80 / 206
第3部 仇(あだ)
38:ブハーラー戦11:本丸戦3:亡霊2:チンギスの夢
しおりを挟む
サブタイトルのみ変更しました(2021.11.8)
人物紹介
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジャムカ:ジャダラン氏族。まさに秘史が詩魂をもって描き出すところのチンギスの宿敵である。
人物紹介終了
チンギスはずい分昔の夢を見た。
自らが数え11(満でいけば、9~10才となる)の時のことであった。
凍り付いたオナン川の上で、碑石を投げてぶつけて遊んでおった。
互いに用いる碑石は、先ほどアンダ(同盟者、義兄弟の意味)の誓いをなして、交換したばかりのものであった。
ジャムカがくれたのは、初めて自分で仕留めた雄ノロジカのくるぶしの骨で造った碑石。
己もまたお返しとして、特別な碑石を与えた。羊のくるぶしの骨に、銅を中に入れて重くしものであった。
今は亡き父上からのお下がり品であり、その点では形見の品とさえ言い得るものであったが、であればこそ、アンダの誓いにふさわしいものと想えた。
しばらく遊んでいると、不意に氷が割れ、ジャムカが落ちた。
大人が乗っても割れない氷であったはずなのに。
その分厚い氷の下を、ジャムカは流されて行く。
苦しげに口からアワを吹きながら。
我はずっと追いかけておったが。
息も切れ切れとなりながらも、必死に。
つい氷から突き出た流木に足を取られ、転んでしまう。
何とか立ち上がり、ジャムカの姿を氷の下に求めるも、当然、無かった。
我はずっと下流まで走ったが、見つからぬ。
やがて、陽は傾き、当たりが夕焼けに染まる頃になっても、見つけることはできなかった。
我はうずくまり、泣き濡れる。
もう一歩も歩けぬほどに、足も疲れておった。
ふと、我のおるところが日影となる。
急ぎ立ち上がる。
確かにジャムカであった。
背後から、夕日が差すためか、顔は半ば闇に沈んでおった。
にもかかわらず、その目はなぜか夕日を引き写した如くに赤かった。
そして、その胸には矢が刺さっておった。
しかも、それは、同じ年の春に、再びアンダの証しとしてもらった、ジャムカ手作りの矢であった。
大事な矢として区別がつくように、チンギスは自ら矢柄に特殊な刻み目を入れておったので、見間違えるはずもなかった。
鏃に2才牛の角の加工品を用いた鳴鏑であった(いわゆる鏑矢である)。
刺さるはずのないものである。
どうして。
まさか我が射た訳ではあるまい。
夢の中で幼い己はいたく混乱しておった。
そうして、ジャムカは矢を弓につがえて、我に向ける。
それは、我がお返しとして、杜松の木を加工して鏃に用いた鳴鏑であった。
まともに刺さらぬのは知っておるはずであったが、ジャムカの様を見ては、我は叫ばずにはおれなかったようで、
「止めろ」
自らの声で目を覚ました。
己が荒い息遣いをしておることに、気付かざるを得なかった。
補足 那珂通世訳『成吉思汗實錄』(筑摩書房 1943年88頁)に引く阮葵生の『蒙古吉林土風記』は碑石に関するものであり、訳してみよう。
「羅丹[上述の碑石]は鹿の蹄腕の骨である。
旧俗に、蹄腕骨を以て、手で投げて戯れとなし、それがどの面を上にして落ちたかで勝負をなす[1種の賭け事か占いなのであろう]。
小はノロジカのもの、大は鹿のものを用い、磨いて玉の如き光沢のものとする。
子供や婦女は、円座して投げて、楽しみとなす。
薄い円形のものをもって[相]打つ[戯れもある](中略)
遠くに[投げて]比べる戯れもあり、氷の上に赴いて、中るを以て、勝つとなす(後略)」
[]はひとしずくの鯤による補足。
日本のオハジキを想わせるものがあり、また、テムジンとジャムカがカーリングの如くをなして遊んでおったとすれば、とても興味深い。
秘史の傍訳もこの遊びの様を『碑石を打つ』と伝えれば、この推測は当たらずといえども遠からず、なのではないか。
人物紹介
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジャムカ:ジャダラン氏族。まさに秘史が詩魂をもって描き出すところのチンギスの宿敵である。
人物紹介終了
チンギスはずい分昔の夢を見た。
自らが数え11(満でいけば、9~10才となる)の時のことであった。
凍り付いたオナン川の上で、碑石を投げてぶつけて遊んでおった。
互いに用いる碑石は、先ほどアンダ(同盟者、義兄弟の意味)の誓いをなして、交換したばかりのものであった。
ジャムカがくれたのは、初めて自分で仕留めた雄ノロジカのくるぶしの骨で造った碑石。
己もまたお返しとして、特別な碑石を与えた。羊のくるぶしの骨に、銅を中に入れて重くしものであった。
今は亡き父上からのお下がり品であり、その点では形見の品とさえ言い得るものであったが、であればこそ、アンダの誓いにふさわしいものと想えた。
しばらく遊んでいると、不意に氷が割れ、ジャムカが落ちた。
大人が乗っても割れない氷であったはずなのに。
その分厚い氷の下を、ジャムカは流されて行く。
苦しげに口からアワを吹きながら。
我はずっと追いかけておったが。
息も切れ切れとなりながらも、必死に。
つい氷から突き出た流木に足を取られ、転んでしまう。
何とか立ち上がり、ジャムカの姿を氷の下に求めるも、当然、無かった。
我はずっと下流まで走ったが、見つからぬ。
やがて、陽は傾き、当たりが夕焼けに染まる頃になっても、見つけることはできなかった。
我はうずくまり、泣き濡れる。
もう一歩も歩けぬほどに、足も疲れておった。
ふと、我のおるところが日影となる。
急ぎ立ち上がる。
確かにジャムカであった。
背後から、夕日が差すためか、顔は半ば闇に沈んでおった。
にもかかわらず、その目はなぜか夕日を引き写した如くに赤かった。
そして、その胸には矢が刺さっておった。
しかも、それは、同じ年の春に、再びアンダの証しとしてもらった、ジャムカ手作りの矢であった。
大事な矢として区別がつくように、チンギスは自ら矢柄に特殊な刻み目を入れておったので、見間違えるはずもなかった。
鏃に2才牛の角の加工品を用いた鳴鏑であった(いわゆる鏑矢である)。
刺さるはずのないものである。
どうして。
まさか我が射た訳ではあるまい。
夢の中で幼い己はいたく混乱しておった。
そうして、ジャムカは矢を弓につがえて、我に向ける。
それは、我がお返しとして、杜松の木を加工して鏃に用いた鳴鏑であった。
まともに刺さらぬのは知っておるはずであったが、ジャムカの様を見ては、我は叫ばずにはおれなかったようで、
「止めろ」
自らの声で目を覚ました。
己が荒い息遣いをしておることに、気付かざるを得なかった。
補足 那珂通世訳『成吉思汗實錄』(筑摩書房 1943年88頁)に引く阮葵生の『蒙古吉林土風記』は碑石に関するものであり、訳してみよう。
「羅丹[上述の碑石]は鹿の蹄腕の骨である。
旧俗に、蹄腕骨を以て、手で投げて戯れとなし、それがどの面を上にして落ちたかで勝負をなす[1種の賭け事か占いなのであろう]。
小はノロジカのもの、大は鹿のものを用い、磨いて玉の如き光沢のものとする。
子供や婦女は、円座して投げて、楽しみとなす。
薄い円形のものをもって[相]打つ[戯れもある](中略)
遠くに[投げて]比べる戯れもあり、氷の上に赴いて、中るを以て、勝つとなす(後略)」
[]はひとしずくの鯤による補足。
日本のオハジキを想わせるものがあり、また、テムジンとジャムカがカーリングの如くをなして遊んでおったとすれば、とても興味深い。
秘史の傍訳もこの遊びの様を『碑石を打つ』と伝えれば、この推測は当たらずといえども遠からず、なのではないか。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
三國志 on 世説新語
ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」?
確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。
それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします!
※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。
近衛文麿奇譚
高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。
日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。
彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか?
※なろうにも掲載
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~
田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。
今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。
義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」
領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。
信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」
信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。
かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる