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15 白き崖のもとで

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 翌日。ベレクトは背後を気にしつつ、貰った地図を手にフェンの元へと急ぐ。
 西坂よりも奥地へと通じる道は、木々や人工物が徐々に減る中でも整備されている。土を押し固め、岩と石が取り除かれた道には車輪の跡があり、重い荷物を頻繁に運搬しているようだ。
 山岳から目線を外せば、町並みが眼下に見え、水平線が広がっている。
 神殿ばかり見上げていた日々から少し離れ、ベレクトは世界の広さに少し触れた。
 15分程歩いた頃、ガン、カンと岩を割る音が耳に届き、ベレクトの足は更に速くなる。
 徐々に駆け足となり、やがて白い崖が見えて来た。
 到着すると白い地層を織り交ぜた崖がそそり立ち、太陽の光を受けて輝いている。
 神殿の要塞壁の様に荘厳さすら感じるその根元で、黙々と作業をする男性の後ろ姿があった。
 こちらに気付かない様子の彼を見て、ベレクトは緊張の糸が緩み、安心をした。

「フェン」

 音が止んだ頃を見計らい、ベレクトは声を掛けた。

「ベレクト!」

 黄色に塗られたヘルメットを被る黒髪のフェンは、呼びかけに応え、笑顔を浮かべながら振り向いた。
 目を開けた状態の彼は、道具を切り替えようとしていたのか、その手にはハンマーからタガネが握られている。

「来てくれて、ありがとう!」

 道具を置いて駆け寄って来たフェンは、ベレクトに屈託のない笑顔を向ける。

「1人での採掘なんだから、目を閉じていてもいいだろ」

 なんとなく気恥ずかしさを覚えたベレクトは、目が合うはずないと分かっていながら、思わず視線を逸らした。

「この奥に業者の採掘現場があるんだよ。取締役が化石好きで、俺の成果を知りたくて時々様子を見に来るんだ」
「まぁ、許可している手前、怪我されたら困るからな」

 フェンが手で指示した方向には、車輪の跡が続いている。見上げれば、周囲の崖の所々に大きな欠けがある。手の平に収まるほどの小さな石だろうと、数メートル上から落下し、直撃すれば大怪我だ。
 万が一を備え、様子を見に行きやすい場所を選んで、許可をしたようだ。

「はい。これ」
「あ、ありがとう……」

 フェンがベレクトへ差し出したのは、同じ色のヘルメットだ。わざわざもうひとつ用意してくれた事に彼は驚きながら、頭にかぶった。

「道には迷わなかったか?」

 道中で何かなかったか、フェンはさりげなく話題を振った。

「一本道なんだから、それはない」
「そっか。よかった」

 その答えに、彼は小さく微笑した。
 ベレクトの息遣いと声音は、以前会った時と差ほど変らない。体内の神力の循環は、まだまだ不安であるが、この一週間は穏やかに過ごせたようだ。油断は出来ないが、フェンは一時の安堵を得た。

「石の収穫はどうだ?」
「今のところ、化石が4個で神鉱石が2個」

 ベレクトの問いにフェンはそう答えると、作業現場から麻袋を二つ持って来た。
 片方の麻袋からは、海に囲まれた島らしい海老、蟹、貝類、珊瑚が封じ込められた化石。もう片方からは、林檎と同じ大きさの白い石が取り出された。

「これが、神鉱石の原石?」
「そう。群晶のね」

 フェンはそう言って、タガネを使って一個を二つに割った。
 綺麗に割れた白い石の中からは、アメジストクラスターの様に〈がま〉と呼ばれる空洞部の内側に形成された紺色の群晶が現れた。

「面白いな。中と外で全然違う」

 ベレクトは感心し、割った片方を手に取り、じっくりと観察をする。

 原石の状態でもある程度の価値はあるが、研磨され宝石となって初めて真価を発揮する。けれど、原石は必ず中身が綺麗とは限らない。長い年月をかけて結晶となるが、その過程で濁りや亀裂が生じ、異物が混じってしまう事がよくある。握り拳ほどの原石が研磨してみれば、指先に乗る程の小さな宝石に、なんて話は珍しくはない。
 高度な奇蹟を封じ込められるだけでなく、尚且つ濁りや亀裂の無い綺麗な宝玉になれる神鉱石は、限られてくる。
 医療用具として完成し、神殿から認可が下りたとして、普及できる程の数を用意できるのかとベレクトは気になっていた。群晶の神鉱石であれば、選定しても充分に数が揃えられそうだ。

「欲しいなら、あげようか?」
「いらないって」

 冗談めかしに言われ、ベレクトは苦笑する。

「朝から採掘で疲れただろ? 一息つかないか?」
「そうする」

 フェンは石を麻袋の中に入れ、元の場所へと戻しに行く。
 その背中を見送ったベレクトは、丁度良い高さと大きさの石を見つけ、腰を掛けた。
 
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