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13.永遠の世界
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スマホのディスプレイから顔を上げたその瞬間、僕はすぐにその異変に気が付いた。
それは、合わせ鏡に目を向けた新倉と村田さんも同じだ。
合わせ鏡というものは、映す対象物を前後から鏡で挟んだ状態を指す。
この場においては、僕達が二枚の鏡に挟まれた状態になる。
普通、合わせ鏡に映る景色はとても奇妙なもので……テレビやホラー映画なんかで見た事がある人ならよく分かるだろうけど、その空間がいくつも連なって鏡の向こうに続いているような光景が広がるんだ。
本来なら、ここの鏡にもそれと同じものが見えているはずだった。
──つい、数秒前までは。
「これって……夜のトイレの中、か……?」
僕達が目にしたのは、単なる夕方の古いトイレの景色ではなく。
どこか不気味な印象を受ける、何故か暗いトイレの中で佇む僕達三人の姿だったんだ。
スマホの画面から出る光が暗闇の中でも周囲を照らしている。そのお陰で、鏡の中が旧校舎のトイレである事を知る事が出来た。
とは言っても、目の前で起きている現象はおかしすぎる。
どうして鏡の中と外とで、こんなにも景色が違っているんだ?
今はまだ明るい夏の夕方のはずで、暗くなるにはもう少しかかるはずなのに……。
「……もしかして、これが『夕方の合わせ鏡』の秘密だったのかな」
「それは……今とは異なる時間帯のトイレが見える、という事なのですか?」
「いや……多分、そんな単純な話じゃないと思う」
村田さんの問いを否定した僕の脳内には、改めて花子様から聞いたあの言葉が蘇っていた。
もう一つの旧校舎。
そこは平行世界とでも言うべきなのか……同じ姿形をしていても、何かが決定的に異なるもう一つの何か。
あの時花子様が伝えてくれたのは、ここがその世界への入り口になっているという話だったのかもしれない。
となれば、時間を無駄にしている暇は無い。
「とにかく、早くしないと雛森さんの身が危ない。多分だけど……」
言いながら、僕は手洗い場に身を乗り出して、前方の合わせ鏡へと右手を伸ばす。
「やっぱりか……!」
指先が触れたその時、まるで水面に石を投げ込んだように鏡の表面が波紋を描き、ぐらりと揺れた。
するとそれを合図に、指先から手のひら、手首へと順を追って鏡の向こう側へと引きずり込まれていく感覚に襲われる。
「す、須藤⁉︎ 何が起きてんだよ、コレ!」
「この合わせ鏡が入り口になっていたんだ! この鏡の中の世界に、きっと雛森さんが居る‼︎」
「ほ、本当ですか……⁉︎」
鏡に呑まれていく感覚は、徐々に強さを増していく。
今すぐ二人に後ろへ引っ張ってもらわなければ、僕はこのままおかしな鏡の世界に連れ込まれてしまうだろう。
でも、そこがきっと僕達の目的地──サヤちゃんが待つ、『赤い手帳』の幽霊が支配する旧校舎のはずなんだ。
僕は二人に振り向きながら、出来るだけ踏ん張りつつ叫ぶように言う。
「この先にどんな危険があるか分からない。少しでも二人が怖いと思ったなら、例え僕一人でも雛森さんを助けに行くつもりだ!」
それでも構わない。
もしもこの救出作戦が失敗すれば、サヤちゃんだけでなく僕達の存在までもが全て消え去ってしまうだろう。
必ず成功する保証なんて無いんだ。そんな危険な賭けに、新倉と村田さん達まで巻き込む必要なんて無いはずだ。
「……んな……ふざけんなよ!」
「に、新倉……?」
これまでに見た事が無い剣幕で怒鳴る新倉が、僕を睨み付けて吠える。
「ここまで来て引き下がるような男じゃねえぞ、この俺は!」
「そうです。私は男ではありませんが、女にだってここぞという時の度胸はあるものです……!」
そう言った新倉と村田さんの目には、絶対に曲がらない決意の炎が宿っていた。
きっとそれは、僕にも宿る熱意でもあって──
「……行こう、全員で。三人で行って、四人で帰って来よう!」
「おうっ!」
「はい……!」
僕に続いて、新倉達も鏡に手を伸ばした。
そのままズルっと身体が丸ごと引き摺り込まれていくのを感じながら、鏡から吐き出されるようにして床に転がり落ちた。
……いくら何でも、トイレの床に転がされるのは勘弁願いたいんだけどな。
「うへぇっ! 暗いし痛いし、いきなり何なんだよぉ……!」
暗いトイレの中で、新倉が文句を垂れる。
多分二人も僕と同じ様に、床に倒れる形になったんだろう。うん、僕も気持ちは分かるよ。ほんと困る。
不快感を覚えながらも、僕は左手に持ったままだったスマホの明かりを頼りに立ち上がる。その光で、二人の足元も照らしてあげた。
そうして僕達を呑み込んだ背後の鏡を見てみると、そこには予想していた通りの景色が映っていた。
外の光を取り込む小窓から注ぐ、夕焼けの光に照らされた旧校舎のトイレ。
そこは僕達がついさっきまで居たはずの時と場所で……夜の闇に包まれたこの場所とは違うという現実を、視覚で実感させられる。
「……この夜の旧校舎が、『赤い手帳』の女子生徒が支配する空間。七不思議の合わせ鏡を通じてでなければ入り込む事が出来ない、怪奇の世界って事なんだろうな」
「怪奇の世界……ですか」
僕の推測に、村田さんの声が少し震えるのが伝わった。
この合わせ鏡があったからこそ、自殺した女子生徒の霊はここへ通じる本来の旧校舎に何らかの封印を施していた。
それを花子様の力が宿った鍵で打ち破り、それを気取られる前に僕達が鏡の中に飛び込んだ……と考えるのが正しいだろうか。
サヤちゃんを消し去ろうとする『赤い手帳』に、新校舎の『トイレの花子さん』。そして、異世界に通じる『夕方の合わせ鏡』は確かに存在していた。
となれば……残る四つの七不思議も、この旧校舎で僕達の前に立ち塞がってくるんだろう。
それらを全て回避するか何らかの対処をして、サヤちゃんを連れて全員無事でここに戻って来る事。
これが僕達新聞部に突き付けられた、この夏で最難関の課題なんだ。
────────────
僕が『怪奇世界』と名付けた夜の旧校舎に潜入した僕達は、一階のトイレから順にサヤちゃんを捜索していく事にした。
スマホの画面を懐中電灯の代わりにして、三人で慎重に進んでいく。
その最中に気付いた事なんだけど、どうやらこの怪奇世界ではスマホが圏外になってしまうらしい。
おまけに時計やカレンダーの機能、他のアプリまで狂ってしまうようで、明かりとしての使い道しか残されていなかったんだ。
待ち受け画面の時間表記も安定しておらず、表示される時間がコロコロと変化してしまっている始末。
……これが原因でスマホが壊れたなんて事になったら、父さんに何て説明すれば良いんだろう。頼むから、どうか無事でいてほしい。
夜の旧校舎というだけあって、いかにも何かが出そうな雰囲気が足を竦ませる。
けれども、ここから動かなくては話にならない。
僕達それぞれでスマホを持ち、周囲を照らしながら廊下を歩いていく。
先頭を行くのは僕で、後ろは新倉が警戒しながら。村田さんには、気になったところを彼女の判断で観察してもらっている。
「……今のところ、一階にはおかしな様子は見られませんね。須藤先輩、このまま二階へ向かいますか?」
「そうだね。昇降口の方にも居ないみたいだったし……上を探すしかないかな」
「では、先程通り過ぎた階段の方に戻りましょう」
村田さんの意見に賛同した僕と新倉は、彼女と一緒に階段を目指して歩いて行く。
……けれども僕には、少し気になる事があった。
この怪奇世界の旧校舎には、不気味さ以外の違和感があるんだ。
それが何なのかは漠然としすぎていて、自分でもよく分からないんだけど……。
ひとまず何が起きても対処出来るように、一人一枚お札を持って二階の探索をしていく。
もしもお札を持たずに孤立するような状況になったら、きっととんでもなく大変な事態になるだろうからだ。
ちなみに、新倉が買って来た食卓塩は村田さんが所持したままだ。途中でサヤちゃんを見付けたら、それはサヤちゃんに預けるんだと言っていた。
最低でも一人一つは武器になる物を持っているべきだと思うから、それには僕も新倉もすぐさま賛成した。
少なくとも、この校舎のどこかにサヤちゃんが居るのは間違い無い。
彼女の身に危険が降り掛かる前に──そして、お盆が終わるタイムリミットである明日が終わってしまう前に、四人で元の世界に帰るんだ。絶対に……!
それは、合わせ鏡に目を向けた新倉と村田さんも同じだ。
合わせ鏡というものは、映す対象物を前後から鏡で挟んだ状態を指す。
この場においては、僕達が二枚の鏡に挟まれた状態になる。
普通、合わせ鏡に映る景色はとても奇妙なもので……テレビやホラー映画なんかで見た事がある人ならよく分かるだろうけど、その空間がいくつも連なって鏡の向こうに続いているような光景が広がるんだ。
本来なら、ここの鏡にもそれと同じものが見えているはずだった。
──つい、数秒前までは。
「これって……夜のトイレの中、か……?」
僕達が目にしたのは、単なる夕方の古いトイレの景色ではなく。
どこか不気味な印象を受ける、何故か暗いトイレの中で佇む僕達三人の姿だったんだ。
スマホの画面から出る光が暗闇の中でも周囲を照らしている。そのお陰で、鏡の中が旧校舎のトイレである事を知る事が出来た。
とは言っても、目の前で起きている現象はおかしすぎる。
どうして鏡の中と外とで、こんなにも景色が違っているんだ?
今はまだ明るい夏の夕方のはずで、暗くなるにはもう少しかかるはずなのに……。
「……もしかして、これが『夕方の合わせ鏡』の秘密だったのかな」
「それは……今とは異なる時間帯のトイレが見える、という事なのですか?」
「いや……多分、そんな単純な話じゃないと思う」
村田さんの問いを否定した僕の脳内には、改めて花子様から聞いたあの言葉が蘇っていた。
もう一つの旧校舎。
そこは平行世界とでも言うべきなのか……同じ姿形をしていても、何かが決定的に異なるもう一つの何か。
あの時花子様が伝えてくれたのは、ここがその世界への入り口になっているという話だったのかもしれない。
となれば、時間を無駄にしている暇は無い。
「とにかく、早くしないと雛森さんの身が危ない。多分だけど……」
言いながら、僕は手洗い場に身を乗り出して、前方の合わせ鏡へと右手を伸ばす。
「やっぱりか……!」
指先が触れたその時、まるで水面に石を投げ込んだように鏡の表面が波紋を描き、ぐらりと揺れた。
するとそれを合図に、指先から手のひら、手首へと順を追って鏡の向こう側へと引きずり込まれていく感覚に襲われる。
「す、須藤⁉︎ 何が起きてんだよ、コレ!」
「この合わせ鏡が入り口になっていたんだ! この鏡の中の世界に、きっと雛森さんが居る‼︎」
「ほ、本当ですか……⁉︎」
鏡に呑まれていく感覚は、徐々に強さを増していく。
今すぐ二人に後ろへ引っ張ってもらわなければ、僕はこのままおかしな鏡の世界に連れ込まれてしまうだろう。
でも、そこがきっと僕達の目的地──サヤちゃんが待つ、『赤い手帳』の幽霊が支配する旧校舎のはずなんだ。
僕は二人に振り向きながら、出来るだけ踏ん張りつつ叫ぶように言う。
「この先にどんな危険があるか分からない。少しでも二人が怖いと思ったなら、例え僕一人でも雛森さんを助けに行くつもりだ!」
それでも構わない。
もしもこの救出作戦が失敗すれば、サヤちゃんだけでなく僕達の存在までもが全て消え去ってしまうだろう。
必ず成功する保証なんて無いんだ。そんな危険な賭けに、新倉と村田さん達まで巻き込む必要なんて無いはずだ。
「……んな……ふざけんなよ!」
「に、新倉……?」
これまでに見た事が無い剣幕で怒鳴る新倉が、僕を睨み付けて吠える。
「ここまで来て引き下がるような男じゃねえぞ、この俺は!」
「そうです。私は男ではありませんが、女にだってここぞという時の度胸はあるものです……!」
そう言った新倉と村田さんの目には、絶対に曲がらない決意の炎が宿っていた。
きっとそれは、僕にも宿る熱意でもあって──
「……行こう、全員で。三人で行って、四人で帰って来よう!」
「おうっ!」
「はい……!」
僕に続いて、新倉達も鏡に手を伸ばした。
そのままズルっと身体が丸ごと引き摺り込まれていくのを感じながら、鏡から吐き出されるようにして床に転がり落ちた。
……いくら何でも、トイレの床に転がされるのは勘弁願いたいんだけどな。
「うへぇっ! 暗いし痛いし、いきなり何なんだよぉ……!」
暗いトイレの中で、新倉が文句を垂れる。
多分二人も僕と同じ様に、床に倒れる形になったんだろう。うん、僕も気持ちは分かるよ。ほんと困る。
不快感を覚えながらも、僕は左手に持ったままだったスマホの明かりを頼りに立ち上がる。その光で、二人の足元も照らしてあげた。
そうして僕達を呑み込んだ背後の鏡を見てみると、そこには予想していた通りの景色が映っていた。
外の光を取り込む小窓から注ぐ、夕焼けの光に照らされた旧校舎のトイレ。
そこは僕達がついさっきまで居たはずの時と場所で……夜の闇に包まれたこの場所とは違うという現実を、視覚で実感させられる。
「……この夜の旧校舎が、『赤い手帳』の女子生徒が支配する空間。七不思議の合わせ鏡を通じてでなければ入り込む事が出来ない、怪奇の世界って事なんだろうな」
「怪奇の世界……ですか」
僕の推測に、村田さんの声が少し震えるのが伝わった。
この合わせ鏡があったからこそ、自殺した女子生徒の霊はここへ通じる本来の旧校舎に何らかの封印を施していた。
それを花子様の力が宿った鍵で打ち破り、それを気取られる前に僕達が鏡の中に飛び込んだ……と考えるのが正しいだろうか。
サヤちゃんを消し去ろうとする『赤い手帳』に、新校舎の『トイレの花子さん』。そして、異世界に通じる『夕方の合わせ鏡』は確かに存在していた。
となれば……残る四つの七不思議も、この旧校舎で僕達の前に立ち塞がってくるんだろう。
それらを全て回避するか何らかの対処をして、サヤちゃんを連れて全員無事でここに戻って来る事。
これが僕達新聞部に突き付けられた、この夏で最難関の課題なんだ。
────────────
僕が『怪奇世界』と名付けた夜の旧校舎に潜入した僕達は、一階のトイレから順にサヤちゃんを捜索していく事にした。
スマホの画面を懐中電灯の代わりにして、三人で慎重に進んでいく。
その最中に気付いた事なんだけど、どうやらこの怪奇世界ではスマホが圏外になってしまうらしい。
おまけに時計やカレンダーの機能、他のアプリまで狂ってしまうようで、明かりとしての使い道しか残されていなかったんだ。
待ち受け画面の時間表記も安定しておらず、表示される時間がコロコロと変化してしまっている始末。
……これが原因でスマホが壊れたなんて事になったら、父さんに何て説明すれば良いんだろう。頼むから、どうか無事でいてほしい。
夜の旧校舎というだけあって、いかにも何かが出そうな雰囲気が足を竦ませる。
けれども、ここから動かなくては話にならない。
僕達それぞれでスマホを持ち、周囲を照らしながら廊下を歩いていく。
先頭を行くのは僕で、後ろは新倉が警戒しながら。村田さんには、気になったところを彼女の判断で観察してもらっている。
「……今のところ、一階にはおかしな様子は見られませんね。須藤先輩、このまま二階へ向かいますか?」
「そうだね。昇降口の方にも居ないみたいだったし……上を探すしかないかな」
「では、先程通り過ぎた階段の方に戻りましょう」
村田さんの意見に賛同した僕と新倉は、彼女と一緒に階段を目指して歩いて行く。
……けれども僕には、少し気になる事があった。
この怪奇世界の旧校舎には、不気味さ以外の違和感があるんだ。
それが何なのかは漠然としすぎていて、自分でもよく分からないんだけど……。
ひとまず何が起きても対処出来るように、一人一枚お札を持って二階の探索をしていく。
もしもお札を持たずに孤立するような状況になったら、きっととんでもなく大変な事態になるだろうからだ。
ちなみに、新倉が買って来た食卓塩は村田さんが所持したままだ。途中でサヤちゃんを見付けたら、それはサヤちゃんに預けるんだと言っていた。
最低でも一人一つは武器になる物を持っているべきだと思うから、それには僕も新倉もすぐさま賛成した。
少なくとも、この校舎のどこかにサヤちゃんが居るのは間違い無い。
彼女の身に危険が降り掛かる前に──そして、お盆が終わるタイムリミットである明日が終わってしまう前に、四人で元の世界に帰るんだ。絶対に……!
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