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第3部 仇(あだ)
98 ジャンド戦1:ティムール・マリクとブジル4
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人物紹介
ホラズム側
ティムール・マリク:ホジェンド城主。今は船団を率いる。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ チンギスと正妻ボルテの間の長子。
ブジル 百人隊長 タタル氏族
人物紹介終了
冬ゆえ陽は中天にないものの、その暖かさが有り難く感じられる昼どきのことであった。
あのままシルダリヤを下り、ジャンド(現クズロルダ近郊)までわずかとしたところで、無いはずのものを前方に見て、
「装甲船は前へ出ろ」
ティムール・マリクは声を張り上げた。
この時も、装甲船は船団の外周を取り囲むように配置されておった。それゆえ、近くにおる船は直接呼びかければ良いが、遠くにおる船には伝言ゲーム式に、他の船を介して伝えることになる。
とはいえ、そうしたやり方でも伝わるようで、装甲船がずらり前方に並ぶ。ティムール・マリクの乗り込む船はその少し後方、横列でいえば真ん中あたりに位置して続く。
「このまま突っ込むぞ」
速度を落とす気配もない。どうやら、船団ごと船橋にぶち当たり、その勢いのままに破壊する気のようだ。
恐らく多少は頑丈なのであろう、装甲船を前列にそろえるのは、そのゆえであろう。ただ、それは己にとっても好都合と言えた。
ブジルは率いる百人隊ともども、船橋におり、船に飛び移るべく、待ち構えておった。
ファナーカトを突破された後、急ぎここに来たのだった。うねうねと蛇行するシルダリヤ、その川の流れを推進力として下る船団に対して、より直行に近い経路を取って馬を駆けさせれば、先回りすることは十分可能であった。
ジャンドにはジョチが駐屯しておった。そのジョチはオトラルよりシルダリヤ沿いに下って、その下流域の征討をほぼ成功裏に終えておった。また、チンギスよりサマルカンドの軍議の結果の連絡と共に、必要ならば、ジョチ自ら指揮を取れとの命が下されておった。
よって、船橋――木造船を連結したもの――の建設も、その指揮下においてなされた。
また、それゆえにブジルはジョチの指揮下に入ることになった。そして、やはり自らティムールを討ち取りたいと願い出て、この部隊配置を許されたのであった。これは他の部隊が尻込みしたということもあってであった。
モンゴルの将兵はまず泳げぬので、橋より川中に落ちることへの恐怖は尋常なものではなかった。それゆえ、ブジル隊と現地徴集の百人隊2隊――泳ぎに自信がある者が集められた――が橋上の任務を委ねられることになり、これをブジルが指揮することになったのであった。
他方で先の戦いにおいて、装甲船に損害を与えることが難しいことは分かっておった。何にしろ木造船に有効なはずの火矢が通じぬのだ。
加えて、船上を覆う装甲には、矢を射る穴が開けられておるため、そこからの攻撃に対しては、用心しなければならぬ。
ただ、接近戦となればなるほど、死角が大きくなるはずであった。つまり、いっそのこと船に飛び移ってしまえば、相手も出て来ざるを得なくなる。それを見越して採用した戦法であった。
そして己の狙いは、あくまでティムール・マリクただ一人。
問題はどの船に乗っているかであった。ただ、あのような大口を叩く奴である。水上での戦いで敗れるなどとは想うまい。ならば、装甲船に乗っておる可能性は高い。問題は、どれかということであった。
ブジルは2つに絞った。先頭切って突っ込んで来る奴。そうでなければ1番最後の奴であろうと。ただ前者については自ら出る必要も無い。当然ながら自兵が真っ先に対応してくれるはずである。
ならば、残りは一択である。
ブジルは船橋へ突っ込んで来た船へと自兵が次々と突っ込む様を見ておった。
己は動かぬ。
やがて最後にしばし遅れて、まさにその動きは生き物の如く一瞬迷う風であったが、装甲船が前列に加わるべく突っ込んで来た。恐らくは自らが突っ込まぬでも船橋が壊れるのではないか。そう期待したのだろう。
己がそちらに動くと、数名の者が指示せずとも続く。己の護衛兼供回りであった。
装甲船は、船尾の部分を除いて船上全てを装甲で覆っており、飛び移る先は、無論、装甲の上となる。ブジルは想わずぐらつき、これはと想った。しっかりした屋根と想えたものが、自らの体重で沈んだからだった。
どうやら、天幕と同じ造りらしい。木組みをしてフェルトで覆っているのである。そして何かは分からぬが、そのフェルトに塗ってあった。これのせいで、燃えぬのであろうと想われた。
ただ不安定であれ、自らの体重で下に落ちることはないと分かる頃には、敵兵が船尾から湧いて来ておった。船尾は高くなっているようであり、敵兵は立ちさえすれば、胸当たりから装甲より上に出る格好となり、その態勢で射て来ておった。
射合う中で、早くも敵・味方数名が倒れる。余りに近いゆえである。通常なら、この距離に至る前に矢を射かけ合うものだが、今回は端から接近戦とならざるを得なかった。
更には不意に矢が斜め前から飛んで来て、ブジルは一瞬、肝を冷やした。己はそれで済んだが、背後の者は射られたようであり、そちらからうめき声が聞こえた。
最初、流れ矢かと想った。見ると、隣の装甲船の船尾におる者が明らかにこちらに向けて2の矢をつがえんとしておった。
ただその者は放ち終わる前に、矢を受けて倒れた。隣の船に乗り込んだ自兵の矢であろうとは想うが、それを確かめる時も惜しんだ。
(乱戦か)
ならばとばかりに、矢が飛び交う中、強引に距離を詰める。既に近すぎるほどと言って良い。間合いをつぶせればもっけの幸い、そうならなくとも、動いている方が当たらぬものだ。何よりそれが目当ての男により一層近付く道に他ならぬ。
ブジルの動きを見て、敵兵数名はそれをはばもうとする如く、矢をつがえるが。その時、船が大きく揺れた。
船尾に他の船がぶつかったのだった。前がつかえれば、当然こうなる。ただ、そのために、敵と味方の多くが水面に落ちた。何せ、自軍は不安定なフェルトの上におり、敵は狭い船尾ゆえ自ずと船縁近くに立っておったのであろう。
自軍では、ブジルのみが何とかこらえた。
他方、残るを得た敵は船尾に2人。
ぶつかった船から援軍が来るならば厄介と思い、一気に敵へと詰め寄る。
相手は落ちぬまでも先の衝撃で明らかにバランスを崩しておった。一人は取り落としたらしい矢を再びつがえんとし、もう一人は弓は捨てたようで剣を抜かんとしておった。
ブジルは弓矢の者へ剣を投げ下ろし、それは当たり、敵は血が吹き出る首筋を抑えようとするも、崩れ落ちた。
船尾に飛び降り、そして残る一人が剣を抜ききる前に――結局、敵はブジルの接近に焦る余り、もたついてしまったのだ――相手の手許を抑え、それ以上抜かせぬまま、体当たりをかませ、船外に落とした。
ホラズム側
ティムール・マリク:ホジェンド城主。今は船団を率いる。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ チンギスと正妻ボルテの間の長子。
ブジル 百人隊長 タタル氏族
人物紹介終了
冬ゆえ陽は中天にないものの、その暖かさが有り難く感じられる昼どきのことであった。
あのままシルダリヤを下り、ジャンド(現クズロルダ近郊)までわずかとしたところで、無いはずのものを前方に見て、
「装甲船は前へ出ろ」
ティムール・マリクは声を張り上げた。
この時も、装甲船は船団の外周を取り囲むように配置されておった。それゆえ、近くにおる船は直接呼びかければ良いが、遠くにおる船には伝言ゲーム式に、他の船を介して伝えることになる。
とはいえ、そうしたやり方でも伝わるようで、装甲船がずらり前方に並ぶ。ティムール・マリクの乗り込む船はその少し後方、横列でいえば真ん中あたりに位置して続く。
「このまま突っ込むぞ」
速度を落とす気配もない。どうやら、船団ごと船橋にぶち当たり、その勢いのままに破壊する気のようだ。
恐らく多少は頑丈なのであろう、装甲船を前列にそろえるのは、そのゆえであろう。ただ、それは己にとっても好都合と言えた。
ブジルは率いる百人隊ともども、船橋におり、船に飛び移るべく、待ち構えておった。
ファナーカトを突破された後、急ぎここに来たのだった。うねうねと蛇行するシルダリヤ、その川の流れを推進力として下る船団に対して、より直行に近い経路を取って馬を駆けさせれば、先回りすることは十分可能であった。
ジャンドにはジョチが駐屯しておった。そのジョチはオトラルよりシルダリヤ沿いに下って、その下流域の征討をほぼ成功裏に終えておった。また、チンギスよりサマルカンドの軍議の結果の連絡と共に、必要ならば、ジョチ自ら指揮を取れとの命が下されておった。
よって、船橋――木造船を連結したもの――の建設も、その指揮下においてなされた。
また、それゆえにブジルはジョチの指揮下に入ることになった。そして、やはり自らティムールを討ち取りたいと願い出て、この部隊配置を許されたのであった。これは他の部隊が尻込みしたということもあってであった。
モンゴルの将兵はまず泳げぬので、橋より川中に落ちることへの恐怖は尋常なものではなかった。それゆえ、ブジル隊と現地徴集の百人隊2隊――泳ぎに自信がある者が集められた――が橋上の任務を委ねられることになり、これをブジルが指揮することになったのであった。
他方で先の戦いにおいて、装甲船に損害を与えることが難しいことは分かっておった。何にしろ木造船に有効なはずの火矢が通じぬのだ。
加えて、船上を覆う装甲には、矢を射る穴が開けられておるため、そこからの攻撃に対しては、用心しなければならぬ。
ただ、接近戦となればなるほど、死角が大きくなるはずであった。つまり、いっそのこと船に飛び移ってしまえば、相手も出て来ざるを得なくなる。それを見越して採用した戦法であった。
そして己の狙いは、あくまでティムール・マリクただ一人。
問題はどの船に乗っているかであった。ただ、あのような大口を叩く奴である。水上での戦いで敗れるなどとは想うまい。ならば、装甲船に乗っておる可能性は高い。問題は、どれかということであった。
ブジルは2つに絞った。先頭切って突っ込んで来る奴。そうでなければ1番最後の奴であろうと。ただ前者については自ら出る必要も無い。当然ながら自兵が真っ先に対応してくれるはずである。
ならば、残りは一択である。
ブジルは船橋へ突っ込んで来た船へと自兵が次々と突っ込む様を見ておった。
己は動かぬ。
やがて最後にしばし遅れて、まさにその動きは生き物の如く一瞬迷う風であったが、装甲船が前列に加わるべく突っ込んで来た。恐らくは自らが突っ込まぬでも船橋が壊れるのではないか。そう期待したのだろう。
己がそちらに動くと、数名の者が指示せずとも続く。己の護衛兼供回りであった。
装甲船は、船尾の部分を除いて船上全てを装甲で覆っており、飛び移る先は、無論、装甲の上となる。ブジルは想わずぐらつき、これはと想った。しっかりした屋根と想えたものが、自らの体重で沈んだからだった。
どうやら、天幕と同じ造りらしい。木組みをしてフェルトで覆っているのである。そして何かは分からぬが、そのフェルトに塗ってあった。これのせいで、燃えぬのであろうと想われた。
ただ不安定であれ、自らの体重で下に落ちることはないと分かる頃には、敵兵が船尾から湧いて来ておった。船尾は高くなっているようであり、敵兵は立ちさえすれば、胸当たりから装甲より上に出る格好となり、その態勢で射て来ておった。
射合う中で、早くも敵・味方数名が倒れる。余りに近いゆえである。通常なら、この距離に至る前に矢を射かけ合うものだが、今回は端から接近戦とならざるを得なかった。
更には不意に矢が斜め前から飛んで来て、ブジルは一瞬、肝を冷やした。己はそれで済んだが、背後の者は射られたようであり、そちらからうめき声が聞こえた。
最初、流れ矢かと想った。見ると、隣の装甲船の船尾におる者が明らかにこちらに向けて2の矢をつがえんとしておった。
ただその者は放ち終わる前に、矢を受けて倒れた。隣の船に乗り込んだ自兵の矢であろうとは想うが、それを確かめる時も惜しんだ。
(乱戦か)
ならばとばかりに、矢が飛び交う中、強引に距離を詰める。既に近すぎるほどと言って良い。間合いをつぶせればもっけの幸い、そうならなくとも、動いている方が当たらぬものだ。何よりそれが目当ての男により一層近付く道に他ならぬ。
ブジルの動きを見て、敵兵数名はそれをはばもうとする如く、矢をつがえるが。その時、船が大きく揺れた。
船尾に他の船がぶつかったのだった。前がつかえれば、当然こうなる。ただ、そのために、敵と味方の多くが水面に落ちた。何せ、自軍は不安定なフェルトの上におり、敵は狭い船尾ゆえ自ずと船縁近くに立っておったのであろう。
自軍では、ブジルのみが何とかこらえた。
他方、残るを得た敵は船尾に2人。
ぶつかった船から援軍が来るならば厄介と思い、一気に敵へと詰め寄る。
相手は落ちぬまでも先の衝撃で明らかにバランスを崩しておった。一人は取り落としたらしい矢を再びつがえんとし、もう一人は弓は捨てたようで剣を抜かんとしておった。
ブジルは弓矢の者へ剣を投げ下ろし、それは当たり、敵は血が吹き出る首筋を抑えようとするも、崩れ落ちた。
船尾に飛び降り、そして残る一人が剣を抜ききる前に――結局、敵はブジルの接近に焦る余り、もたついてしまったのだ――相手の手許を抑え、それ以上抜かせぬまま、体当たりをかませ、船外に落とした。
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