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第3章 学校生活は薔薇色ですか?

9.兄として、妹として

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 果物が激しく飛び交う中に、彼は居た。

「早く逃げろ!」

 長槍を手に、ウォルグさんが近くに居た男子生徒にそう叫ぶ。

「でも、こんなのを相手に君一人で……!」
「お前が居る方がやりづらい! さっさと消えろ!」

 すると男子目掛けて、林檎が猛スピードで飛んで来た。

「うわぁぁ!」
「……っはあ!」

 それをウォルグさんが叩き斬り、周囲への警戒を解かぬまま言う。

「まともに身を守れないような奴は足手纏いなだけだ。分かったらさっさとここから立ち去れ」
「……分かり、ました……」

 実力不足を思い知らされた彼は、ウォルグさんに言われた通りにこの場を離れていった。
 私、行っても大丈夫なのかしら……。

 すると、偶然ウォルグと目が合った。
 彼は一瞬驚いていたけれど、すぐにその表情は落ち着きを取り戻し、心なしか笑っているようにも見える。

「わざわざこんな所に来るとはな。だが……お前の防御があるなら丁度良い。来い、レティシア」
「は、はい!」

 私は彼に駆け寄り、すぐに防御ドームを展開させる。
 効果範囲が分かりやすいように、青い光の壁を作り出した。

「ひとまず、この障壁の中に居れば安全ですわ」

 次の瞬間、私達目掛けて幾つもの果物達が飛んで来た。
 障壁にぶつかり、林檎は鈍い音を立ててバラバラに砕け散る。
 オレンジは果汁が飛び散り、桃は見るも無残な姿で潰れていた。
 それでも私達には何の被害も無く、ウォルグさんは満足そうに頷いて言う。

「良い腕だ」
「ありがとうございます。それにしても、どうしてここにウォルグさんが?」
「新しい魔法農薬を試したいから、効能の確認に付き合ってほしいとここの世話をしている連中に頼まれた。俺はハーフエルフだからな。植物の声を聞けば、手に取るように具合が分かる」

 彼の発言通り、よく見れば彼の髪から覗く耳は先が少し尖っていた。
 エルフは勿論、ハーフエルフも珍しい種族だ。
 エルフが持つ不思議な能力を受け継ぐ彼だからこそ、果樹園を世話する生徒達に頼られたのだろう。

「その礼に、果物を少し分けてもらうという約束だったんだが……」
「これではせっかくの果物が台無しですわね」

 私達の周囲の木々は未だ暴れ狂っていて、もうほとんど果物が残っていなかった。
 きっと、大切に育ててきたものだったろうに……。

「……こいつらを大人しくさせたい。もうしばらくこのまま障壁を維持出来るか?」
「勿論出来ますわ。でも、どうやってこの果樹達を鎮めるんですの?」
「エルフの血を引く者にしか扱えない植物魔法を使う。ここ一帯の木々に届くように、俺の意識をぶち込んでいく」
「そうすればこれが止まりますのね?」
「ああ。使用範囲が広いから、その分詠唱中の隙が大きくなる。その間の時間稼ぎを頼みたい」
「ええ、任されましたわ!」

 私はより気合いを入れて魔力を高め、それと同時にウォルグさんが深く息を吐き出した。
 次の瞬間、彼を中心に波動のようなものが解き放たれていくのを感じた。
 目を閉じ、神経を研ぎ澄ましていくウォルグさん。
 二度目、三度目と波動は空気を押し動かし続け、それが出されていく間隔が短くなっていく。

「……自然の声を聞き遂げし我が思念、太古の血の誓いにより、今ここにその力を解き放たん」

 言葉に魔力を込めて、ウォルグさんは紡ぐ。

『鎮まれ!!』

 何か大きな力に包まれた彼の声が発せられると共に、一際大きな波動が押し出される。
 周囲で大量のマナが消費されていくのを感じながら、私は彼の迫力に飲まれていた。
 彼のその魔法は、命令通りに全ての果樹の動きを止めさせている。
 あれだけ枝を大きく振り乱していたというのに、最後の波に呑み込まれた途端に静かになったのだ。

「凄い……! これが、エルフの魔法……」
「はぁ……。疲れるから、あまりやりたくはなかったんだがな」

 そう言いながら、彼は私に目を向ける。彼の顔を見て、私は思わず目を見開いてしまった。
 何故なら、彼の深海を思わせる青の瞳が、本来の色とは全く違う緑色に変わっていたからだ。
 私のその反応を見て、ウォルグさんは小さく笑う。

「……ああ、目の色か。エルフの魔法を使うと、しばらくの間こうなるんだ。放っておけば戻るぞ」
「そう、なんですか……」
「驚いたか?」
「ええ、その……いつものブルーの瞳も綺麗ですけれど、グリーンもよくお似合いで……」
「そんな事を言われたのは初めてだな。子供の頃はよく気味悪がられたものだったが……まあ、褒められて悪い気はしないな」

 急に静まり返ったぐちゃぐちゃの果樹園。
 私達は、魔法を使った後の独特の倦怠感に包まれながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「……終わったな」
「ええ」
「……あの時の返事、聞かせてもらえるか」

 ぼんやりと緑色に輝く瞳が、徐々に元の青へと戻っていく。

「はい。私はそのお返事をする為に、貴方を探していましたから」

 風が吹き、木の葉が揺れる。
 かさかさと心地良い音が私達を包み込み、私は彼の目を真っ直ぐ見上げ、決めてきた答えを口にする。

「パートナーの件、お受け致します」
「本当に、俺で良いんだな?」
「はい。ウォルグさんとならきっと大丈夫だと思えました。今日のように、二人が一緒なら……何でも出来るような気がするのです」

 私がそう言えば、彼は心底安心した様子で大きく頷いた。

「……そう言ってもらえて、良かった。近い内に、パートナー申請の届け出を出す事になる。その時には俺とお前、二人のサインが必要だ。担任からその用紙を受け取ったら、その日の内に会いに来てくれ」
「分かりましたわ。それではウォルグさん、これから二年間宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しく頼む」

 どちらともなく握手を交わし、互いに笑みが零れた。
 やはり、彼は良い人だ。


 ******


「サーニャさま、調子はどうですかにゃ?」
「それなりに進んではいるけど……あんたのせいであの女に全部バレちゃって、お兄ちゃんにも先生にも怒られちゃったじゃないの!」

 アレク先生と職員室まで行った後、わたしは寮の自分の部屋で反省文を書いていた。
 ナータがお茶を淹れてくれたついでに、わたしの作業の進み具合を尋ねてきたところだ。

「確かにニャータはレティシアさんにほんとの事をはにゃしてしまいましたけど……やっぱり、人の物を勝手に隠すのはいけにゃい事だと思いますにゃ。ぼくはサーニャさまの使い魔ですから、サーニャさまの言う通りにしてしまいました。だから……ぼくも悪い子ですにゃ」

 ……悪い子、ね。
 お兄ちゃんも、わたしの事をそう思っているのかな。
 ケントお兄ちゃんはいつもいつも優しくしてくれるから、本当は私にすごく怒っていたとしても、本音を隠しているのかもしれない。
 わたしは弱い子だったから、皆に優しくされて育ってきた。
 でもあの女は……レティシアは、わたしと違ってとっても強かった。
 ナータを使って物を隠させても動じなくて、実行犯のこの子を見付ける手段を持っていて、自信に溢れた目をしていて……わたしとは全然違った女の子。それが彼女だ。
 ご機嫌取りしかしない人達しか周りに居ないわたしと違って、あの子にはちゃんとした友達が居た。女友達だけじゃなく、男友達まで。

 どうしてそんなにも、わたしと違うんだろう。
 分からない……。
 何であの子は、あんなに恵まれてるの?

「ケントさまにはお会いしたんですよにゃ? きっとケントさまも、レティシアさんとにゃかにゃおりしてほしいと思ってるに違いにゃいですにゃ!」
「……仲直りって、そんなのどうやるのよ! 誰とも喧嘩なんてした事ないのに、どんな顔して会えば良いっていうの!?」
「にゃ……」
「わたしがあんたにやらせた事は、先生もクラスの皆も知ってるのよ!? それなのにどうやって許してもらえっていうのよ! 皆もうわたしの事なんて相手にしてくれない! お兄ちゃんだって……本当はものすごく怒ってるかもしれないのに……」

 お兄ちゃんの手紙にあった話が本当なら、わたしは馬鹿みたいな嫉妬でとんでもない事をしてしまったはずだ。
 あの子はわたしのお父さんやお店の皆を助けてくれて、お店の為に働いてくれたんだと書いてあった。
 わたしはお兄ちゃんが話を盛り上げる為に、わざと作り話を混ぜているんじゃないかと疑って、真剣に受け止めようとしていなかった。
 知らない女の子がお屋敷で暮らして、お店の為に働いて、お兄ちゃんに認められている。
 わたしが元気な子だったら、それぐらい簡単に出来たはずなのにって……そう思うと、悔しくて。
 本当だったらそこに居るのはわたしのはずなのに、わたしの居場所で光を浴びるあの子が憎くて仕方が無かった。

「今更、どうすれば良いっていうの……?」

 名前しか知らない女の子に嫉妬して、この二年間ずっと生きてきた。
 そしてわたしはこの学校に入学して、何の因果か彼女と同じクラスになった。
 レティシアという名前と、銀糸の髪にアメジストの瞳を持つ女の子。あれが彼女なのだと一目で理解した。
 お兄ちゃんからの手紙には、あの子の事がいっぱい書いてあった。それを読み続けていくのかと思うと苦しくて、絶対にわたしの事を話さないでと二人に手紙で伝えた。
 最初の内は上手くいったけど、わたしの家名を知られないように配慮していたのに、彼女はナータを捕まえた。
 そして、わたしという存在が彼女に知られたのだ。

 色々な思いがぐちゃぐちゃになって、泣きたいんだか怒りたいんだか、わけが分からなくなる。
 すると突然、玄関のドアが激しく叩かれた。

「あ、ニャータが出ますにゃ」

 そう言ってナータが向こうへ行くと、間も無く誰かがやって来た。

「サーナ」

 わたしの目の前に現れたのは、お兄ちゃんだった。

「どうしたの、お兄ちゃん。急にわたしの部屋に来るなんて……」

 どうしてだろう。
 さっき会ったお兄ちゃんとは、雰囲気がまるで違う。

「君の優しい兄としてではなく、ミンクレール家次期当主として、お前に言いたい事がある」

 今のお兄ちゃんは──怖い。

「サーナリア……お前は、彼女の事を誤解している」
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