6 / 16
6 そのαの夢
しおりを挟む
「俺は外殻でΩ専門の産人科病院を作りたいんだ」
その言葉は、とても重みがあった。
「産婦人科と一緒くたにされるけど、限度がある。Ωの場合、ベレクトのように男性もいるからな。妊娠と出産は男性の場合、女性とはまた違ったリスクが伴うし、どっちにしても性被害者の中絶、性病治療、カウンセリングを安全に行える場所が必要だ。あぁ、あと逃げ場所や隠れ家も必要だな」
男性のΩは、子宮はあっても妊娠に適した肉体とは言い難い。島の妊産婦の死亡率は、男性のΩが最も高いと記録されているほどだ。現在では帝王切開を行いそのリスクを回避しているが、出産だけが全てでは無い。妊娠、堕胎、性病の治療、性被害者の保護、女性も男性も必要とされるが、少数故にΩは後回しにされ続けている。
「どうして、そこまでΩの肩を持つんだ?」
「そりゃ、Ωの権利蔑ろにされ過ぎだからに決まってるだろ」
当然のように伝えられる言葉に、ベレクトの心が揺れた。
「第二の性が分かったら迫害みたいな嫌がらせ。障がい持ち産んだら空気扱い。自分ではどうしようもないような問題背負わされて、社会の鬱憤晴らす道具として叩かされるなんて、おかしいだろ」
流れる様に紡がれた言葉に、神殿でのフェンと彼の母親の境遇が垣間見えたように、ベレクトは感じた。
島を統治する聖皇は一代前よりΩの人権を守る活動が行われ続けているが、それでも根深くあり続ける価値観と目に見える体質、そして能力の違いに、その溝は全く埋まらない。
それどころかΩが優遇されていると、より攻撃的な言葉を投げる輩が現れる始末だ。
「正直女性の差別も相当だけど……真っ当な内容を言っても、声出しても、感情的、ヒステリックと馬鹿にされ、〈Ωだから〉で情報を歪曲して、揚げ足取りして処理される現状が気持ち悪い」
Ω達が声を上げても、全て喉を潰されて来た。
「自分の席が危ないからって、優秀な芽を潰す奴らがムカつく。自分達の思い通りになるように、法整備を迅速に進めるαが腐ってる。被害を受けた相手を非難して、加害者を庇護する社会は変だ」
学問において優秀な成績を修めようとも、その才に嫉妬したβとαにその体を犯され、未来を断たれたΩは多い。
「加害者の中には治療できる部類もいるけど、再度犯罪に手を染める奴がほとんどだ。なのに、法は加害者に与える罰が軽い。しかも社会は、被害者の権利を守られない。中には、一生ものの傷を負う人もいるってのにさぁ。本当に嫌になる」
ずっと頭を水に押し付けられ、声を上げる事すら許されては来なかった。
それを当然のように言えるフェンが羨ましく、ベレクトは何度も頷きたくなる思いだった。
「そりゃ、被害者のふりするクソ野郎もいるけど、そこはちゃんと調べるべきで……あー……駄目だ。頭ん中整理しきれない」
フェンは長い髪を邪魔そうに掻き上げながら、ため息をつく。
「ともかく! 俺はΩの病院を開く! 開きたい! だから、手を貸してくれる人が沢山いるわけだ!」
晴れやかでいなが真剣な表情と真っ直ぐな言葉。
聖徒のαと言っても、フェンは若い。白衣の医療団に所属できるほどの実力を持っていても、新人である事に変わりなく、経験は浅く、権力や立場に力はあまりない。
病院が建設されるなんて、遠い未来だ。
けれど彼ならば、と思わせる強い気迫をベレクトはフェンから感じた。
「Ωである俺が居れば、患者も安心するだろうな」
「やっぱり、そうなんだ?」
「神殿のΩがどうなのか知らないが、自分の症状や境遇に共感できる人がいるってのは、心強いんだよ」
誰が一番先に聖徒のαを産めるのか。神殿でのΩはあまり仲が良くないのが、フェンの何気ない問いかけから伺えた。
番、もしくは誓約の元で必ず子を産まなければならない。国の象徴、聖徒として避ける事の出来ない重荷に、ベレクトは同情をする。
「ベレクトが優秀だって聞いてるから、Ωと関係なく欲しい」
「おまえ……羨ましい位にハッキリ言うな」
ベレクトは苦笑すると、小さく息を吐いた。
「直ぐには、決められない。考えさせて欲しい」
ちゃんとした理由を聞いても、ベレクトは答えが出せなかった。
医院が出来れば一人でも多くのΩが助かる。魅力的な誘いだと素直に思う。
甘い言葉には裏がある。αがΩを手中に収めようとしている事に変わりはなく、手放しで了承は出来なかった。
「そうだな。長い道のりなんだ。綺麗事言ったって、賃金や労働環境が分からないままじゃ、判断できなくて当然だ。今度そっちの医院に書類送るよ。それを読んで、考えてくれ」
「わ、わかった」
ベレクトの警戒心をよそに、フェンはあくまで仕事での結びつきのみで会話を進めている。こちらの弱みを握っているのだから、それを利用しても良いはずだ。だが、フェンはそれをしない。
「よし。そうと決まったら、書類作るために帰る」
「送らなくても平気か?」
「大丈夫。頭の中に島の地図が入ってるから、一人で帰れる」
フェンはそう言って扉へと歩いて行き、ベレクトは見送る為に椅子から立ち上がる。
「それじゃ、良い返事を待ってる」
「気を付けて帰れよ」
外へ出ると軽快に階段を降り、フェンはベレクトへ小さく手を振ると、迷う様子もなく歩き出した。
嵐が過ぎ去り、爽やかな風が吹き抜けていく感覚。
肩に乗り続ける重荷が僅かに軽くなったベレクトは、部屋の中へと戻った。
その言葉は、とても重みがあった。
「産婦人科と一緒くたにされるけど、限度がある。Ωの場合、ベレクトのように男性もいるからな。妊娠と出産は男性の場合、女性とはまた違ったリスクが伴うし、どっちにしても性被害者の中絶、性病治療、カウンセリングを安全に行える場所が必要だ。あぁ、あと逃げ場所や隠れ家も必要だな」
男性のΩは、子宮はあっても妊娠に適した肉体とは言い難い。島の妊産婦の死亡率は、男性のΩが最も高いと記録されているほどだ。現在では帝王切開を行いそのリスクを回避しているが、出産だけが全てでは無い。妊娠、堕胎、性病の治療、性被害者の保護、女性も男性も必要とされるが、少数故にΩは後回しにされ続けている。
「どうして、そこまでΩの肩を持つんだ?」
「そりゃ、Ωの権利蔑ろにされ過ぎだからに決まってるだろ」
当然のように伝えられる言葉に、ベレクトの心が揺れた。
「第二の性が分かったら迫害みたいな嫌がらせ。障がい持ち産んだら空気扱い。自分ではどうしようもないような問題背負わされて、社会の鬱憤晴らす道具として叩かされるなんて、おかしいだろ」
流れる様に紡がれた言葉に、神殿でのフェンと彼の母親の境遇が垣間見えたように、ベレクトは感じた。
島を統治する聖皇は一代前よりΩの人権を守る活動が行われ続けているが、それでも根深くあり続ける価値観と目に見える体質、そして能力の違いに、その溝は全く埋まらない。
それどころかΩが優遇されていると、より攻撃的な言葉を投げる輩が現れる始末だ。
「正直女性の差別も相当だけど……真っ当な内容を言っても、声出しても、感情的、ヒステリックと馬鹿にされ、〈Ωだから〉で情報を歪曲して、揚げ足取りして処理される現状が気持ち悪い」
Ω達が声を上げても、全て喉を潰されて来た。
「自分の席が危ないからって、優秀な芽を潰す奴らがムカつく。自分達の思い通りになるように、法整備を迅速に進めるαが腐ってる。被害を受けた相手を非難して、加害者を庇護する社会は変だ」
学問において優秀な成績を修めようとも、その才に嫉妬したβとαにその体を犯され、未来を断たれたΩは多い。
「加害者の中には治療できる部類もいるけど、再度犯罪に手を染める奴がほとんどだ。なのに、法は加害者に与える罰が軽い。しかも社会は、被害者の権利を守られない。中には、一生ものの傷を負う人もいるってのにさぁ。本当に嫌になる」
ずっと頭を水に押し付けられ、声を上げる事すら許されては来なかった。
それを当然のように言えるフェンが羨ましく、ベレクトは何度も頷きたくなる思いだった。
「そりゃ、被害者のふりするクソ野郎もいるけど、そこはちゃんと調べるべきで……あー……駄目だ。頭ん中整理しきれない」
フェンは長い髪を邪魔そうに掻き上げながら、ため息をつく。
「ともかく! 俺はΩの病院を開く! 開きたい! だから、手を貸してくれる人が沢山いるわけだ!」
晴れやかでいなが真剣な表情と真っ直ぐな言葉。
聖徒のαと言っても、フェンは若い。白衣の医療団に所属できるほどの実力を持っていても、新人である事に変わりなく、経験は浅く、権力や立場に力はあまりない。
病院が建設されるなんて、遠い未来だ。
けれど彼ならば、と思わせる強い気迫をベレクトはフェンから感じた。
「Ωである俺が居れば、患者も安心するだろうな」
「やっぱり、そうなんだ?」
「神殿のΩがどうなのか知らないが、自分の症状や境遇に共感できる人がいるってのは、心強いんだよ」
誰が一番先に聖徒のαを産めるのか。神殿でのΩはあまり仲が良くないのが、フェンの何気ない問いかけから伺えた。
番、もしくは誓約の元で必ず子を産まなければならない。国の象徴、聖徒として避ける事の出来ない重荷に、ベレクトは同情をする。
「ベレクトが優秀だって聞いてるから、Ωと関係なく欲しい」
「おまえ……羨ましい位にハッキリ言うな」
ベレクトは苦笑すると、小さく息を吐いた。
「直ぐには、決められない。考えさせて欲しい」
ちゃんとした理由を聞いても、ベレクトは答えが出せなかった。
医院が出来れば一人でも多くのΩが助かる。魅力的な誘いだと素直に思う。
甘い言葉には裏がある。αがΩを手中に収めようとしている事に変わりはなく、手放しで了承は出来なかった。
「そうだな。長い道のりなんだ。綺麗事言ったって、賃金や労働環境が分からないままじゃ、判断できなくて当然だ。今度そっちの医院に書類送るよ。それを読んで、考えてくれ」
「わ、わかった」
ベレクトの警戒心をよそに、フェンはあくまで仕事での結びつきのみで会話を進めている。こちらの弱みを握っているのだから、それを利用しても良いはずだ。だが、フェンはそれをしない。
「よし。そうと決まったら、書類作るために帰る」
「送らなくても平気か?」
「大丈夫。頭の中に島の地図が入ってるから、一人で帰れる」
フェンはそう言って扉へと歩いて行き、ベレクトは見送る為に椅子から立ち上がる。
「それじゃ、良い返事を待ってる」
「気を付けて帰れよ」
外へ出ると軽快に階段を降り、フェンはベレクトへ小さく手を振ると、迷う様子もなく歩き出した。
嵐が過ぎ去り、爽やかな風が吹き抜けていく感覚。
肩に乗り続ける重荷が僅かに軽くなったベレクトは、部屋の中へと戻った。
11
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
遠距離恋愛は続かないと、キミは寂しくそう言った【BL版】
五右衛門
BL
中学校を卒業する日……桜坂光と雪宮麗は、美術室で最後の時を過ごしていた。雪宮の家族が北海道へ転勤するため、二人は離れ離れになる運命にあったためだ。遠距離恋愛を提案する光に対し、雪宮は「遠距離恋愛は続かない」と優しく告げ、別れを決断する。それでも諦めきれない桜坂に対し、雪宮はある約束を提案する。新しい恋が見つからず、互いにまだ想いが残っていたなら、クリスマスの日に公園の噴水前で再会しようと。
季節は巡り、クリスマスの夜。桜坂は約束の場所で待つが、雪宮は現れない。桜坂の時間は今もあの時から止まったままだった。心に空いた穴を埋めることはできず、雪が静かに降り積もる中、桜坂はただひたすらに想い人を待っていた。
不本意な溺愛です!
Rate
BL
オメガバースの世界で、ある一人の男の子が将来の番に出会うお話。小学六年生の男の子、山本まさるは親からの長年の虐待に耐え兼ねて家を飛び出し無我夢中で走っていた、すると誰かにぶつかり転んだ。そこに立っていたのは……………
ひとりぼっちの180日
あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。
何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。
篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。
二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。
いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。
▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。
▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。
▷ 攻めはスポーツマン。
▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。
▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
どこかがふつうと違うベータだった僕の話
mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話
作品自体は完結しています。
番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。
ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。
初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる