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第1章 悪役令嬢にはなりません!
2.紳士的な御曹司
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私を悪漢から救ってくれた彼──ケント・ミンクレールに連れられて、人通りの多い安全な道まで戻って来た。
すると彼はふと立ち止まり、私の方を振り向いて言う。
「そういえば……まだ君の名前を知らないままだったな。それに、どうしてあんな危険な場所に居たのかも、聞かせてもらえると嬉しいのだけれど」
「私はレティシアと申します。先程はありがとうございます。とても助かりましたわ」
家名まで明かすのは気が引けて、ファーストネームだけを名乗る。
ここで私が公爵家の令嬢だとバレてしまえば、家に連れ戻されてしまうかもしれないからだ。
「私、セイガフの学校に入学したいんですの。その為に、馬車と護衛を手配する業者を探していたのですけれど……」
「あの男達に騙されて、誘拐されてしまいそうになっていたという事だね?」
「ええ、お恥ずかしい限りですわ」
「セイガフへの入学を希望しているのなら、僕とアレーセルの街までご一緒しないかい?」
どうやらケントさんは休日を利用して、学校のあるアレーセルからこの王都に住む友人に会いに来ていたという。
午後には帰る予定だったそうで、そのついでに私を街まで送ってくれるそうだ。
ミンクレール商会の御曹司であろう彼なら、身元がはっきりしているから安心出来る。
私は、思い切り彼の厚意に甘える事にした。
「是非、お願い致しますわ」
「それじゃあ、宿に荷物を置いてきているから取りに行かせてもらえるかな。君の荷物はそれだけかい?」
「ええ」
「僕もそんなに荷物は多くないんだ。準備が出来たら、すぐに出発しよう」
彼にエスコートされながら、私達はその宿へと向かう。
到着したそこは、一流の宿ではなかった。
かといって貧乏臭いボロ宿でもなく、それなりに清潔感のある印象を受ける建物だった。
ケントさんが荷物を纏めてくる間、私はロビーで彼を待つ。
「お待たせ、レティシアさん。さ、行こうか」
彼も私と同じようなタイプのショルダーバッグを持って戻って来た。
そして二人で宿を出て、少し通りを進んだ所に馬車を貸し出してくれる業者が居た。
意外に探せばすぐに見付かる場所にあったのね。慣れない一人歩きは、面倒事ばかりだわ……。
すると彼は手早く馬車を借りて、御者の男性と共に、箱馬車を停めてある場所まで行く。
「ねえ、ケントさん」
「何だい?」
「護衛は雇わなくて良かったのかしら? 普通は御者と護衛を雇って、それと馬車を借りるものだと知り合いに聞いていたから気になりましたの」
そう問えば、彼は花が綻ぶように笑った。
「必要無いからだよ。さっき君も見ただろう? 僕は今年の新入生の中でも期待されていてね。実力重視のセイガフ生……。それも、これから生徒会に立候補しようとしている者が護衛なんて雇ったら、弱者のレッテルを貼られてしまうよ」
彼の言う通り、セイガフ魔法武術学校は、完全実力主義の学校だ。
魔法、もしくは武術の腕が確かな者達を育成するこの学校では、貴族のみならず庶民も通う事の出来る自由な校風を掲げている。
学費が用意出来ないような庶民の中の庶民でも、才能さえ認められれば特待生として入学が許可されるのだ。
セイガフは優秀な魔法・武術を扱う人材を育成し、王侯貴族以外は将来的にギルドで働くか、騎士を目指す者が多いと耳にした事がある。
そういえばここ数年、貴族出身の入学希望者が増えているとか耳にした事があるけれど……何か理由があるのかしら。
対して、本来私が通っていたルディエル国立魔法学院は、貴族やそれに並ぶ富豪の出身者のみが籍を置いている。
貴族の次男や三男は家を継げない為、そこで学んだ魔法と元から家で学んでいた剣術を生かし、主に王都で活躍する騎士となる事が多い。
学院では最後の年に、自分が研究したい種類の魔法を一つ選び、その成果を発表するという課題があった。
それを済ませれば卒業資格を得られ、私もそれをパスして無事卒業していた。
どちらの学校にも学生寮が用意されていて、男女共学。
セイガフには庶民も居るのだから、今度の人生ではそうした下々の人間と触れ合う事で、私の中で何かが変わるかもしれないわね。
未だに嫌悪感が拭いきれないけれど、最後の最後にセグに選ばれた少女──エリミヤも、庶民の出だった。
セイガフでの学校生活が、私の未来を変えるかもしれない──
最悪とは言えないけれど、最高とも言えない造りの箱馬車が見えてきた。
適度な生活感のある、中年の御者の男が言う。
「あちらが、今回ご用意しました馬車にございます。すぐに出発出来ますので、どうぞ馬車にお乗り下さい」
すると、ケントさんが箱の扉を開いて、いたずらっぽく微笑んだ。
「さ、お乗り下さい。レティシア嬢」
慣れた身のこなし。
御曹司なのに、悪漢を一撃で気絶させる魔法の腕。
けれどもそれを鼻にかけず、自分の家の馬車ではなく、一般人と同じように馬車を借りて移動する庶民感覚も併せ持っている。
彼こそまさに、セイガフに通う心ある上流階級の生徒と言えるのだろう。
これぞ生徒の見本。そして、私が見習うべきものを兼ね備えた殿方だ。
「ありがとうございます、ケント様」
彼の心まで輝いたような美しさに、思わず私まで笑みが零れてしまう。
二人で馬車に乗り込み、間も無く馬が嘶き走り出す。
座り心地はそれなりだったけれど、向かい合って座るケントさんを直視するのに少し躊躇いがあった。
セグも同じ金髪の少年だったけれど、ケントさんが私に向ける眼差しはあまりにも優しくて出来るとろけてしまいそうなのだ。
きっと学校でも、女生徒に人気があるのだろう。むしろ、彼に惹かれない方が珍しいと思う。
「そうだ、一つ質問があるのだれど」
「……何かしら?」
彼をひっそりと眺めていたら、声を掛けられてしまった。
少しぼうっとしていて反応が遅れてしまったけれど、それを気にしている様子は無いようだ。
「レティシアさんは僕と同い年? もしそうだったら、校長に話を通して、入学試験をしてもらえるようにお願いしてみようかと思うのだけど」
「ごめんなさい。私はまだ十二歳なの。もうすぐ誕生日だから今年で十三になるのだけれど、それでもあと二年経たないと入学出来ないわ」
以前の私は、十五になる年の春に学院に入学した。
今回は、それまでの二年を離宮で過ごす事は無い。どこか他の場所で、入学する年まで待たなければならないのよね。
「そうか……。読み書きや計算は、問題無く出来るのかい?」
「ええ。日常生活に何ら支障はありませんわ」
そう言うと、彼は少し考える素振りをしてから口を開いた。
「……それじゃあ、入学式まで僕の実家に住み込みで働いてみる?」
「……ええと、ケントさんのご実家のお店で、ですか?」
「うん。言ってなかったけど、僕の実家はそれなりに有名な商会でね。君のように聡明で可愛らしい女の子がうちで働いてくれれば、お客様も喜んで足を運んでくれるだろうからさ。そうすれば衣食住には困らないし、自由に使えるお金だって稼げるよ」
聡明で、可愛らしい女の子……!
ただただ事実を述べられているだけのはずなのに、彼に面と向かってそう言われてしまうと、思わず頬が熱くなってしまうわ……!!
……いえ、それよりも彼の実家の話ですわね。
私の予想通り、ケントさんはミンクレール商会の御曹司で間違い無いようですし……でも……。
「嬉しい申し出ですけれど……私、そういったお店で働いた経験なんて一度もありません。ご迷惑を掛けてしまいませんこと?」
「大丈夫さ。最初は誰だって何かの素人だ。少しずつ慣れていって、時間を掛けて一つの事を継続して、その道のプロになっていくのだからね」
彼はそう言ってくれるけれど、本当に私がお役に立てるのかしら。
そういえば、エリミヤも元は小さな商店の娘だったと言っていたわね……。
客と店員という立場で他人と触れ合うのも、自分を変える切っ掛けになるのかしら。
「……私がどうしても使い物にならなければ、どうぞ遠慮無く解雇して下さいませ」
「という事は、うちで働く決心がついたと受け取るよ?」
「ええ、その通りに受け取って頂いて結構ですわ」
こうなったら新しい事に何でも挑戦してやりますわ!
知らない事に怖気づくなんて、私らしくありませんものねっ!
「じゃあ、アレーセルに着いたら案内しよう。きっと父さんも喜んでくれるよ。それから、学校が休みの日にはなるべく顔を出しにいくから、その時に魔法の訓練に付き合ってもらえたら嬉しいな」
「それくらいお安い御用ですわ! 私も魔法は得意ですから、ケントさんの魔法を見て勉強させて頂きますわね」
「うん、約束しよう。君は将来僕の大切な後輩になるのだからね」
「その前に、大切な従業員になるんですのよ?」
「ははっ、そうだったね! 今夜は父さんも一緒に食事をする約束だったから、君にどれだけの知識があるのか、色々と話してもらいたいな」
彼が年上だからか、自然と包み込んでもらえるような穏やかな雰囲気で会話が弾む。
二人のお喋りは途切れる事なく、アレーセルの街が窓から見えてくるまで延々と続くのだった。
すると彼はふと立ち止まり、私の方を振り向いて言う。
「そういえば……まだ君の名前を知らないままだったな。それに、どうしてあんな危険な場所に居たのかも、聞かせてもらえると嬉しいのだけれど」
「私はレティシアと申します。先程はありがとうございます。とても助かりましたわ」
家名まで明かすのは気が引けて、ファーストネームだけを名乗る。
ここで私が公爵家の令嬢だとバレてしまえば、家に連れ戻されてしまうかもしれないからだ。
「私、セイガフの学校に入学したいんですの。その為に、馬車と護衛を手配する業者を探していたのですけれど……」
「あの男達に騙されて、誘拐されてしまいそうになっていたという事だね?」
「ええ、お恥ずかしい限りですわ」
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どうやらケントさんは休日を利用して、学校のあるアレーセルからこの王都に住む友人に会いに来ていたという。
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ミンクレール商会の御曹司であろう彼なら、身元がはっきりしているから安心出来る。
私は、思い切り彼の厚意に甘える事にした。
「是非、お願い致しますわ」
「それじゃあ、宿に荷物を置いてきているから取りに行かせてもらえるかな。君の荷物はそれだけかい?」
「ええ」
「僕もそんなに荷物は多くないんだ。準備が出来たら、すぐに出発しよう」
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かといって貧乏臭いボロ宿でもなく、それなりに清潔感のある印象を受ける建物だった。
ケントさんが荷物を纏めてくる間、私はロビーで彼を待つ。
「お待たせ、レティシアさん。さ、行こうか」
彼も私と同じようなタイプのショルダーバッグを持って戻って来た。
そして二人で宿を出て、少し通りを進んだ所に馬車を貸し出してくれる業者が居た。
意外に探せばすぐに見付かる場所にあったのね。慣れない一人歩きは、面倒事ばかりだわ……。
すると彼は手早く馬車を借りて、御者の男性と共に、箱馬車を停めてある場所まで行く。
「ねえ、ケントさん」
「何だい?」
「護衛は雇わなくて良かったのかしら? 普通は御者と護衛を雇って、それと馬車を借りるものだと知り合いに聞いていたから気になりましたの」
そう問えば、彼は花が綻ぶように笑った。
「必要無いからだよ。さっき君も見ただろう? 僕は今年の新入生の中でも期待されていてね。実力重視のセイガフ生……。それも、これから生徒会に立候補しようとしている者が護衛なんて雇ったら、弱者のレッテルを貼られてしまうよ」
彼の言う通り、セイガフ魔法武術学校は、完全実力主義の学校だ。
魔法、もしくは武術の腕が確かな者達を育成するこの学校では、貴族のみならず庶民も通う事の出来る自由な校風を掲げている。
学費が用意出来ないような庶民の中の庶民でも、才能さえ認められれば特待生として入学が許可されるのだ。
セイガフは優秀な魔法・武術を扱う人材を育成し、王侯貴族以外は将来的にギルドで働くか、騎士を目指す者が多いと耳にした事がある。
そういえばここ数年、貴族出身の入学希望者が増えているとか耳にした事があるけれど……何か理由があるのかしら。
対して、本来私が通っていたルディエル国立魔法学院は、貴族やそれに並ぶ富豪の出身者のみが籍を置いている。
貴族の次男や三男は家を継げない為、そこで学んだ魔法と元から家で学んでいた剣術を生かし、主に王都で活躍する騎士となる事が多い。
学院では最後の年に、自分が研究したい種類の魔法を一つ選び、その成果を発表するという課題があった。
それを済ませれば卒業資格を得られ、私もそれをパスして無事卒業していた。
どちらの学校にも学生寮が用意されていて、男女共学。
セイガフには庶民も居るのだから、今度の人生ではそうした下々の人間と触れ合う事で、私の中で何かが変わるかもしれないわね。
未だに嫌悪感が拭いきれないけれど、最後の最後にセグに選ばれた少女──エリミヤも、庶民の出だった。
セイガフでの学校生活が、私の未来を変えるかもしれない──
最悪とは言えないけれど、最高とも言えない造りの箱馬車が見えてきた。
適度な生活感のある、中年の御者の男が言う。
「あちらが、今回ご用意しました馬車にございます。すぐに出発出来ますので、どうぞ馬車にお乗り下さい」
すると、ケントさんが箱の扉を開いて、いたずらっぽく微笑んだ。
「さ、お乗り下さい。レティシア嬢」
慣れた身のこなし。
御曹司なのに、悪漢を一撃で気絶させる魔法の腕。
けれどもそれを鼻にかけず、自分の家の馬車ではなく、一般人と同じように馬車を借りて移動する庶民感覚も併せ持っている。
彼こそまさに、セイガフに通う心ある上流階級の生徒と言えるのだろう。
これぞ生徒の見本。そして、私が見習うべきものを兼ね備えた殿方だ。
「ありがとうございます、ケント様」
彼の心まで輝いたような美しさに、思わず私まで笑みが零れてしまう。
二人で馬車に乗り込み、間も無く馬が嘶き走り出す。
座り心地はそれなりだったけれど、向かい合って座るケントさんを直視するのに少し躊躇いがあった。
セグも同じ金髪の少年だったけれど、ケントさんが私に向ける眼差しはあまりにも優しくて出来るとろけてしまいそうなのだ。
きっと学校でも、女生徒に人気があるのだろう。むしろ、彼に惹かれない方が珍しいと思う。
「そうだ、一つ質問があるのだれど」
「……何かしら?」
彼をひっそりと眺めていたら、声を掛けられてしまった。
少しぼうっとしていて反応が遅れてしまったけれど、それを気にしている様子は無いようだ。
「レティシアさんは僕と同い年? もしそうだったら、校長に話を通して、入学試験をしてもらえるようにお願いしてみようかと思うのだけど」
「ごめんなさい。私はまだ十二歳なの。もうすぐ誕生日だから今年で十三になるのだけれど、それでもあと二年経たないと入学出来ないわ」
以前の私は、十五になる年の春に学院に入学した。
今回は、それまでの二年を離宮で過ごす事は無い。どこか他の場所で、入学する年まで待たなければならないのよね。
「そうか……。読み書きや計算は、問題無く出来るのかい?」
「ええ。日常生活に何ら支障はありませんわ」
そう言うと、彼は少し考える素振りをしてから口を開いた。
「……それじゃあ、入学式まで僕の実家に住み込みで働いてみる?」
「……ええと、ケントさんのご実家のお店で、ですか?」
「うん。言ってなかったけど、僕の実家はそれなりに有名な商会でね。君のように聡明で可愛らしい女の子がうちで働いてくれれば、お客様も喜んで足を運んでくれるだろうからさ。そうすれば衣食住には困らないし、自由に使えるお金だって稼げるよ」
聡明で、可愛らしい女の子……!
ただただ事実を述べられているだけのはずなのに、彼に面と向かってそう言われてしまうと、思わず頬が熱くなってしまうわ……!!
……いえ、それよりも彼の実家の話ですわね。
私の予想通り、ケントさんはミンクレール商会の御曹司で間違い無いようですし……でも……。
「嬉しい申し出ですけれど……私、そういったお店で働いた経験なんて一度もありません。ご迷惑を掛けてしまいませんこと?」
「大丈夫さ。最初は誰だって何かの素人だ。少しずつ慣れていって、時間を掛けて一つの事を継続して、その道のプロになっていくのだからね」
彼はそう言ってくれるけれど、本当に私がお役に立てるのかしら。
そういえば、エリミヤも元は小さな商店の娘だったと言っていたわね……。
客と店員という立場で他人と触れ合うのも、自分を変える切っ掛けになるのかしら。
「……私がどうしても使い物にならなければ、どうぞ遠慮無く解雇して下さいませ」
「という事は、うちで働く決心がついたと受け取るよ?」
「ええ、その通りに受け取って頂いて結構ですわ」
こうなったら新しい事に何でも挑戦してやりますわ!
知らない事に怖気づくなんて、私らしくありませんものねっ!
「じゃあ、アレーセルに着いたら案内しよう。きっと父さんも喜んでくれるよ。それから、学校が休みの日にはなるべく顔を出しにいくから、その時に魔法の訓練に付き合ってもらえたら嬉しいな」
「それくらいお安い御用ですわ! 私も魔法は得意ですから、ケントさんの魔法を見て勉強させて頂きますわね」
「うん、約束しよう。君は将来僕の大切な後輩になるのだからね」
「その前に、大切な従業員になるんですのよ?」
「ははっ、そうだったね! 今夜は父さんも一緒に食事をする約束だったから、君にどれだけの知識があるのか、色々と話してもらいたいな」
彼が年上だからか、自然と包み込んでもらえるような穏やかな雰囲気で会話が弾む。
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