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夏の黎明
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しおりを挟む翌日の早朝、リエゾンに出勤した桜は、店の前で仁王立ちになっている涼子の姿を見とめて息を飲んだ。
パティシエの朝は早い。
開店前に商品を作って並べなければならないため、概ね開店時間の二~三時間前には準備を始めている。
桜の場合、店に一人しかいないパティシエのため、七時前には店に着いていることが普通だった。
季節は初夏を通り過ぎようとしている。だが、まだ朝の大気は瑞々しい。
そんな中、白い陽射しを浴びて立つ涼子の姿は否応なく鮮やかで、周囲を圧す華やかな威があった。
挨拶すべきかどうか迷い、とりあえず会釈した桜に、涼子はずいと歩み寄った。
「これ、京介に渡してくれる?」
紙袋は有名なコーヒー店のもので、中にはコーヒーと思われるステンレスボトルと、ベーグルサンドやクロックムッシュが入っている。
買ってきたばかりらしく、ほかほかと温かかった。
とっさに受け取ってしまったものの、むらむらと苛立ちが沸いてきて、桜は剣呑な表情で言った。
「ご自分で渡してください。もう少ししたら出勤されますから」
「そうしたいけど、これから用事があるのよ」
と言って、涼子は豊かな黒髪をかき上げた。
今日はシンプルな白シャツにワイドパンツを合わせ、手首にバングル、耳元にはフープピアスが揺れている。
そのどれもがさり気なく上品で、おまけに目が飛び出るほど高価なのは間違いなかった。
「じゃ、お願いね」
そう言って歩き出した涼子の背中に、桜は紙袋を押しつけた。
振り向いた涼子と目が合い、その迫力に一瞬たじろぐ。
だが、彼女は自分の上司でも何でもないのだと言い聞かせ、もう一度はっきり言った。
「お返しします。持って帰ってください」
――何で、こんなに腹が立つんだろう。
わざわざコーヒーと軽食を差し入れるやり方に、リエゾンを馬鹿にされたと感じるからだろうか。
それとも涼子が自分をただの小間使いのようにして扱ったからか。
――ううん……違う。
本当は分かっていた。
気に入らないのは涼子の行為ではなく、涼子という存在そのものだ。
そして、その背後にいる透子という亡霊も。
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