上 下
40 / 45

三十九

しおりを挟む
「お待たせ、宮子」
「おかえりなさい、沙雪。光様と何を話していたの?」

宮子の問いに、沙雪は小さく微笑む。
光が社交界で注目の紳士だという事は皆が知っている。それと同時に、光が恋多き男性という事も周知の事実。
故に、娘を今光の手に落とさせぬよう、彼に近づかぬ様厳しく注意する親も少なくはない。
宮子も両親から、自ら男性、特に光に近づくな、と言われていたが為に、話しかけられれば答えるものの、未だに自ら近付くことはしていない。

「婚約のお祝いと、勘太郎さんについて少々お話をしてたの」
「倉科様…光様って、やっぱりその、いろんな方とお付き合いしてらっしゃるんでしょう?沙雪は大丈夫なの?」

心配そうにこちらを見る宮子に、沙雪は微笑んで頷く。

「光様は、確かにたくさんの方にオモテになられるから、お付き合いしてきた方は多いと思うけれど…。一度に複数の方と付き合ってりはしていないのよ?それに、私にはお土産を下さったり、楽しくお話ししてくださってはいたけれど、ひどいことをされたり、付き合いを求められたこともないの」
「でも、見ただけでわかるわ。光様も、貴女の事がお好きだって」

宮子の言葉に、沙雪は軽く目を見開いてから頷く。
沙雪は人の心情には敏感ではあるが、自らに向けられる恋愛感情にはとんと疎いし、自らが持つ恋心にも鈍かった。
けれど、宮子は沙雪とは反対に、人の恋模様にとても敏感である。
単純に興味の違いなのだろうが、沙雪も宮子や彩子のその恋の話、恋心の機微には素直に感心する。

「さっき、言われました」
「やっぱり」
「本当に沙雪姉様はモテるんですから。婚約を発表しても、しばらくは落ち着かないかもしれませんねぇ」
「それもちょっと困ってしまうような…」
「まぁ、沙雪姉様はお兄様以外目に入りませんもんね」

彩子の言葉にその通り、と頷き沙雪は微笑む。
ごちそうさまです、と宮子は彩子と共に頷く。

「公子さん、今日は怜兄様も離れでご友人方とお話しするみたいですし、公子さんも私たちと一緒にお話ししませんか?」
「私も、良いんですか?」

沙雪の誘いに首を傾げ問う公子。
勿論、当たり前じゃないですか、と頷く沙雪に続く様に宮子も彩子も頷く。

「では、お邪魔いたしますね」
「はい!では、窮屈なドレスを脱ぎに行きましょうか。実はコルセットを締めすぎて少々苦しくて」

くすくすと笑う沙雪に、同感、と項垂れる一同。
綺麗にドレスと着るためとはいえ、この締め付けは少々厳しい。脱げるならばいざ早く!と言わんばかりに、少女たちは館へと足早に向かうのであった。

「はぁ…解放感ってこういう事を言うんですね…」
「彩ちゃんもお着物が多いものね」
「はい、洋装もしますけど、ドレスをしっかり着たのはほとんど初めてでした。帯の締め付けと、コルセットの締め付けは全く違いますね」

ドレスからゆったりとしたワンピースへと着替えた沙雪たちは、客間を占領し何度目かのお茶会を開催していた。
食べきれなかった食事も少しだけ頂戴し、あいさつ回りで食べる間もなかった公子へと差し出す。

「ありがとう、沙雪さん」
「いえ、ドレスの締め付けの中食べるのも大変ですし、食べてからドレスを着るとますます苦しいしで、本当に不便ですよね」

くすくす笑いながら、沙雪もサンドイッチに手を伸ばす。
沙雪もそこそこ食べていた気はするが、矢張り精神的に張っていた部分もあったのか、緊張から解放され食欲が出てきたらしい。
そんな沙雪に一安心というばかりに彩子も頷き、彼女もまた焼き菓子に手を伸ばす。皆が食べるならば、と宮子も焼き菓子に手を伸ばし、しばし小腹を満たす。

「だけど、沙雪に先を越されると思わなかったわ…」

焼き菓子を飲み込み、ティーカップを持ち上げながら宮子は呟く。

「そうね、私も宮子の方が早いだろうと思っていたもの」

二人とも結婚願望は薄いものの、いずれするだろうとは思っていたし、ある意味覚悟のようなものもしていた。
沙雪と違い宮子は就職を希望しているわけではないが、すぐに結婚をする気もない様で、しばらくは花嫁修業とかこつけてゆっくり過ごそうと思っている様である。
それでもいずれはどこかの御曹司と見合いをして結婚することになるだろうと思っていた。
沙雪も同じだと思っていれば、決定事項ではないものの、あっさりと婚約をしてしまった。

「とんだ裏切りだわ」
「またそんなこと言って」

くすくす笑って返すことから、沙雪もこれが宮子の冗談であるとわかっている。それだけの絆を二人は育んできているのだから。

「沙雪様、お電話でございます。一ノ宮勘太郎様から」
「もうご自宅へ着かれたんですね」
「で、早速沙雪姉様に連絡とは…我が兄ながらまめですねぇ」

高山がノックと共に声をかけ、沙雪は微笑み立ち上がる。

「すぐに参ります。公子さん、宮子、彩ちゃん、少し失礼いたしますね」

皆に断り、何とも軽い足取りで沙雪は電話へと急ぐのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ドSな上司は私の本命

水天使かくと
恋愛
ある会社の面接に遅刻しそうな時1人の男性が助けてくれた!面接に受かりやっと探しあてた男性は…ドSな部長でした! 叱られても怒鳴られても彼が好き…そんな女子社員にピンチが…! ドS上司と天然一途女子のちょっと不器用だけど思いやりハートフルオフィスラブ!ちょっとHな社長の動向にもご注目!外部サイトでは見れないここだけのドS上司とのHシーンが含まれるのでR-15作品です!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...