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夏の黎明
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帰り道、桜は川沿いをゆっくりとうつむきがちに歩いていた。
この辺りは夜になるとランプに火が灯り、淡いオレンジ色の光が水面に映って幻想的な空気に包まれる。
そのためデートスポットとして人気がある。
老いも若きも手をつなぎながら、思い思いの場所に憩っている。
だが、今の桜は美しい眺めも目に入らず、流れる水の音も耳に入らなかった。
考え出すと止めることができず、ただひたすら一つの思考を突き詰めてしまう。
――何であのとき、京介さんを呼びに行ったりなんかしたんだろう。
別に急ぎの用ではなかった。
店にかかってきた電話は、後ほど折り返すと伝えればいいだけの話だった。
なのに、それを口実に自分は、二人の逢い引きを覗きに行ったのだ。
桜は大きな溜息をついた。
――こんなんじゃ、松田さんと何にも変わらないよ……。
見たくなかった。知りたくなかった。
二人でいるところも、二人が何を話しているのか、これからどうしようとしているのかも。
ただ、どうしてか意志に反して足が止まらず、辿りついたときには涼子の鮮やかな声が耳に飛び込んできた。
――あんたがいくら否定しようと、あの子は透子そのものよ。
――あんただって内心それは認めているはず。
――さっさと別れないと、今度はあの子が死ぬことになるわよ。
顔を伏せたまま歩いていると、前から来た自転車とぶつかりそうになり、甲高いブレーキ音に驚いて道の端へ飛び退く。
心臓は先ほどからずっと嫌な音を立て、手足と頭はばらばらに動いて制御不能だ。
さっさと家に帰ろうと、桜は疲れて張った足を賢明に動かした。
記憶は残酷なほど生々しく、望もうと望むまいと勝手に目の裏に浮かび上がる。
そして、いつまでも色あせることなく胸を締めつける。
あの日――散りかけの桜がこの世のものとは思えぬほど美しく舞っていた日。
抜けるような青空と春風の中、全く顔を上げることができなかった。
それほど目の前は真っ暗に沈んでいた。
鉛のような体を引きずるようにして歩き、駅まで来たところで力尽きた。
疲れ果てて、もう涙も出なかった。
絶望なんて生易しい言葉で、あのときの気持ちは言い表せない。
ただ全身に砂が詰まったようで、目の前が暗く、ひたすらだるく、何も考えられなかった。
たった一つのこと以外は。
ホームの縁ぎりぎりに立って、ぼうっとした頭でこれまでのことと、これからのことを考えていた。
でも、最終的に答えは一つだった。
この辺りは夜になるとランプに火が灯り、淡いオレンジ色の光が水面に映って幻想的な空気に包まれる。
そのためデートスポットとして人気がある。
老いも若きも手をつなぎながら、思い思いの場所に憩っている。
だが、今の桜は美しい眺めも目に入らず、流れる水の音も耳に入らなかった。
考え出すと止めることができず、ただひたすら一つの思考を突き詰めてしまう。
――何であのとき、京介さんを呼びに行ったりなんかしたんだろう。
別に急ぎの用ではなかった。
店にかかってきた電話は、後ほど折り返すと伝えればいいだけの話だった。
なのに、それを口実に自分は、二人の逢い引きを覗きに行ったのだ。
桜は大きな溜息をついた。
――こんなんじゃ、松田さんと何にも変わらないよ……。
見たくなかった。知りたくなかった。
二人でいるところも、二人が何を話しているのか、これからどうしようとしているのかも。
ただ、どうしてか意志に反して足が止まらず、辿りついたときには涼子の鮮やかな声が耳に飛び込んできた。
――あんたがいくら否定しようと、あの子は透子そのものよ。
――あんただって内心それは認めているはず。
――さっさと別れないと、今度はあの子が死ぬことになるわよ。
顔を伏せたまま歩いていると、前から来た自転車とぶつかりそうになり、甲高いブレーキ音に驚いて道の端へ飛び退く。
心臓は先ほどからずっと嫌な音を立て、手足と頭はばらばらに動いて制御不能だ。
さっさと家に帰ろうと、桜は疲れて張った足を賢明に動かした。
記憶は残酷なほど生々しく、望もうと望むまいと勝手に目の裏に浮かび上がる。
そして、いつまでも色あせることなく胸を締めつける。
あの日――散りかけの桜がこの世のものとは思えぬほど美しく舞っていた日。
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ただ全身に砂が詰まったようで、目の前が暗く、ひたすらだるく、何も考えられなかった。
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ホームの縁ぎりぎりに立って、ぼうっとした頭でこれまでのことと、これからのことを考えていた。
でも、最終的に答えは一つだった。
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