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甘い愛に心ごと満たされて
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「あの発表会、秘書の光永を通して無理に出席させてもらってたから、『業務怠慢』って問題になってね。部長にも、厳格に処分するよう、通達があったそうだ」
脩平は自分の靴の爪先に視線を落とし、胸の前で腕組みをする。
「幸いなことに、写真では、愛美の顔がわからないように加工されてた。でも、部長はそれが誰かと問い質してきた。うちの社員なら、俺と揃って処分を検討するってね。だから、俺が退職することで、写真の女性には追及しないでほしいと交渉した」
「っ、どうして!?」
あまりにもさらりと言いのける脩平に、私は大きく目を剥いた。
「写真に写ってるのが私だって言えば。私も一緒に処分を受ければ、脩平が辞めることは……!」
「部長がどんな処分を考えるかくらい、わかる。俺はせいぜい降格止まり。でも愛美は、企画広報部から異動させられる」
やるせない気持ちで声を張った私を、脩平はどこまでも落ち着き払った声で遮った。
一瞬グッと口ごもると、彼は私に上目遣いの視線を向けた。
「愛美、言ってくれたろ? 俺が創った広告に惹かれて、この会社に入ったって。これからも俺を支えたい。憧れ続けたいって」
「言った! 言ったよ。でも、脩平が辞めちゃったら、どうやって!」
私は脩平の言葉を振り払うように、大きく首を横に振った。
脩平の目の前に立ち、彼の胸にドンと両拳を打ちつける。
「脩平だって、昨夜、今以上の広報マンになるって言ったのに。なのに、どうしてっ」
脩平が『う』と短いうめき声を漏らすのも気にせず、ドンドンと叩きながら、言葉を畳みかけた。
「愛美」
脩平が、私の両手首を掴んで止めた。
私は、いつの間にか涙が浮かんだ目で、少し険しい表情の彼を見つめる。
「嘘はついてない。これまで築き上げたものを手放す決断をしたのは、もっと大きなものを一から築くためだ」
「っ……え?」
鋭い瞳で私を射貫きながら、脩平が強い口調でそう言う。
私は彼の言葉に戸惑い、無意識に聞き返していた。
脩平は大きな深い息を吐いた。
そして、私の手首をそっと離す。
「愛美、俺は昨夜、こうも言った。『一時的に失う物があったとしても、すぐに全部取り戻せるだけの力はつけた』と。今こそ、発揮する時だと思ってる」
「しゅう……へい?」
それは、確かに、昨夜も聞いた力強い言葉。
だけど、脩平がなにをどうやって取り戻そうというのか、私には想像もつかない。
きっと、私はよほど困惑した顔をしていたのだろう。
脩平は表情を和らげ、困ったように首を傾げた。
「だから、愛美はなにも心配しなくていい。俺がいなくなってもここに残って、広報の経験を積んでくれ」
「で、でも」
「それから……しばらくの間、お前のそばにいてやれなくなる。寂しい想いさせる。……それだけは、ごめん」
脩平は顔を歪めて申し訳なさそうに呟き、私の頭をぐりぐりと撫でた。
撫でるというには力が強すぎて痛いくらいだけど、これからはオフィスでこんなことをしてもらうこともない。
その上、しばらくの間とは言え、そばにいられないなんて言われたら、想像するだけで寂しくて堪らない。
嫌でも、鼻の奥の方がツンとするのを感じた。
「でも、約束する。俺は必ず、今よりもっとビッグな男になって戻ってくる」
私は、ヒクッと喉を鳴らすだけの返事しかできない。
けれど。
「言ったろ? 俺はこれからもお前を惹きつけ続ける。もうお前の目に、他の男が一生映らないようにしてやるから」
そう言って、脩平は昨夜よりもずっとずっと強気な笑みを浮かべた。
そんな彼を見ていたら、やるせなさも切なさも、胸に充満していた不安も全部吹っ飛ばされてしまう。
彼の言葉も笑顔も、やっぱり頼もしくて、寂しくて堪らない今も、私を強くしてくれる。
私は手の甲で涙を拭った。
まだ上手く笑えないまま脩平の目を見つめて、一度大きく首を縦に振ってみせる。
「わかった。待ってる」
ぎこちないのはわかっていても、今できる一番の笑顔を浮かべて、脩平にそう伝えた。
私は彼の手をそっと取って、自分の唇に持っていく。
その指先に小さくキスをすると、彼の指がピクリと震えた。
私はそこに目を伏せ、脩平の手を離した。
「今まで、メインアシスタントとして一緒に働くことができて、幸せでした。ありがとうございました」
しっかりと顔を上げて見上げると、脩平が切なげに瞳を揺らすのを見た。
私は彼に深く頭を下げてから、その横を擦り抜けるようにしてドアを開け、会議室から出た。
大きく深呼吸をして、意識して顎を上げて上を向く。
『しばらくの間』って、いつまで……?
喉まで出かかっていたその質問を、グッと堪えてのみ込んだのは、脩平を困らせたくなかったからだ。
なにか大きなことをしようとしているのは、彼がどこまでも力強いから、ひしひしと伝わってくる。
だから私は、彼との昨夜の約束をしっかりと胸に刻みつけた。
なにがあっても、脩平を信じよう。
彼がくれた想いと言葉を胸に抱えていれば、私はきっと大丈夫。
脩平は、スパイスのようにピリッとした刺激を与えて、私を強くしてくれた。
脩平が、蕩けるような甘い愛で心ごと包んでくれたから、私は彼を、待っていられる。
いつまででも。
脩平は自分の靴の爪先に視線を落とし、胸の前で腕組みをする。
「幸いなことに、写真では、愛美の顔がわからないように加工されてた。でも、部長はそれが誰かと問い質してきた。うちの社員なら、俺と揃って処分を検討するってね。だから、俺が退職することで、写真の女性には追及しないでほしいと交渉した」
「っ、どうして!?」
あまりにもさらりと言いのける脩平に、私は大きく目を剥いた。
「写真に写ってるのが私だって言えば。私も一緒に処分を受ければ、脩平が辞めることは……!」
「部長がどんな処分を考えるかくらい、わかる。俺はせいぜい降格止まり。でも愛美は、企画広報部から異動させられる」
やるせない気持ちで声を張った私を、脩平はどこまでも落ち着き払った声で遮った。
一瞬グッと口ごもると、彼は私に上目遣いの視線を向けた。
「愛美、言ってくれたろ? 俺が創った広告に惹かれて、この会社に入ったって。これからも俺を支えたい。憧れ続けたいって」
「言った! 言ったよ。でも、脩平が辞めちゃったら、どうやって!」
私は脩平の言葉を振り払うように、大きく首を横に振った。
脩平の目の前に立ち、彼の胸にドンと両拳を打ちつける。
「脩平だって、昨夜、今以上の広報マンになるって言ったのに。なのに、どうしてっ」
脩平が『う』と短いうめき声を漏らすのも気にせず、ドンドンと叩きながら、言葉を畳みかけた。
「愛美」
脩平が、私の両手首を掴んで止めた。
私は、いつの間にか涙が浮かんだ目で、少し険しい表情の彼を見つめる。
「嘘はついてない。これまで築き上げたものを手放す決断をしたのは、もっと大きなものを一から築くためだ」
「っ……え?」
鋭い瞳で私を射貫きながら、脩平が強い口調でそう言う。
私は彼の言葉に戸惑い、無意識に聞き返していた。
脩平は大きな深い息を吐いた。
そして、私の手首をそっと離す。
「愛美、俺は昨夜、こうも言った。『一時的に失う物があったとしても、すぐに全部取り戻せるだけの力はつけた』と。今こそ、発揮する時だと思ってる」
「しゅう……へい?」
それは、確かに、昨夜も聞いた力強い言葉。
だけど、脩平がなにをどうやって取り戻そうというのか、私には想像もつかない。
きっと、私はよほど困惑した顔をしていたのだろう。
脩平は表情を和らげ、困ったように首を傾げた。
「だから、愛美はなにも心配しなくていい。俺がいなくなってもここに残って、広報の経験を積んでくれ」
「で、でも」
「それから……しばらくの間、お前のそばにいてやれなくなる。寂しい想いさせる。……それだけは、ごめん」
脩平は顔を歪めて申し訳なさそうに呟き、私の頭をぐりぐりと撫でた。
撫でるというには力が強すぎて痛いくらいだけど、これからはオフィスでこんなことをしてもらうこともない。
その上、しばらくの間とは言え、そばにいられないなんて言われたら、想像するだけで寂しくて堪らない。
嫌でも、鼻の奥の方がツンとするのを感じた。
「でも、約束する。俺は必ず、今よりもっとビッグな男になって戻ってくる」
私は、ヒクッと喉を鳴らすだけの返事しかできない。
けれど。
「言ったろ? 俺はこれからもお前を惹きつけ続ける。もうお前の目に、他の男が一生映らないようにしてやるから」
そう言って、脩平は昨夜よりもずっとずっと強気な笑みを浮かべた。
そんな彼を見ていたら、やるせなさも切なさも、胸に充満していた不安も全部吹っ飛ばされてしまう。
彼の言葉も笑顔も、やっぱり頼もしくて、寂しくて堪らない今も、私を強くしてくれる。
私は手の甲で涙を拭った。
まだ上手く笑えないまま脩平の目を見つめて、一度大きく首を縦に振ってみせる。
「わかった。待ってる」
ぎこちないのはわかっていても、今できる一番の笑顔を浮かべて、脩平にそう伝えた。
私は彼の手をそっと取って、自分の唇に持っていく。
その指先に小さくキスをすると、彼の指がピクリと震えた。
私はそこに目を伏せ、脩平の手を離した。
「今まで、メインアシスタントとして一緒に働くことができて、幸せでした。ありがとうございました」
しっかりと顔を上げて見上げると、脩平が切なげに瞳を揺らすのを見た。
私は彼に深く頭を下げてから、その横を擦り抜けるようにしてドアを開け、会議室から出た。
大きく深呼吸をして、意識して顎を上げて上を向く。
『しばらくの間』って、いつまで……?
喉まで出かかっていたその質問を、グッと堪えてのみ込んだのは、脩平を困らせたくなかったからだ。
なにか大きなことをしようとしているのは、彼がどこまでも力強いから、ひしひしと伝わってくる。
だから私は、彼との昨夜の約束をしっかりと胸に刻みつけた。
なにがあっても、脩平を信じよう。
彼がくれた想いと言葉を胸に抱えていれば、私はきっと大丈夫。
脩平は、スパイスのようにピリッとした刺激を与えて、私を強くしてくれた。
脩平が、蕩けるような甘い愛で心ごと包んでくれたから、私は彼を、待っていられる。
いつまででも。
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