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懐妊編

父子会議②

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グロース王国王宮敷地内の旧宮後方、やや奥まった所にある3階建ての建物。

その2階。

レダー厚生府長官は、黒檀の執務机の上に、今まさに愛妻弁当を広げた所だった。

机を挟んだ向こう側、厚生官のニールが顔を青くしている。

「も、申し訳ありません」

はぁ、とため息をついて、レダー長官は時計を見やった。

「わかった。向かおう。」

申し訳ありません、とペコペコ頭を下げるニールは、厚生官として10年勤め、今年秘書官に昇格した。

かく言うレダー長官は、元々は医師である。

去年まで、グロース国立病院の院長を勤めていた所を、何の冗談か、厚生府長官に任命され、4月からここ厚生府のトップを務めている

ニールもレダー長官も、揃って4月から、慣れない仕事に四苦八苦している。

今日は生憎、もう1人の秘書官が休みを取っており、ニールのサポート役がいなかった。

ニールが秘書室に居たところ、「この15分後に第二小会議室で会議があるのでレダー長官も出席すること」と誰かが申し付けにきたそうだ。

慌てたニールは相手の確認もせず、言われるままにレダー長官に報告しに来た。

「会議の話など聞いていないが、どの部署の誰からの申し伝えなのだ?」

そうレダー長官が確認したところで、ニールは何も確認していない自分の失態に気づいたようで、青くなった。

確かにミスはミスだが、ニールも慣れない中で頑張っているのだ。

昼餉はまた後にしよう。

気持ちを切り替えると、レダー長官は会議室のある正殿に向け出発した。




正殿の第二小会議室に着いた時には、時間よりも8分ほど遅れていた。

もう既に始まっているだろうな…

今日の会議に思い当たるものはなかったが、第二小会議室の許容人員は7、8人程度だったはずだ。

何か他の府との実務レベルの調整だろうか。

ノックの後、ガチャっと扉を開けてすぐ、中にいる面々を見て、一気に血の気がひいた。

小規模の会議室の上座に、王が座っている。

そして、まさかの王太子殿下まで…!?

法治府長官、労務府長官も揃い踏みだ。

「お、遅くなり大変申し訳ありませんでした!」

声が裏返りそうになったが、何とか言い切った。

こんなトップばかりが集められた会議など聞いたことがない。

秘書官も外で待機しており、この部屋には長官と王、王太子のみが座している。

これはもしや…

レダー長官の額を冷や汗が伝う。

弾劾の打ち合わせでは?

弾劾裁判を行う際は、秘密裏にトップのみで会議が行われることがある、と就任の際に、そんな説明をされた気がする。

「いや、問題ない。急がせたな。」

王太子殿下はこちらに目を向け、椅子に座るよう促す。

腰を下ろすと、「レジュメだ」と殿下が直々に渡しに来たので、レダー長官は大いに恐縮した。

自分の席に戻っていく殿下を横目に、サッとレジュメのタイトルを確認する。

ーーー第5回 母子保健会議? 

席に着いた殿下が口火をきる。

「では揃ったので、第5回母子保健会議を始める」

「セイラム」

「…なんですか父上」

「やはり先程の件は今日のうちに決めるべきだと思うのだ」

先程の件、と言うことは、自分が来る前に、既に何か話し合われていたのだろうか?

「しかし今日はまだ話さねばならないことが…」

「だが、いつまでも腹の子と呼ぶのはどうかと思うのだ。あと1ヶ月半で聴こえるようになるのだぞ。腹の子などと呼ぶのは、あまりにも他人行儀ではないか。」

「早く決めたいと思っているのは私も同じです」

「折角だから、厚生府長官の意見を聞いてみたらどうだ。レダーは医者でもあるだろう」

なるほど…と呟いた殿下がこちらをまっすぐ見据える。

話の筋が読めないが、何やら医師としての意見を求められるようだ。

法治府長官と労務府長官が、何か憐れむものを見るような目で、こちらを見ているのが気になる。

「レダー長官」

「は、はい」

「通常、妊婦の腹にいる子どもには、何と呼びかけるものなのだ?」

「はい?」

「呼び名だ、呼び名」と国王が横から補足する。

「腹にいるとなると、医学的には子どもは胎児とよびますが…」

「そうではないのだ、レダー長官」

わかってないなー、みたいな空気をにじませながら、殿下が首を横に振る。

「腹の子に直接語りかける、愛称みたいなもののことだ」

「はぁ」

「レダー長官は医者であろう?何かその辺りの知識はないか」

「…」

「陛下、私の専門は整形外科です」と言いたいのをグッと堪えて、レダーは思案した。

「私の身内の話で恐縮ですが…」

「構わない」

「まもなく娘が臨月なのですが、お腹に向かって、ぽぽちゃん、と呼びかけておりました」

会議室に沈黙がおりる。

まずったか、とレダー長官が焦りだしたところで、いな、と、王がポツリ呟いた。

「呼びやすいし、音的に歯切れがいい」

「父上の考えたアーちゃんより、良いんじゃないですか?」

「いや、あれはあれで赤子の"あ"を、もじっているのだ。"ポポちゃん"では、もはや由来も何もないではないか」

何となく察して、遠慮がちにレダー長官は口を開いた。

「あの、もしや王太子妃様がご懐妊されたのでしょうか?」

「あぁ、先ほどこちらの2人には伝えたが、レダー長官にはまだだったな。そうなのだ。さ来月に発表する予定だが、今3ヶ月なのだ」

「それはおめでとうございます」

うむ、と頷く父子は満足げだ。

「父上、やはり母親であるリリアナが呼ぶ呼称にするのが1番ではないですか」

「『ミニラム』では、女児だった時に可哀想ではないか。それに、妃はお前に隠れて呼んでいるのだろう?」

「隠れてなど…俺の前では言わないだけです!」

王太子は、ハァ、と一息つくと、国王に向き直った。

「父上、子どもが産まれたら、絶対に私達の名づけに口を出さないと、約束してくれますか?」

「当たり前ではないか!『名前は親から子への最初のプレゼント。じいじばあばは意見はしても、最終的には親の決めた名前を尊重しましょう』と、この資料にも書いてあった!」

国王が手元に置いてある本をバンバン叩きながら力説している。残念ながら背表紙が向こうを向いており、タイトルは読めない。

「いいでしょう。それなら、この会議で使う腹の子の呼び名は、父上が決めてください」

「い、いいのか!?」

王太子が頷くと、国王は両手を固く握り、下を向いてブツブツと呟き出した。

「ポ、ポポちゃ…いや、ポンちゃん?あーちゃん…ポーちゃん…」

国王の呟きがシンとした会議室に流れる。

「くっ…次回までの宿題にさせてくれ!」

「いいでしょう。それでは本題を…」

王太子が始めたところで、トントン、とドアがノックされた。

「陛下、殿下、時間です」

「もうか?」

王と王太子は視線を交わした。

「仕方ない。それでは時間の関係で、本日はここまでとする。陛下、締めの言葉を。」

「うむ。本日は急な招集であったが、よく集まってくれた。皆のおかげで活発な意見交換が出来たとおもう。非常に有意義だったぞ。短時間ということもあり、次回からは事前資料を準備することとしよう。それでいいか、セイラム」

「もちろんです」

「妃の懐妊はまだ伏せられておるので、資料の取り扱いには十分注意するように。ではまた次週、よろしく頼む。」

退室する国王と王太子を見送ってから、残された3人の長官は、グッタリと机に伏したのだった。













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