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二十五

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公子に続き部屋から出た沙雪が見たものは、微妙な距離を取りながら隣り合わせに立つ勘太郎と怜。そんな勘太郎を見上げ、時たまにやりと笑みを浮かべる彩子。
揃って並んでいながらもバラバラな様子の三人に首を傾げながら、先に部屋を出ていた公子と顔を見合わせた。

「沙雪、お疲れ」

微妙な空気感を打ち消すかのように、勘太郎が沙雪に歩み寄りそっと頬を撫でる。途端に彩子はにんまりと嬉しそうに笑い、同じように嬉しそうに微笑む沙雪を見た。

「有り難うございます。公子さん、とても綺麗でしょう?」
「ん、僕は沙雪一筋だけど…。けれどとてもお綺麗ですよ、公子姫」
「一ノ宮様、ありがとうございます。沙雪さんのおかげでいつもと違う自分になれて嬉しいです」

ドレスの裾を軽くつまみそっと広げながら微笑む公子は、自ら言うように普段より何倍も美しく見えた。
好きな男の為ならば、いくらでも女性は美しくなれるのだと素直に感心する。

「怜さん、何ぼんやりしてるんだい?公子姫が君の為にとお洒落をしたのにだんまりとは…失礼な男だな。そういうのを朴念仁というんだ」

勘太郎の言葉に怜はそちらを見て小さく息をついた。どうにもこいつは一言多い。そう思いながら公子を見る。
さすがの怜も美しく着飾った公子に一瞬目を見張った。しかし、やはりどうしても気になるのは沙雪。
勘太郎に触れられ、頬を染め笑みを向ける沙雪を見れば、瞳と心が立ちどころに凍り付く。
今日の沙雪が普段より格段に美しく見えるのも、彼女の目の前に立つ勘太郎のせいであろう。やはり癪に障るものである。
しかし、勘太郎に後れを取ることも自らの自尊心が許さなかった。
公子に視線を移し、そっと手を差し出す。

「…貴女を妻にできることを、心から誇りに思います」

そう言って微笑めば、公子は真っ赤になり俯く。手は胸の前で組まれ、怜の手に触れることを逡巡しているように見えた。
しかし、後ろからそっと沙雪に背を押され、差し出された怜の手にそっと触れる。

「ありがとうございます、怜さん…」

涙を瞳に溜めながらもにこりと笑みを向ける公子に、怜も小さくだが笑みを返した。
似合いと言える二人に沙雪は微笑むと、傍に立つ勘太郎を見上げる。

「勘太郎さん、父の部屋に参りま…あら、タイは結んでいないのですか?」
「うん、まだね。沙雪に結んでもらおうと思って」

にこにこと笑いながら頷く勘太郎に沙雪はくすくすと笑い頷く。つくづく人懐こい大型犬のようである。
勘太郎が差し出すネクタイを受け取れば微笑み彼を見上げた。

「勘太郎さん、屈んでくださいな」

沙雪の言うとおりに勘太郎が身を屈めれば、首に腕を回しネクタイを結び始める。

「…父に何の用だ?」

そんな二人を忌々し気に見ていた怜が問いかける。
公子の手は握られたままだが、握られている公子は怜の沙雪に対する干渉に小さく息を着く。

「ん?んー…後で沙雪と二人で話すよ。今はまだ秘密。そうだ公子さん、よかったらこの愚妹の相手をしてやってもらえますか?なるべく早く戻るつもりですが…」

彩子の頭をぽふぽふと叩くように撫でながら勘太郎は問いかける。

「勿論、構いませんわ。一ノ宮様」

公子が頷くのと、沙雪がタイを結び終えたのはほぼ同時であった。
良い子良い子と沙雪の頭を撫で、肩を抱き寄せれば、にこりと微笑み公子を見る。
怜を見慣れているはずの公子も、勘太郎の爽やかな笑みにうっかり照れながら頷いてしまう。

「ありがとうございます。彩子、良い子にしてるんだよ」
「解ってます、お兄様。頑張ってね!沙雪姉様、待ってますね」

頷く彩子の頭を勘太郎と沙雪は揃って撫でる。
嬉しそうに笑い声をあげる彩子に心を和ませ、沙雪と勘太郎は寄り添いあいその場を離れた。

「じゃあ、彩子さん。少し疲れたでしょう?座ってお茶にしませんか?」
「はい、是非!」

沙雪と勘太郎を見送り、公子は彩子を見る。そんな公子に礼を言いながら頷き、彩子は怜を見上げた後に微笑み公子を見た。

「公子さん、たくさん怜様とのお惚気、聞かせてくださいね」

無邪気に笑いながら公子を見上げ、公子は思わず苦笑する。
彩子は沙雪より一つ年下の十四歳。少しは丈夫な体に近づいたものの、簡単に言うことを聞かない体のせいで恋などそれこそ絵空事だった。
だからこそ、年頃という事もあり、彩子は恋の話が好きなのだ。

「あら、では一ノ宮様に負けないくらいお喋りしなきゃね」
「我が兄君は沙雪姉様の事となると口が止まりませんものね。以前うっかり聞いてしまったときは…三時間ほど語られてどうしようかと…」
「照れ臭いから、程ほどにしてくださいね、公子さん」

怜が苦笑しながら公子を見れば、小さく笑いながら公子も“心得ました”と頷き、彩子に手を引かれるままその場を去っていった。
これまでの病弱さが嘘かのように明るく朗らかな彩子に怜ですら笑みを浮かべるも、ふと空を見上げ息を着く。

「父に…か。何が秘密だ。この時期に二人揃って父に言うことなど、一つしかないだろうが」

再度視線を落とし公子と彩子を見送りながら、怜は深く長い溜息を吐いた。
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