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【#56 眼鏡科を取り戻しました】

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愕然としたエルの視線が、私からオスカーへ移る。

オスカーはソファーに座り、腕を組んで黙っていた。

「裏切ったのか、オスカー!」

エルの声は怒りに震えていた。

「ああ。もうお遊びは終わりだ。我がウェンゼル公爵家は、プリスタイン公爵家と正式に協定を結んだ。眼鏡科はティアメイに返す。これ以上、敵対するつもりはない」

「信じられない」

エルは呟いた。

これまで築き上げてきたものが、一瞬で崩れ去るのを見る表情だった。

侯爵家と公爵家では格が違う。エルがどんなに暗躍しようとも、協力先であるウェンゼル家がプリスタインと手を結ぶのであれば、フィルナス侯爵家に勝ち目はない。

そのことを理解しているのだろう、エルはよろよろとその場に膝をついた。

私は彼を見おろし、静かに言った。

「わたくしティアメイが、プリスタイン学園眼鏡科、学園長の名をもって命じます。エルネスト・チャールズ・アシュリー・ワイズ・フィルナス。あなたを生徒会長から解任し、生徒会を解散いたします。そして新たな生徒会長として、私の婚約者であるアキト・グロウリーを生徒会長に指名いたします」

後半の台詞を聞いて、周囲が一気にざわついた。

「婚約者!?」

と裏返った声で叫んだのはリュシアンで、

「なん……だと…………」

呆然としているのはオスカーだった。

「ひゅー、やるねえ」

茶化すように言ったのはフィリップ先生で、隣でカールは満足げな笑みを浮かべている。

エルはもともと真っ青だった顔が、紙のように白くなっていた。

「アキトが君の婚約者だって?」

「あら、そう聞こえませんでした?」

私は微笑んで、アキトの腕を取った。

アキトは照れるでもなく、いつものように穏和な笑みを浮かべている。

だが、以前と違って黒子に徹する様子はなく、そこはかとない自信が漂っている。

当たり前でしょ? だって、私の婚約者なんだから。

「新生徒会長に命じていただきありがとうございます、学園長」

膝をつき、アキトは優雅に最敬礼をすると、みんなに向き直った。

「本日より眼鏡科の生徒会長を務めます、アキトと申します。今この瞬間をもって、プリスタイン公立学園眼鏡科はウェンゼル公立学園から独立いたします。生徒の過半数の同意書はこちらです」

制服の胸ポケットから、折り畳まれた紙片を取り出す。

そこには眼鏡科のほぼ全員の生徒が、眼鏡科をウェンゼル公立学園から独立されることに賛同した署名があった。

私が生徒たち一人一人に会いに行き、心を込めて謝罪をし、フィリップ先生やリュシアンが説明や説得に奔走してくれたおかげだった。

眼鏡科のみんなは私に、もう一度、やり直すチャンスを与えてくれた。

「おめでとうございます、学園長」

カールが大きなごつい手を伸ばし、私の手を力強く握りしめる。

「お帰りをお待ち申し上げておりましたよ」

「ありがとう、カール。これからも眼鏡科のためにお力を貸してくださいね」

「もちろんです。公爵令嬢の御心のままに」

カールは膝をついて頭を垂れる。

「……やれやれ。ここまでみたいだね」

エルは立ち上がると、溜息をついて肩をすくめた。

「我ながら、うまい作戦だと思ったんだけどなあ。策士策に溺れるってやつかな」

私に差し出されたのは、『退学届』と書かれた書面だった。

「俺の負けだ。退学させてもらうよ」

「いいえ、許しません」

私は退学届を受け取らず、首を横に振った。

「あなたはわたくしの学園の、大切な生徒です。それにあなたにはフィルナス侯爵家と、領民たちを守る義務があります。これからも眼鏡科でしっかり学んで、侯爵領に製作技術を広めてください。土地からの実りは得にくくても、豊かな人材を育て上げれば、それこそがフィルナス侯爵領の財産になるはずです」

眼鏡の奥で、エルは漆黒の瞳を大きく見開いた。

「それにお互い、やっと外見じゃなくて内面が分かってきたじゃない。腹黒なところも含めてエルだし、私は私で駄目なとこもいっぱい見せちゃったし。だからこそ、これから恋愛や人間関係の勉強をしていけばいいんでしょう?
あなたがそう教えてくれたもの」

私は微笑んで、エルに手を差し出した。

「これからも一緒に学んで、一緒に卒業しましょう。改めてこれからもよろしくね、エル」

エルはうつむいて、聞き取れないほど小さい声で何か呟いた。

「え?」

「何でもない。君って本当に馬鹿がつくほどお人よしだね、メイちゃん」

顔を上げると、エルはいつものように無邪気な笑顔で言い刺した。

だけど、握手した手の温もりが、私に本当の思いを伝えてくれた。

ごめんなさいと、ありがとうを。
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