隊したことになっていた。
2年ほど経って、第一皇子が大隊の大将となって南方の紛争を治めに行く、と正式に発表された。
大将ならば直接敵と対峙することもあるまい、と楽観視する大半を差し置いて、劉壮は前線に立ち自ら剣を奮ったのだという。
その超人的な戦い方は長らく続く紛争に疲れ切っていた軍を鼓舞し、新しい戦法は膠着状態だった戦況に風穴を開けた。
戦況は徐々に好転し、ようやく稟との戦いに決着のめどをつけたのだ。
南方で、劉壮は民衆から熱狂的な人気を得ているという。
戦果を治め、民からの支持も得た劉壮の立太子は当然といえば当然だった。
再び、劉壮と相まみえることになる。
しかも、楽士だったあの頃よりも、近しい位置で。
司代という役目を担っている以上、自身の都合で急に辞することなどできない。
願わくば、せめて劉壮とは直接関わり合うことないように采配してもらおう。
お互いやりにくくならないような配慮として、太后さまもご理解下さるはずだ。
必ずしも、自分が劉壮と関わり合いにならなければならないわけではない。
そこまで考えついて、ようやく織部の胸の疼きは鎮まっていった。
29
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
【R18】婚約者の優しい騎士様が豹変しました
みちょこ
恋愛
「レベッカ! 貴女の婚約者を私に譲ってちょうだい!」
舞踏会に招かれ、心優しき婚約者アレッサンドと共に城で幸せな一時を過ごしていたレベッカは、王女であるパトリツィアから衝撃的な一言を告げられた。
王族の権力を前にレベッカは為す術も無く、あっという間に婚約解消することが決まってしまう。嘆き悲しむレベッカは、アレッサンドに「お前はそれでいいのか?」と尋ねられたものの、「そうするしかない」と答えてしまい──
※ムーンライトノベル様でも公開中です。
※本編7話+番外編2話で完結します。
【R18】無愛想な騎士団長様はとても可愛い
みちょこ
恋愛
侯爵令嬢であるエルヴィールの夫となったスコール・フォークナーは冷酷無情な人間と世間で囁かれていた。
結婚生活も始まってから数ヶ月にも満たなかったが、夫の態度は無愛想そのもの。普段は寝室すら別々で、月に一度の夜の営みも実に淡白なものだった。
愛情の欠片も感じられない夫の振る舞いに、エルヴィールは不満を抱いていたが、とある日の嵐の夜、一人で眠っていたエルヴィールのベッドにスコールが潜り込み──
※ムーンライトノベルズ様でも投稿中
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【R18】ヤンデレ侯爵は婚約者を愛し過ぎている
京佳
恋愛
非の打ち所がない完璧な婚約者クリスに劣等感を抱くラミカ。クリスに淡い恋心を抱いてはいるものの素直になれないラミカはクリスを避けていた。しかし当のクリスはラミカを異常な程に愛していて絶対に手放すつもりは無い。「僕がどれだけラミカを愛しているのか君の身体に教えてあげるね?」
完璧ヤンデレ美形侯爵
捕食される無自覚美少女
ゆるゆる設定
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる