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「ルイナ様!」
「ん…じゃあ、今夜ね?ふふ、楽しみ」

エマがルイナの元へと辿り着けば、彼女は誰かと話し込んでいた。
話しぶりから、今夜のお相手を見つけたらしい。エマが後宮に暮らし始めてから、ルイナが自室で夜大人しく眠っているのを見た事がない。
去っていった男は中々の美丈夫であったが、父であるルイスに年が近そうなナイスミドルである。
ルイナの守備範囲は相当に広いらしい。

「エマ、いらっしゃい」
「お待たせして申し訳ありません」
「良いのよ。今夜のデート相手見つけられたし」

新人の給仕係ですって。
そう笑いながらルイナは食前酒を口に運ぶ。エマは椅子に座りながら小さく頷いた。
新人と言う割には年がいっているように見えるが、などと訝しんでいれば、元は軍の方で働き、軍内の定年を迎え後宮の給仕係となったとルイナが追加の説明をしてくれた。

「ルイナ様は恋に活発で羨ましいです」
「あら、エマだってここに来る前に話題の人だったじゃない。よく見てたわよ?フローレンス皇国美人番付三位」

エマの言葉にルイナは指を三本立てながらにんまりと笑う。

「あれ、きっと父がなにか操作したんです。でなきゃ、私がランキングに入るなんておかしいじゃないですか」

不貞腐れたかのように頬を膨らませるエマに、小さく溜息をつきながらルイナは頬杖を着く。
腰まで伸びた黄金色の髪。エメラルドのように澄んだ大きな瞳。子猫のような愛くるしい顔立ちは見る人を一瞬で虜にしてしまう。地方領主の娘であり、地元からはほとんど出ていなかったにも関わらず、どこから知れ渡ったのかエマの愛らしさは全国区となっている。

「あら…そんなこと言ってぇ。でもエマ、あなたは同じ女の私から見てもとっても可愛いわよ?」
「一位のルイナ様に言われましても…」
「私の一位こそ、皇女だからこその忖度じゃない」
「いえ、ルイナ様はマリア様によく似てらしてとてもお美しいですもの。忖度などでなく当然の一位です。…あれ?二位の方ってどなたでしたっけ?」

ふと、ランキング二位を思い出そうと首を捻るが、すぐに思い出す。そして、真っ青に顔色を悪くした。

「思い出しちゃった?」
「アイリー様、でしたね…」
「そ。番付が発表されてからの舞踏会は凄かったわよー。その頃には婚約者としての内定も出てたはずだから。レイス伯爵と親子揃って鼻高々、居丈高だったもの」

そんなルイナの言葉にエマは思わず頭を抱える。
ちらほらと話を聞く限り、どうやらアイリー公爵令嬢はプライド高めの性格のようである。

「この先、嫌な予感しかしません…」
「そうねぇ、乗り込んでくる可能性もゼロではな…これは…」

エマの言葉にルイナが頷いていれば、後宮内が騒がしいことが庭にいる二人にも届いた。

「こーれーは…」
「噂をすればなんとやら…と言うやつでしょうか?」

首を傾げながら城の方を見ていれば、そんな騒動など知らぬ存ぜぬとばかりに二人分の昼食が運ばれてきた。

「ね、中で何があったの?」
「メイベル様の雷が落ちました」
「あぁ、いつものね」

メイドの言葉になるほど、と頷き、エマとルイナは少しばかり安堵したかのように届いた昼食に視線を落とす。
エマが後宮で暮らすようになって数日であるが、その間にメイベルの雷は既に三回は落ちている。全ての理由を知っている訳では無いが、皇族一家の平穏と、後宮の秩序を何よりも重んずる彼女はメイドや給仕の指導にはとても厳しい。
だが、得手不得手を見極め、一生懸命仕事に取り組んでいれば失敗をしてしまっても理不尽に怒り出したりすることは無いので恐れられてはいるが人望はある。だからこそ、長年メイド長を務めていられるのであろう。

「そんなメイベルでも毛嫌いするものがあるのが不思議」

昼食のサンドイッチを食べながら、ルイナは首を傾げる。

「騎士団全てを毛嫌いしているわけではなさそうですけども…」
「まぁ、主に次男坊組よね」

ルイナの言葉に、エマはくすくす笑いながら頷く。
爵位を持つ貴族階級の家は、後継である長男に熱心な教育を施す傾向にある。次男以下の男子も教育こそ受けているが、長男ほどの気負いはほとんどない場合が多く、自由に青春、人生を謳歌しているものも少なくはない。長男と競い合い切磋琢磨している者もいるが、比率で言えば少数である。
そしてメイベルはきちんとしている性格であるが故に、彼らがしっかりと己の本分を全うしない態度が癪なのであろう。
そんなことを思い、はむはむとサンドイッチを食べていれば、再び騒がしい雰囲気が伝わってきた。

「日に二回も雷が落ちるのは珍しいわね」

ルイナの言葉にエマも頷き城に視線を向けると、当のメイベル本人が駆けてくるのが見えた。

「エマ様!た、大変でございます!ゲイル様が…!ゲイル様がお見えです!」
「お父様…?え!?お父様が!?なんで?!!」

ほのぼのとした昼下がりの庭に慌ただしい空気がなだれ込み、その急展開にエマは目を白黒させるのであった。
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