護国の鳥

凪子

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冬の章

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敵の数――およそ三百。武器――短銃、小銃、サーベル、短刀、弓矢、手榴弾、合わせて五千。

対してこちらは、分かっているだけでも教官のうち四人が裏切り、四人が死に、増援が来る当てもない。

士官候補生は人質に取られ、あるいは最初から敵方についている。

戦況は絶望的だった。

ただ、疲労の色を微塵も見せずに淡々とついてくるルートの存在は、ルベリエにとって頼もしくもあり、末恐ろしくもあった。

もともとの素質に加え、この短期間でいくつか場数を踏んだただけで、もはや事務的とすら言える人殺しの方法を確立している。

純粋な戦闘能力においてなら、実力は既に若手の尉官クラスを凌駕している。

本人に特に楽しんでいるそぶりはないが、殺すことに快感とまでは言わずも、一種の達成感を感じているのは見て取れる。

相手の動きを読み、冷静に戦略を立て、いかに効率的に息の根を止めるかを一瞬で考え、即座に行動に移し、一つ一つを検証していく。

頭脳と体どちらもをフルに活用する、スリリングな遊びといったところだろうか。

ルートの場合、人を殺すことへの迷いや緊張が希薄なため、かえって冷静に実力を発揮できているとも言える。

自分の実力が、戦場でそれなりに通用することも分かってきたようだ。

そのせいだろう、以前のふてぶてしいほど落ちつき払った振る舞いと、明晰な思考能力を取り戻しつつある。

知らず、ルベリエはラグランジュの似非くさい笑顔を思い出していた。

――こんな日が来ることを、俺は心のどこかで知っていた。

恐れてもおり、待ち焦がれてもいたのだ。

十年前、あいつの死を知らされた、その瞬間から。

「教官」

ルートの声に足をとめ、ルベリエは噴水の傍に人影を見とめて銃を抜いた。

距離は十五メートル。相手は小柄で、すとんとした黒い服を着ている。見慣れぬシルエットに目を細めた。

「誰だ」

誰何の声に、その人影はこちらを向いた。

目が合った瞬間、全身に鳥肌が立つ。

――何だ。何なんだ、は。

少年でもなく、少女とも呼べない。若者でもなく、大人でもない。幼児のようでもあり、年嵩のようでもある。

それどころか、人間であるかどうかさえ危ぶまれた。

「また会えたね、ルート」

外見からはかけ離れたような、それでいて似つかわしくもあるような、独特の音階が空気を震わせた。

「フィンはどこだ」

一歩前に進み出たルートが、その者に尋ねる。

「連鎖律を壊そうとしているんだよ」

彼もしくは彼女は、地に足のつかない、ふわふわと浮遊する声で言う。

「あいつはどこにいる」

「哀しいよ、ルート。僕は哀しい」

言いながら、その者はついと指を動かし、丘の頂上――時計塔を指さした。

ルートは弾かれたように走り出す。彼もしくは彼女のほうを見向きもせずに。

後を追うルベリエは、くすくすと耳に甘くまとわりつく、歌うような声を聞く。

「よろしくね、ルート。よろしくね」

振り向くと、そこにあったはずの人影は忽然と消え失せ、白く降り積もった雪の上には足跡一つ残されていなかった。





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