24 / 71
二章
24話(修正)
しおりを挟む
シャングアが遠のいて行く。仕方のない事であり、少しの間だけのはずが、胸の奥から寂しさが静かに浮かんでくる。
会場の端にひっそりと立つエンティーは、シャングアが帰って来るのを待っている。従属から飲み物や軽食を勧められるが全て断った。平民の誓約者は貴族にとっては邪魔者だ。何か薬物を盛られている可能性があり、安全が確保されるまで何も口にはしない。内殻での習慣の一つがここで役に立つとは思わず、エンティーは内心苦笑する。
「あれが、第3皇子の誓約者……」
シャングアがいなくなり、貴族達がエンティーの話を始める。ワザと聞こえる様に言っているとエンティーはすぐに分かった。
「若いようですが、随分と細く小さい。あれで、子供が産めるのでしょうか?」
「2年前に平民の誓約者は流産したと聞いています。薬物中毒者が多い平民では、まともな子供が産めないかもしれませんね」
「あぁ、あの耳の聞こえない……」
リルを持ち出し、貴族達は嘲笑い揺さぶりをかける様に会話をするがエンティーは全く表情を崩さない。
エンティーはこの手の話は慣れていた。
リルを侮辱され、おまえも同類だ、と内殻で仕事を行っていた当時は年上のβ達から嫌と言う程聞かされていたのだ。
陰で言われ、目の前で言われ、そしてエンティーが怒れば歯向かったと暴力を振るわれる。繰り返されて行くうちにエンティーは諦め、聞き流し、反応をしない事を覚えた。そうする事で、周囲は次第に飽き、離れていくからだ。
「そういえばシャングア様とあの誓約者は、夜を共に過ごしたのは最初の一日のみだと聞きました」
シャングアの名前が出た。これはエンティーも想定内である。
リュクとヴァンジュからも、絶対に言われるから気を付けろと注意を受ける程だ。
「交代式間近で多忙だったと聞いています。その余力が無かったのでは?」
「あら、お2人ともまだ御若いのだから、有り余っている筈よ」
「シャングア様は体力自慢でいらっしゃいますもの。あの平民に、受け止められる力が無いのでしょう」
昼間から何を言っているんだ、とエンティーは思い始めた。
しかし、誓約後は最低一週間共に夜を過ごす決まりを破ったのは事実。仲が良くないと周囲に思われてはシャングアの評判が悪くなる可能性がある。
しばらく添い寝を頼んでみる事も考えたエンティーだが、自分の発情期が全く来ていないので踏み出せない。念の為、今日は抑制剤を飲む程に遅れているからだ。
「もう1つ聞いた話ですが」
貴族の1人が話を始めようとした時、上空から何かが落下して来る。
大きく重いものが落下する音。テーブルが倒れ、陶器やガラスが割れる。
人々が悲鳴を上げる中、落ちてきたのは飛竜であった。
「竜騎士達は何をやっているんだ!」
幸いな事に、飛竜に押し潰される人間はいなかった。竜騎士の不注意だと思い、貴族の一人が大声で言う。しかし、それと同時に飛竜に騎乗していた竜騎士が地面へと倒れ落ちる。竜騎士は全く動かず、意識を失っているようだ。
その瞬間、飛竜が大きな雄叫びを上げた。
今まで誰もが聞いた事が無い程に強く、激しく、喉が引き裂かれそうな程に異常に大きな叫び声だ。
テーブルが長い尾によって薙ぎ払われ、前足で地面を何度も掻き、口を何度も開閉し音を立て威嚇行動をとる。瞳孔が開き切り、呼吸は荒く、興奮状態だ。
異常事態であると皆が察し、飛竜を刺激しないようにゆっくりと後退を始める。
しかし、飛竜がもう一体地面へと墜落して来る。さらに墜落する事が予見される。
「皆さん、急いで地下へ避難してください!!」
同胞の落下によって刺激を受けた飛竜の雄叫びが響き渡り、竜騎士の一人が大声で人々へ指示を出す。
地上にいる竜騎士達は戦闘態勢に入り、貴族達は神殿内へと避難を開始する。
エンティーも慌てて逃げよう走るが、次々と神殿の建物の扉が閉まっていく。いや、エンティーより後方にいる貴族達は建物へと入る事を許され、彼だけが締め出されてしまった。このままでは、地下へ避難する事も出来ない。
「開けてください!!」
エンティーは扉を叩き、開けようと試みるがびくともしない。
心殻の自室に行くには余りにも距離があり、エンティーは隠れる場所を探そうとする。
だが、その時間を与える気が無いと言わんばかりに、また一匹が建物を破壊しながら、地面へと落ちてきた。
渡り廊下の石造りの屋根が崩壊し、力無く竜騎士が地面へと倒れ込む。
「あっ……」
飛竜の金色の目は、エンティーを捕える。
会場の端にひっそりと立つエンティーは、シャングアが帰って来るのを待っている。従属から飲み物や軽食を勧められるが全て断った。平民の誓約者は貴族にとっては邪魔者だ。何か薬物を盛られている可能性があり、安全が確保されるまで何も口にはしない。内殻での習慣の一つがここで役に立つとは思わず、エンティーは内心苦笑する。
「あれが、第3皇子の誓約者……」
シャングアがいなくなり、貴族達がエンティーの話を始める。ワザと聞こえる様に言っているとエンティーはすぐに分かった。
「若いようですが、随分と細く小さい。あれで、子供が産めるのでしょうか?」
「2年前に平民の誓約者は流産したと聞いています。薬物中毒者が多い平民では、まともな子供が産めないかもしれませんね」
「あぁ、あの耳の聞こえない……」
リルを持ち出し、貴族達は嘲笑い揺さぶりをかける様に会話をするがエンティーは全く表情を崩さない。
エンティーはこの手の話は慣れていた。
リルを侮辱され、おまえも同類だ、と内殻で仕事を行っていた当時は年上のβ達から嫌と言う程聞かされていたのだ。
陰で言われ、目の前で言われ、そしてエンティーが怒れば歯向かったと暴力を振るわれる。繰り返されて行くうちにエンティーは諦め、聞き流し、反応をしない事を覚えた。そうする事で、周囲は次第に飽き、離れていくからだ。
「そういえばシャングア様とあの誓約者は、夜を共に過ごしたのは最初の一日のみだと聞きました」
シャングアの名前が出た。これはエンティーも想定内である。
リュクとヴァンジュからも、絶対に言われるから気を付けろと注意を受ける程だ。
「交代式間近で多忙だったと聞いています。その余力が無かったのでは?」
「あら、お2人ともまだ御若いのだから、有り余っている筈よ」
「シャングア様は体力自慢でいらっしゃいますもの。あの平民に、受け止められる力が無いのでしょう」
昼間から何を言っているんだ、とエンティーは思い始めた。
しかし、誓約後は最低一週間共に夜を過ごす決まりを破ったのは事実。仲が良くないと周囲に思われてはシャングアの評判が悪くなる可能性がある。
しばらく添い寝を頼んでみる事も考えたエンティーだが、自分の発情期が全く来ていないので踏み出せない。念の為、今日は抑制剤を飲む程に遅れているからだ。
「もう1つ聞いた話ですが」
貴族の1人が話を始めようとした時、上空から何かが落下して来る。
大きく重いものが落下する音。テーブルが倒れ、陶器やガラスが割れる。
人々が悲鳴を上げる中、落ちてきたのは飛竜であった。
「竜騎士達は何をやっているんだ!」
幸いな事に、飛竜に押し潰される人間はいなかった。竜騎士の不注意だと思い、貴族の一人が大声で言う。しかし、それと同時に飛竜に騎乗していた竜騎士が地面へと倒れ落ちる。竜騎士は全く動かず、意識を失っているようだ。
その瞬間、飛竜が大きな雄叫びを上げた。
今まで誰もが聞いた事が無い程に強く、激しく、喉が引き裂かれそうな程に異常に大きな叫び声だ。
テーブルが長い尾によって薙ぎ払われ、前足で地面を何度も掻き、口を何度も開閉し音を立て威嚇行動をとる。瞳孔が開き切り、呼吸は荒く、興奮状態だ。
異常事態であると皆が察し、飛竜を刺激しないようにゆっくりと後退を始める。
しかし、飛竜がもう一体地面へと墜落して来る。さらに墜落する事が予見される。
「皆さん、急いで地下へ避難してください!!」
同胞の落下によって刺激を受けた飛竜の雄叫びが響き渡り、竜騎士の一人が大声で人々へ指示を出す。
地上にいる竜騎士達は戦闘態勢に入り、貴族達は神殿内へと避難を開始する。
エンティーも慌てて逃げよう走るが、次々と神殿の建物の扉が閉まっていく。いや、エンティーより後方にいる貴族達は建物へと入る事を許され、彼だけが締め出されてしまった。このままでは、地下へ避難する事も出来ない。
「開けてください!!」
エンティーは扉を叩き、開けようと試みるがびくともしない。
心殻の自室に行くには余りにも距離があり、エンティーは隠れる場所を探そうとする。
だが、その時間を与える気が無いと言わんばかりに、また一匹が建物を破壊しながら、地面へと落ちてきた。
渡り廊下の石造りの屋根が崩壊し、力無く竜騎士が地面へと倒れ込む。
「あっ……」
飛竜の金色の目は、エンティーを捕える。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
《第一幕》テンプレ転移した世界で全裸から目指す騎士ライフ
ぽむぽむ
BL
交通事故死により中世ヨーロッパベースの世界に転移してしまった主人公。
セオリー通りの神のスキル授与がない? 性別が現世では女性だったのに男性に?
しかも転移先の時代は空前の騎士ブーム。
ジャンと名を貰い転移先の体の持ち前の運動神経を役立て、晴れて騎士になれたけど、旅先で知り合った男、リシャールとの出会いが人生を思わぬ方向へと動かしてゆく。
最終的に成り行きで目指すは騎士達の目標、聖地!!
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)
Oj
BL
オメガバースBLです。
受けが妊娠しますので、ご注意下さい。
コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。
ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。
アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。
ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。
菊島 華 (きくしま はな) 受
両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。
森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄
森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。
森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟
森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。
健司と裕司は二卵性の双子です。
オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。
男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。
アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。
その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。
この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。
また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。
独自解釈している設定があります。
第二部にて息子達とその恋人達です。
長男 咲也 (さくや)
次男 伊吹 (いぶき)
三男 開斗 (かいと)
咲也の恋人 朝陽 (あさひ)
伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう)
開斗の恋人 アイ・ミイ
本編完結しています。
今後は短編を更新する予定です。
純情将軍は第八王子を所望します
七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。
かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。
一度、話がしたかっただけ……。
けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。
純情将軍×虐げられ王子の癒し愛
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる