白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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三章

31話

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 療養に入ってから二日が経過した。
 エンティーは自室のベッドの中で過ごし、シャングアは椅子に座り机に置かれている報告書類に目を通している。お互いの安全と噂の解消をするため、二人で過ごし始めるがもどかしい時間が流れている。
 開けた窓からそよ風が拭き、白いカーテンが揺れている。
 エンティーはまだ足は一向に動かないが、座ることは出来るので、用意した枕4つで体を支え、本を読んでいた。本の内容は興味深いが、長時間は集中が続かない。手を動かす機織りの方が無心になれる程に集中が出来る。今の時間は、エンティーにとって途方もなく長く感じられた。

「シャングア」

 本を閉じたエンティーは声を掛ける。

「うん。どうしたの?」

 声を掛ければ必ずエンティーの方を向く筈のシャングアが、今は書類から目を離さない。

「あの飛竜達はどうなったの?」

 こちらを向いてくれないのは嫌であったが、エンティーは問いかける。
発情の前兆らしきごく少量の媚香が分泌されているが、まだ停滞している。シャングアが距離を置くのは仕方ない、と1人納得をする。

「今は竜舎で大人しくしていると報告には書いてあるよ」

 飛竜達の心身に何らかの異常があれば殺傷処分も検討される。エンティーは危ない目に遭ったが、飛竜達が殺されなくて良かったと思う。交代式を最初から見守っていたエンティーには、飛竜達が何か外部からの力で暴走し苦しんでいるように見えたからだ。

「シャングア様。エンティー様」

 軽く叩き、小さく開けた扉からヴァンジュが二人に声を掛ける。

「何かあった?」

 昼食には少し早い時間だ。いつものヴァンジュであれば、こちらから声を掛けなければ部屋の外で待機している為、シャングアは気になった。

「聖皇陛下がお二人のお見舞いをしたいとお越しになりました」
「入るぞ!」

 シャングアが返答に悩むよりも早く、聖皇バルガディンが勝手に入って来る。
 誓約の際に会った服装とは違い、王冠を被らず、外に出る様な公務が無いからかゆったりとした白いガウンを着ている。

「急に来て、どうしたの?」

 椅子から立ち上がり、シャングアは慌ててバルガディンの元へ向かう。

「家族の見舞いをするのは当然であろう。ほれ、見舞いの品だ。美味いぞ」

 バルガディンは手に持っていた籠をシャングアに渡す。中には、瓶に入ったイチゴや桃等の色とりどりの果物のゼリーが並んでいる。

「心配してくれるのは嬉しいけれど……」

 籠を受け取ったシャングアは少し煮え切らない反応を示す。

「なんだ? 叱られるとでも思ったか? あんな騒動は誰でも戸惑い、現場の処理は困難であろう。原因究明と今後の安全対策は責任者の務めだが、安全な場所から非難する者なんぞ気にするな。後の祭りに指を指し、手の平を返してばかりの馬鹿に耳を傾ける必要はない」

「……うん」

 バルガディンはシャングアの右肩を軽く叩くと、エンティーの元へ歩み寄る。

「エンティー。よくあの現場を逃げ切ってくれた。生きていてくれて、本当に良かった」
「あ、えと……勿体ないお言葉です」

 エンティーは真っすぐに向けられた言葉に、少し戸惑いながら応える。

「命は唯一無二だ。勿体ないも無かろう」

 バルガディンはエンティーの左肩を軽く叩く。

「今度会う時には、元気に歩く姿を見せてくれるか?」
「はい!」

 エンティーの笑顔を見て満足げに笑みを溢すバルガディンは、シャングアの方へと顔を向ける。

「……シャングア。一つ言いたい事がある」
「な、なに?」

 先程とは打って変わり、父が急に真剣な表情になりシャングアは困惑する。

「公務は大事だ。しかし、ちゃんと誓約者に優しく……もっとこう、抱きしめるような積極的な態度で大切に扱え」

「はぁ!? なんで急にそんなこと言い出すんだよ! 自分なりにエンティーを大切にして……」

 シャングアはバルガディンの言葉に思わず言い返そうとしたが、エンティーが見ている事に気づき、口籠ってしまう。フェルエンデの場合は、αの性に関するために配慮して別の場所で話したが、今回はそうはいかなかった。
 誓約を結んだ時とは違い、言葉に表現しようとすると心がざわついてしまう。

「だったら、エンティーにも分かり易く、少し図々しくやれ。私は平民の方を誓約者に招き入れた際に、腫物のように扱うなと叱られた。おまえの接し方も、それに近いのではないか?」

 経験者は語る、と言わんばかりのバルガディンに、シャングアはどう返せば良いのか悩む。ここでαの性の活性化について発言すれば、逆にエンティーに気を遣わせてしまう状況だ。

「エンティーが退屈そうにしていたから、書類が読み終わったら、僕の収集品を見てもらおうと思っていたんだ」

 シャングアは打開策として、昼食が終わったら見せようと思っていた内容を話す事にした。

「ほぉ、あれか」

「僕らには僕らの関係があるんだから、頼んだ時以外は首を突っ込むのを辞めて」

 興味深そうに言うバルガディンに対して、シャングアは釘を刺すように言う。

「わかった。わかった。では、私はこれで失礼するとしよう」

 ムキになっている息子を見て面白いと思いつつ、バルガディンは早々に身を引いた。

「あっ、今日は来てくださって、ありがとうございます」
「うむ。では、またな」

 出ていくバルガディンに、エンティーが礼を言う。聖皇はそれを聞いて、軽く手を振ると扉を閉める。
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