心が凍える前に

風花薫

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第1章

恋の予感

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会社を出ると、薄っすらと夕闇のベールがかかろうとしていた。

同じ経営企画部に配属になった同期の青山君が私を待っていてくれた。

「今日は、なんだか気が重いよな」

ボソッとつぶやく彼の言葉に、問い返すこともなく私はうなずいた。
おそらく、同期会とは違って、先輩や上司と食事をするのは気が引けるのだろう・・・

私も同じ気持ちだったから、彼の憂鬱な気持ちが解る様な気がしていた。

青山君は、会社では猫を被ったように大人しいのに、私の顔を見ると妙に饒舌じょうぜつになる。
先日も、コピー室で資料を整理している私にしきりに愚痴をこぼしていたところ、私語は慎むようにと、先輩女子社員の荒川さんにとがめられたばかりなのだ。

「なんだかさ、荒川女史ってオカシクね」
「香織にばっか、厳しいよね。」

彼は、私のことを香織と呼び捨てにする。
最初は馴れ馴れしくて嫌な印象しかなかったが、いつの間にかそんな呼ばれ方に慣れてしまっていた。


私の名は絢瀬香織(あやせかおり)

父は、大手食品メーカーに勤める会社員。母とは職場恋愛の末、結婚したと聞いている。
母は、私を出産したことを契機きっかけに会社を辞め、専業主婦となった。

父も母も、東京出身だったが、結婚した後、埼玉に土地と家を買い新居を構えた。

私は、そこで生まれ、幼少期を過ごした。
平凡な家庭の平凡な日常であった。

私が12歳になった年、父の静岡への転勤が決まった。
東京育ちの母は相当抵抗したらしいが、結局、私が中学へ進学する時に家族全員で、静岡の社宅に転居することになった。

社宅は、富士裾野の田舎町にあったが、母の母校の中等部が近くにあったので、私は敢えてそこを受験した。私立の女子学院であった。

学生生活は明るく、希望に満ちていた。
中学3年生の時、私が、母の浮気現場を目撃してしまうまでは・・・

母の浮気が発覚し、家出してしまった年の秋

富士のすすき野で、泥に塗れ空を見上げながら私は処女を失った。

この時から、私には、不幸の影が付きまとうようになっていた。

陰惨な虐めや悪い噂に耐え、母の代わりに必死で家事をこなし、やっと大学に進学できたと思ったら、父が肺癌で闘病生活に入ってしまった。

父の入院費用と学費を稼ぐため、埼玉の土地と家を売却し、禁止されていたバイトにまでも手を染め家計を支えた。

そんな努力の甲斐もなく、大学卒業の年、最愛の父が他界し、私は天涯孤独となった。

幸い、東京の会社に就職が内定したので、それまで世話になった埼玉の叔父夫婦に父の遺産をすべて渡し、私は一人、東京で暮らすことにした。

父との思い出以外、すべての過去を忘れたかったから・・・




就職したのは、東京の大手食品メーカー。
父の勤めていた会社ではないが、敢えて同じ職種を選んだのは、やはり、父への憧れがあったからだと思っている。

この会社でやり直せる。

その実感は、入社式の時から感じていた。
社長の訓話も、先輩社員の方々の話も、私の新たな出発を後押ししてくれた。

「社会人となり、社会貢献が出来る」そんな実感に心が熱く燃えた。

何より、同期の仲間が、良い人ばかりで、彼らと話すのが生き甲斐にさえなった。

女子高で育ち、女子大で過ごして来た私には、男子の優しさは、ひときわ心に沁みた。

新人研修を終え、配属先発表になった時、同期の青山君が一緒だと知り、心ときめいた。

彼は、仲間と食事に行く時、必ず私を誘ってくれたし、無口な私にも話を振り気を配ってくれていた。

彼の名は青山正勝(あおやままさかつ)
有名国立大学の修士課程を卒業して、この会社に入社した期待の逸材なのだ。

同じ部署に配属になったこともあり、仕事の相談にも乗ってくれる優しい彼に、私は、好意を持っていたし、友達以上の関係になりたいという思いもあった。




歓迎会の場所は銀座。
会社は、京橋なので歩いて10分も掛からない。

私は、敢えて場所を確認することもせず、青山君を頼って付いていくことにした。

彼に付き添うように銀座通りを歩いていると、まるで恋人にでもなったかのような気分になる。
特に、私は自分から話を切り出すのが苦手なので、彼のように勝手に喋ってくれると凄く気持ちが楽になるのだ。

短い時間だったが、彼の学生時代のこと、恋人が居たが別れたこと、彼の夢・・・
たくさん話をしてくれて楽しかった。

やがて、銀座ティファニーのショウウインドウの前で立ち止まった彼は、きらびやかに指輪やネックレスが陳列されているのを見て

「香織の誕生石はルビーだったよね・・・どんなのが好きなの?」

真顔まがおで尋ねた。

私は、燃えるように真っ赤に輝くルビーにダイヤの装飾を施してある上品な指輪を指した。

「あれがいいな。青山君買ってくれるの?」

一瞬、沈黙が訪れ、青山君の目が泳いだように見えたので、私は、笑って打ち消した。

「もう、冗談だよぉ~」

「私はイミテーションでもガラスでもなんでもいいんだ。」
「あんな高いのいらないよ。」
「さっ、行こう。」

青山君は、意外に真剣な顔で呟いた。

「でも、22万円なら、初任給で買えないこともないよな。」
「本気で買っちゃおうかな?」
「香織にプレゼントしたら俺と付き合ってくれる?」

はにかんだように笑う彼の笑顔が可愛いと思った。

「馬鹿だなぁ~」
「そんなものくれなくたって、もう、こうして付き合ってるでしょ?」

私が、笑顔を向けると、
彼はお道化る様な仕草を見せて、留まっていた場所を離れ再び歩き始めた。

「そうだな、さっ、行こう」
「遅れると、また荒川女史が怒るぞぉ~」
「絢瀬さん!時間を守るのが社会人としての基本でしょっ!って」

荒川さんの真似をする彼に場は一気になごみ、私たちは互いに笑顔を交わし、肩をつつき合いながら目的地までの道のりを楽しんだ。

銀座二丁目の交差点を右に曲がり、マロニエ通りからガス灯通りに入ったところにその店はあった。

「そういえば、こっちはシャネルだぜ」

お店は、シャネルビルの上層階にある。。
エレベーターの中で、彼は、意を決したように私に尋ねた。

「今度の土曜日空いてる?」
「二人でどっか行かない?」

私は、そんな彼の誘いが嬉しかった。

「うん、大丈夫だよ。」

大好きな彼がデートに誘ってくれた・・・

その喜びを噛みしめるかのように私は答えた。

エレベーターのドアが開くと、店員が華やかな笑顔で出迎えてくれた。
まるで、私たちの淡い恋の始まりを祝福するかのように・・・




店内は照明が仄蒼く漂い、周囲が暗くぼやけて海の底めいた感じがあった。
店員に案内されて、奥の部屋に入ると、大きな窓の外に眺望がひらけ、別世界のような空間が現れた。

テーブルの末席に座ろうとすると、課長の辻村さんが手招きをして、私と青山君を呼んだ。

経営企画部の部長は役員で、管理系グループ全体の統括責任者でもあるため、実務の大半は、課長の辻村健一(つじむらけんいち)を中心に回っている。

「何をやってる?」
「今日は、こっちに入りなさい。」
「歓迎会なんだから・・・」

おそらく、一番上座かみざだと思われる座席の両隣に座るよう辻村課長に言われ、私たちは、それに従った。

ほどなく、部長がやって来た。

私の右隣に座っていた荒川さんは、素早く立ち上がると、部長を私の左隣の主賓席へと案内した。

荒川さんの名は、荒川由美子(あらかわゆみこ)

経営企画部の課長補佐なのだが、課長の辻村さんとは、馬が合わないのか、日頃から、ほとんど目を合わせようともしない。

ただ、部長には、非常に気を遣っており、まるで秘書のように振舞っている。
また、部長の方も、辻村課長を見る目は冷酷で冷たく、いつも怒った口調で話をするのに対して、荒川さんが話しかけると柔和な笑顔で答えている。

おそらく、部長と荒川さんとの間には、特別な信頼関係があるようだ。

そのせいもあるのだろうか、部内では皆が彼女のことを「荒川女史」と呼んでいる。




部長が入って来ると、全員起立したので、私も、席を立ち上がって、研修で教わった通りのお辞儀をして出迎えた。

「ほう、君が絢瀬くんか?」

「そして・・・」

部長が顔を上げると店内に響き渡るような大きな声を上げ、青山君がお辞儀をした。

「青山正勝です。よろしくお願いします。」・・・と

「ほう、なかなか元気があるねぇ~」
「まあ、今日は無礼講だ。そんなに堅くならなくていいから、座りなさい。」

こうして、私たちの歓迎会が始まった。

まず、辻村課長が、私と青山君の紹介をし、
全員のグラスにシャンパンが注がれ、部長が乾杯の音頭を取った。

豪華なオードブルが運ばれて来ると、
それぞれが、好きな飲み物を頼むように言われ、私は、先輩女子社員の一人が、ソフトドリンクを頼んだのに従って「私も、それで・・・」と言いかけたのだが、荒川女史に制された。

「この子は、ワインでいいわ、ボルドーで貴腐きふワインがあったでしょ?」

ウエイターが、メニューを示すと
「いいわ、それなら甘口で、この子でも大丈夫だから・・・」
「私も、同じものにするからボトルで頂戴。」

酒宴の主役は、ほとんど部長だった。

部長は、役員室にこもることが多く、経営企画部の部長席に座ることは滅多に無い。

普段から直接話をする機会が少ないせいか、参加者全員が、入れ替わり立ち代わり、席を立ち、部長にワインを注ぎに来るように感じた。

青山君も、そんな部長に自分を売り込むために必死になっているようだ。
自分の左隣に座っている辻村課長には目もくれず、常に部長の話に聞き入り頷いている。

口直しのソルベがテーブルに運ばれて来た時だったろうか、私の左膝に部長の手が置かれたのは・・・

最初は、間違いかと思ったが、故意に私の膝を触っているのは明らかだ。
私は、そんな部長の行為に驚くとともに、嫌悪感が抑えきれず思わず席を立ってしまった。

皆の視線が驚いたように私に集まる。
いたたまれなくなった私は、そのまま、席を離れ、化粧室に逃げ込んだ。

化粧室に入ると、私に続いて荒川女史が飛び込んで来た。
そして、気持ちの整理がつかず、鏡をみて狼狽えている私に対し、強い口調で叱責しっせきした。

「途中で席を立つのは失礼よ!」
「それと、部長の手を払うようなことしたらダメじゃない」
「ちゃんとお詫びして席に戻りなさい。」
「ワインも注いでないの貴女だけなのよ。」
「新人のくせに・・・」

席に戻ると、メインディッシュが来ていた。
しかも、私の席の前に、ジャンパンバケットが置かれ、新しいワインボトルが入っている。

「大変、失礼しました。」

私は、部長に深々と頭を下げ、ワインボトルを手に取り、その日初めて自分から話しかけた。

「いかがです。お飲みになりますか?」・・・と

部長は、機嫌を直したのか、飲み干したグラスを差し出し

「美人のしゃくを断るほど、無粋じゃないぞ。」
「なあ、そうだろ、」

そう言いながら、隣に座っている青山君の肩を叩くと、私に、質問を始めた。
入社の経緯、出身校、両親のこと・・・・

話を聞きながら、部長は私にワインを注ぎ返し、左膝に再び手を置いた。

一瞬たじろいだが、今度は、拒否せずに話を続けた。




アルコールが入ったせいだろうか?
部長の手は、次第に大胆になり、私の膝から大腿部を擦り始めた。
私は、隣に座る荒川さんに目で助けを求めたが、鋭い視線で我慢するよう制されてしまった。

やがて、食卓が片付けられ、デセールが運ばれてくるまで、どのくらいの時が経っただろう。

部長は、片手で私の太腿を摩りながら、
さりげなく尋ねた。

「今度の土曜日、うちに来なさい。」
「荒川君、イイよな・・・」

荒川さんは、手帳を見ると、私の都合も聞かず

「大丈夫です。」と返事をした。

私は慌てて、否定した。

「いえ、あの、ちょっと・・・」

「土曜日は用事があるんです。」

私にとっては、せっかくの休日。
しかも、青山君とデートの約束をした記念すべき休日なのだ。

部長は、いかにも驚いたように念を押した。

「ほう、何があるのかな?」
「休みだし、独り暮らしと聞いたはずだが・・・」
「デートの約束でもあるのかな?」

図星だったことが、私を返って慌てさせた。

「いえ、そんなんじゃないんです。」
「でも、ちょっと・・・」

煮え切らない私の態度を見て、部長は強引になった。

「大した用事でなければ、ちょっとくらい良いだろう?」
「荒川くんも来ることになっているんだ。」
「たまには、若者の話も聞かんとな・・・」

そう言うと、部長は思いついたように青山君にも声をかけた。

「どうだ、青山君だったな・・・君は来れるんだろ?」

部長の手が、より強く私の大腿部を擦ったように思ったその時

青山君の大きな声が、返って来た。

「はい、喜んで、お邪魔させていただきます。」

私は、一瞬耳を疑った。

私とのデートの約束を忘れてしまったのだろうか?

それから、先のことは、混乱してしまってあまり覚えていない。

いずれにしても、私たちは、次の土曜日
部長の家に招待され、そこに伺うことになっていた。




部長の名は、長井啓介(ながいけいすけ)

もともと技術者として、この会社に入社したが、その後、タイの工場長を経てアジア拠点の統括責任者になり、経営手腕をトップに買われ、経営企画部の執行役員を経て、昨年、取締役に抜擢されたエリートである。

研究所勤務が長かったため、自宅は横浜にあるそうだが、通勤が不便であることを理由に単身で麻布十番のマンションを借りているという。

私たちが呼ばれたのは、自宅ではなく麻布十番のマンションだった。

いつもだったら一人で行くのは不安だから青山君を誘うのに、この時は、その気になれなかった。
きっと、青山君も同じ思いだったのだろう。

彼と会ったのは、部長のマンションのエントランスの前。
私の姿を見ると、彼は何も言わず、荒川さんから教わっていた部屋の番号を押した。

インターホン越しに荒川さんの声が聞こえ、エントランスのガラス扉が開いた。
エレベーターで7階まで上がり、部屋のインターホンを押すと、荒川さんが中に案内してくれた。
それにしても、いつもは、ビジネススーツを着ている荒川さんが、可愛いワッフル生地のトップスにロングパンツ姿で出迎えてくれたのには驚いた。

リビングに入ると、部長がソファでくつろいでテレビを見ていた。
私たちは、姿勢を正すと、丁寧に頭を下げた。

「そんな」と部長は言った。
「堅苦しい挨拶は抜きだよ」

ダイニングソファの前には、豪華なオードブルが並べられて、小型のワインクーラーにいかにも高そうなワインが二本、そして、ブランデーとウイスキーも並べてあった。

「さぁ、改めて、歓迎会だ。」
「君たちも、スーツは脱いで、今日はリラックスしてイイんだよ。」

部長に薦められるまま、お酒を飲み、饒舌じょうぜつになった青山君は言われるままに歌を歌い、荒川さんは、そんな青山君をからかいながら、会社の裏話を沢山聞かせてくれた。




果たして、何時間飲み続けたのだろう?

気が付くと、私はロングソファに横たわっていた。

顔を上げると、ダイニングテーブルに覆いかぶさるようにうずくまり、寝息をたてている青山君と、その彼にもたれるように寄り添って眠っている荒川さんが見える。

「お姫様のお目覚めかな?」

部長は、そういうと冷たい水を私に差し出し、飲むように勧めてくださった。

「少し、飲みすぎたようだ。」

そう言うと、私の隣に腰をおろして、深くため息をついた。

「最近、なかなか気が休まらなくてね・・・」
「今日は、久しぶりに楽しかったよ。」

大企業の役員ともなると、その重責は他人が考える以上に重たいものがあるようだ。
長井部長は、静かに自分のことを話し始めた。
仕事の重圧に耐えかねていること、そのために家庭を犠牲にしてきたこと。

静かに話す彼の姿に、私は亡くなった父の面影を重ねていた。

「酔っちゃいましたわ・・・」

そうつぶやく私の肩を抱き寄せ、いきなり部長の唇が私の唇を奪った。

何故か、私は、抵抗しなかった。
むしろ、こうなることを望んでいたのかも知れない。

唇を割ってねっとりと入って来る舌をも受け入れ、私は、部長の愛撫に身を委ねていた。

「今日は、泊まっていきなさい」

そう囁く部長の誘いに、何も言わず、身体で応えていた。




この日から、私は、長井啓介の愛人のひとりになった。

長井から、他の愛人のことは一切聞かされることは無かったが、自分だけでないことだけは解っていた。

彼のマンションに泊まれるのは、せいぜい週に一度程度。
抱かれるのは、ほとんどホテルか、私の部屋だった。

彼に抱かれながら、何度か、一緒に暮らしたいと強請ねだったことがあったが、巧みにはぐらかされたし、彼のマンションに行くと、いつも他の女の臭いが残っていた。

それでも、私は幸せだった。

会社で、長井の働く姿を見るのも好きだった。

部下にテキパキと指示を出し、颯爽さっそうと歩く姿を見つめているのが好きだった。

来る日も、来る日も、長井の姿を見つめ、彼からデートの誘いが来るのを待ちわびていた。

「今夜、行く」

そんな一言がラインで届く度に、私の心は踊った。

特に、彼に、私の手料理が食べたいと言われた日は、全てを彼に捧げられる幸せに酔うことが出来た。

他の約束はすべてキャンセルし、彼の好きな献立を考え、彼のために買い物に出かけ、彼の好きなものを選び、彼の為に料理を作る・・・

彼の為に部屋の掃除をし、お風呂を沸かし、そして、彼が来てくれるのを只管ひたすら待つ・・・

来てくれた時には、私は、もう、エクスタシーに達しそうになっていた。




長井の愛撫は、巧みだった。

私を抱き寄せると、唇を奪い、舌を差し入れて来る。
むさぼるように私の口を吸いながら、スカートをまくり上げ、ショーツの上から尻を旋回するように優しく撫で回す。

「もう、濡らしているのか?」

そう言いながら、唇を放し、顔を射抜くように見つめる彼の瞳。

「はい」

見つめられるだけで、私は気を遣りそうになりながら答えていた。

「ああ、いや、こんなところで・・・」

ショーツを下ろされ、あらわになった淫蕾いんらいいじる指先に翻弄され喘ぐ私・・・

「こんなに濡らして、感じているのか?」

「はい、部長が好きだから・・・」

恥じらいを隠すように答える私を、長井の指は許さない。

「あっ、いや、、ベットにして・・・」
「ここじゃ、外に聞こえちゃうから・・・」

長井は、淫蕾いんらいの蜜に濡れた手で、ズボンのベルトを緩めた。
床にズボンが落ちると、熱り立つ大蛇のような肉茎が鎌首をもたげている。

「ああ、」

私は、魅入られたように脚を開き中腰の姿勢をとった。

のめり込むように、淫蕾いんらいをこじあけ鎌首が入って来る。

「ああ、部長、凄い、」

大きな肉のかたまりを突き刺され、膣壁をえぐられる心理的な堕落の愉悦が、めくるめく甘美な思いを運んで来る。

「あっ、あっ、逝く、いやぁああ、逝くぅううう」




何度気を遣ったのだろう?

気が付くと、私はベッドの上で長井に組み敷かれていた。

「きみが好きだ」

私の髪をつかみ、頬ずりをしながら長井が言った。

「部長の奥様に申し訳ないと思っています。」

何故か私は思った言葉を口にした。

「言うな!」

長井は、私の口を自分の口で塞ぐと、いきどおったように陰茎を深く突き刺し、蜜壺を激しくえぐった。

「あっ、はい、」
「ごめんなさい」
「も、もう、ああ、もう言いませんわ、、」

再び、燃え上がる悦楽の炎に包まれ、私は、長井の身体にしがみつき身体を痙攣けいれんさせていた。

「うう、」

低く呻いて、長井の身体も震えていた。

「あう、あっ、逝く、また、あああ、また逝くぅうう、逝っちゃうぅううう」

たぎる様な長井のエキスが入って来るのを子宮に感じ、私は、感涙にむせびながら、三度目の絶頂を迎えていた。




長井の愛人になって丁度1年後の夏。

会社からの帰り道。

茹だるような真夏の太陽を避けるよう、日傘を差し銀座通りを歩いていると、ティファニーのショウウインドウを眺めている一人の青年に気付いた。

青山君だった。

そのまま通り過ぎようとした私を、彼の声が引き止めた。

「あの時のルビーの指輪・・・まだあるよ。」

一瞬、懐かしく甘酸っぱい風が吹いたように感じた。

「7月の異動でさ、シンガポールに行くことになった。」
そうポツリとつぶやく彼の声は、どことなく淋しそうだった。

「良かったじゃない。最初から海外勤務を希望してたんだし、希望が叶ったね。」
「おめでとう」

私は、心を過る切ない思いを打ち消すように、わざと大袈裟な作り笑顔で答えていた。

「あのさ、本当は俺・・・」

一瞬、言い淀んだ彼は、私を見つめると、意を決したように首を振って言い直した。

「いや、いいんだ。」
「香織も元気でな・・・」

そう言って彼は、会社へときびすを返した。

「残務整理が大変だよ。会社へ戻らなくっちゃ」

そう言う彼の後姿うしろすがたを見送っていると、何故か涙が溢れて止まらない。

ふと、ティファニーのショウウインドウを振り返り立ち尽くす私。
あの日と同じようにダイヤの装飾を施した真っ赤に輝くルビーの指輪を見つめながら・・・

日傘を持つ左手の薬指に嵌められた愛人の証が、傘の柄にぶつかって、カタカタと音を立てて震えていた。


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