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三章
34話
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「シャングアは、見た事があるの?」
「無いよ。皇族だからって、自由に海外へは行けないからね」
聖徒は基本島の外へ出る事を許されてはいない。白衣の医療団所属、医学留学、皇族とその護衛の他国への会談や訪問。限られた優秀な人財だけに出国の許可が下りる。人身売買だけでなく、βとαの持つ宝玉の搾取と悪用、神殿内部の情報の漏洩の恐れがあるからだ。人数を絞り、直ぐに調べがつく形式にする事で、犠牲を極限まで減らしている。
「あれ? 研究所って虫を飼育している所もなかった?」
神殿内に設立されている研究所は、様々な分野がある。虫もその一つだ。
蜂蜜や冬虫夏草となる種だけを必要としている訳ではない。薬草や農作物にとって、害虫を食す蜘蛛やカマキリ、土を栄養豊かにするミミズ、枯葉を食すダンゴムシ、蝶や蜂による受粉等、虫は生態系において必要不可欠だ。中には、特定の虫との共存によってでしか実を結ばない植物も存在する。その施設では、虫の研究だけでなく飼育が行われている。
「あそこではカブトムシは育てていないよ。研究所は、神殿にとって益がある種やその候補となる虫の飼育を主にしているからね」
「そうなんだ……」
エンティーは少しガッカリしたが、仕方がないと思った。大陸とは違い、島の土地は限られる。虫を苦手と思う人も少なからずいるので、研究以外では場所を割けないのだ。
「ねぇ、シャングア」
「うん。どうかした?」
他の虫を見せようと棚から標本箱を取り出し、確認していたシャングアの手が止まる。
「朝のお風呂って香り付きだった?」
話を変えようと思ったエンティーはシャングアに問いかける。
「花は浮いていたけれど、そこまで香りは強くなかったよ。お湯も特に匂いは無かったかな」
「そうなんだ……」
「何か臭う?」
シャングアは腕や脇を嗅いでみるが、特に臭いは無い。
「あ、変な臭いはしないよ。ただ、いつもと違う気がしただけ」
エンティーは少し慌てて言う。
「薬に使う花だったから、その匂いが残っていたのかもね」
シャングアは特に気にも留めず、標本箱の一つをエンティーの元へ持って来る。
「これはトンボの標本だよ」
「へぇー! 体だけじゃなくて、翅も色がついてる!」
透明だけでなく、全体が光沢のある黒色や一部茶色や黄色に染まっている翅もつトンボ達。カブトムシを返し、トンボの標本箱を受け取ったエンティーはそれを見て感心をするが、少し落ち着かない。
昨日からシャングアから香りが漂っていた。
汗や体臭というよりも、香水に近い。柑橘類に似た爽やかな酸味とほんの少しの甘さがある。その香りにしつこさや酔うような強烈さもないが、するりと抜けるようで、もっと嗅ぎたいと思えるように後を引く。良い香りだが、シャングアの存在をより主張しているようで、エンティーはフワフワと浮足立つような不思議な感覚があった。
足が動けばもっと近くに行きたいのに、と匂いに誘われるように思ってしまう。
「無いよ。皇族だからって、自由に海外へは行けないからね」
聖徒は基本島の外へ出る事を許されてはいない。白衣の医療団所属、医学留学、皇族とその護衛の他国への会談や訪問。限られた優秀な人財だけに出国の許可が下りる。人身売買だけでなく、βとαの持つ宝玉の搾取と悪用、神殿内部の情報の漏洩の恐れがあるからだ。人数を絞り、直ぐに調べがつく形式にする事で、犠牲を極限まで減らしている。
「あれ? 研究所って虫を飼育している所もなかった?」
神殿内に設立されている研究所は、様々な分野がある。虫もその一つだ。
蜂蜜や冬虫夏草となる種だけを必要としている訳ではない。薬草や農作物にとって、害虫を食す蜘蛛やカマキリ、土を栄養豊かにするミミズ、枯葉を食すダンゴムシ、蝶や蜂による受粉等、虫は生態系において必要不可欠だ。中には、特定の虫との共存によってでしか実を結ばない植物も存在する。その施設では、虫の研究だけでなく飼育が行われている。
「あそこではカブトムシは育てていないよ。研究所は、神殿にとって益がある種やその候補となる虫の飼育を主にしているからね」
「そうなんだ……」
エンティーは少しガッカリしたが、仕方がないと思った。大陸とは違い、島の土地は限られる。虫を苦手と思う人も少なからずいるので、研究以外では場所を割けないのだ。
「ねぇ、シャングア」
「うん。どうかした?」
他の虫を見せようと棚から標本箱を取り出し、確認していたシャングアの手が止まる。
「朝のお風呂って香り付きだった?」
話を変えようと思ったエンティーはシャングアに問いかける。
「花は浮いていたけれど、そこまで香りは強くなかったよ。お湯も特に匂いは無かったかな」
「そうなんだ……」
「何か臭う?」
シャングアは腕や脇を嗅いでみるが、特に臭いは無い。
「あ、変な臭いはしないよ。ただ、いつもと違う気がしただけ」
エンティーは少し慌てて言う。
「薬に使う花だったから、その匂いが残っていたのかもね」
シャングアは特に気にも留めず、標本箱の一つをエンティーの元へ持って来る。
「これはトンボの標本だよ」
「へぇー! 体だけじゃなくて、翅も色がついてる!」
透明だけでなく、全体が光沢のある黒色や一部茶色や黄色に染まっている翅もつトンボ達。カブトムシを返し、トンボの標本箱を受け取ったエンティーはそれを見て感心をするが、少し落ち着かない。
昨日からシャングアから香りが漂っていた。
汗や体臭というよりも、香水に近い。柑橘類に似た爽やかな酸味とほんの少しの甘さがある。その香りにしつこさや酔うような強烈さもないが、するりと抜けるようで、もっと嗅ぎたいと思えるように後を引く。良い香りだが、シャングアの存在をより主張しているようで、エンティーはフワフワと浮足立つような不思議な感覚があった。
足が動けばもっと近くに行きたいのに、と匂いに誘われるように思ってしまう。
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