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第2話 始まりの朝

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 北宋の都、開封かいほうの朝。その目的地たる皇城へ至るべくもう嬢は、今、萬勝門へ向かっている。足取りはよほどにゆっくりしている。余裕を持って出たので、このままではずいぶん早くに着いてしますためだ。

「お前は私に似ているわね。誰の目にも止まらない」

 袖の中に持つ『香りまり』から麦の粒をこぼし、警戒しつつも、エサを求めて寄って来た雀に応える。開封は小鳥が多い。これを可愛がるのは、孟嬢の習いであり、ゆえに麦の粒を持ち歩くのも、いつものこと。

「『燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや』なんて言われるけれど、きっと雀の方が楽しいわ」
 
 想わず触りたくなり、そっと手を伸ばすが、飛んで逃げてしまう。

「残念。子犬のようには行かないわね、でも、つかまらないくらい用心深い方がいいのかもね」

 彼女はこれから王朝の最重要人物の一人と会う。前の皇帝(北宋第6代 神宗)のお母様であられる太皇太后様だ。今の皇帝(第7代 哲宗)である孫(神宗の子)のお嫁さん選びのために、まずはご自身がお会いになるということのようである。

 そんな状況であるが、孟嬢はまったく緊張していない。

(きっと、とんでもない美人が選ばれるに違いないわ。それに、名家出身に違いない。何せ、将来の皇后様になられる方だもの)

 そんな風に考えていたゆえである。

 

 おまけ:『香りまり』とは何だろうと想われる方もおられるだろう。

 老学庵筆記に次の如くにある。
「都が平和なとき、皇族やその外戚は、歳時には禁中に入る。その女性たちは子牛にひかせた車に乗り、みんな、二人の少女の召使に『香りまり』を持たせてそのかたわらに置き、更に自らもその両袖中に小さな『香りまり』を持つ。車が馳せ過ぎれば、香煙は雲の如くして数里も続き、チリも土もみんな香る」

 これだと毬の中で香をいたものと想われるが、毬は毛で造ったものなので燃えてしまう。それを袖の中に持てば火傷してしまう。恐らく香を焚き込めた毬なのだろう。

 上記の『車が馳せ過ぎれば、香煙は雲の如くして数里も続き、チリも土もみんな香る』は誇張してこう言ったか、香炉も併せて車中にて用いたのではないかと想われる。

 歴史史料は分からないことも多く、ここら辺はゆるーく楽しんでいただければ、と想います。
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