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サイドストーリー:フリージア

兼業1日目

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翌日。

テオに、新しく仕事を始めることになった経緯を含めて報告すると、少し驚いた様子だった。

「この目に気づいてくれた、テオのおかげよ。自分の目を信じられたから。感謝してるわ。…ありがとう。」

テオは「よかったな」とは言ってくれたものの、あまり浮かない顔に見える。

何か、気に障るようなことを言っただろうか。

その後、いつものカエルの捕獲に取り掛かり、黙々とカエルを探していると、テオに名を呼ばれた。

「さっきの話を聞いて少し考えたんだが…あまり君の目のことは知られない方がいい。悪い奴の耳に入れば、諜報活動や、色々なものの鑑別や、偽物を作るのに利用しようと考えるだろう。君のその目は、使い方によってはとても危険なんだ。」

テオの真剣な様子に気圧されて、フリージアは頷いた。

「・・わかったわ。これからは、気づかれないように注意する」

「怖がらせてすまない。君を騙すのなんてきっと朝飯前だから、少し心配だ」

この人、本当にひとこと多いのよね。

半目になりながら、フリージアは頷いた。


カエルの捕獲を終えた帰り際、フリージアはテオへ、手のひらほどの小さな四角い缶を差し出した。

テオが蓋を開けると、中にフィンガークッキーのような菓子が入っている。

「甘いものは苦手だ」と顔をしかめて返そうとするので、フリージアは慌てて説明した。

「違うの、ただのクッキーじゃなくて、シリアルクッキーなの。こっちの白っぽいのが、チーズ味で、こっちの黒っぽいのが、コーヒー味。オートミールとナッツが沢山入ってて、岩塩も少し入れたから、甘くはないはずよ」

テオはもう一度缶の中を見て、コーヒー味を手に取った。

「君が作ったのか?」

「だって、普通のお菓子じゃ食べないでしょ?」

テオはもう一度コーヒー味を眺めてから、ひと口齧った。

そのまま1本食べてしまうと、今度はチーズ味を1本食べた。

「俺はコーヒー味の方が好きだ」

そう告げると、またコーヒー味を食べ始めた。

よかった、口に合ったみたい…

「それなら、気が向いた時にサッと食べられるでしょ?栄養もいいはずだし。無くなったら、言ってくれればまた作るから。」

そう言いながら、身支度をしていると、テオが缶を戻してきた。

「無くなった」

「え、もう食べたの!?」

「次からはコーヒー味だけでいい」

一度に全部食べるのは想定外だったが、それだけテオが気に入ってくれた、と考えていいのだろうか。

フリージアの胸が喜びで満たされていく。

「また明日、作ってくるわ」



ジョエルナ伯爵の屋敷は王都の中でも指折りの高級邸宅地にあった。

屋敷の周りは見上げるほど高い塀で囲まれ、その塀の天辺には漏れなく忍び返しが付いており、物々しい雰囲気を醸し出している。

屋敷の入り口も中も厳重で、強面の護衛が何人も屋敷を巡回している。

ジョエルナ伯爵自らに案内され、作業部屋に到着した。

広い机には白いビロードの張られたトレイとピンセットが置かれていた。

白手袋を装着して着席すると、伯爵が封筒を持ってきて中身をトレイにあけた。

「全てサファイアだ」

大小様々なブルーの石が煌めいている。

「これを色の薄い順に並べてみてほしい。」

「・・わかりました」

「儂は一旦部屋に戻るが、時々様子を見に来よう。グーツ!」

グーツと呼ばれた体格のいい男が一歩前に出た。

「儂がいない間は、このグーツが作業部屋を見守る。宝石の仕分けが終わったら、必ず数が合っているかグーツが確認する。ミス ターナーを疑っているわけではないが、その方がお互い安心だ。」

「私の方こそ、お願いしたいです。」

ソーティングが終わってから数が合わない、と言われたら、こちらもたまったものではない。

「では、始めてくれ」

グーツはドアを背にしてこちらを向き、無言で座っているだけだった。

石の色を比べ始めたら、グーツの存在はほとんど気にならなくなった。

フリージアは見たまま、色の薄い順にサファイアを並べた。

ジョエルナ伯爵が様子を見にきた頃にはサファイアは並べ終わり、グーツが数を確認しているところだった。

「もうできたのか?」

伯爵がサファイアの並びを確認して、「これはすごいな・・」と呻いた。

「儂も目はかなりいい方だが・・この隣り合った石も色が違うのか?」

「ほとんど同じ色ですけど、こっちの石は尖っている部分が少し色が濃いから区別しました。あの・・」

「なんだ?」

「本当は、色の系統が3種類あって、緑がかった色とか、黄色味が濃かったりとか・・そういうのは区別せずに色の濃さだけで選んだんですが、それでよかったですか?」

ジョエルナ伯爵は先ほどサファイアの入っていた封筒を確認した。

「・・・産地が3種類あるからだろう。本当に、君の目には驚かされる。常人ではそこまで色の判別はできない。なので、色の濃さだけで区別してもらって構わない。」

「わかりました」

「ミス ターナーには不本意かもしれんが、宝石商に卸すには、このソーティングでは細かすぎる。常人に感じられる色の変化はもっと大雑把だ。今日のサファイアであれば、色の濃さで3種類に分ければそれでいい。」

ジョエルナ伯爵が、並んだサファイアの間に指で線を引く。

「今後も、こうやって並べたものをどこで分ければいいのか儂が教えよう。つまり、常人が感じ取れる色の変化だ。それも学んでいって欲しい。」

フリージアは頷き、その後2種類の宝石をソーティングして、その日は終了した。
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