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秋の章
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「君のお兄さんが最後にどうやって命乞いをしたか、教えてあげようか?どれほど惨い最期を遂げて、どの部分がどうやって鮫に喰われたか。
恐怖に放尿し、溺れて糞を漏らし、泣きながら何回君や家族の名前を叫んだか、聞かせてやろうか」
手を離され、ユージェニーは息と共に唾液を吐きだし、床に倒れ伏せた。
視界が回り、意識が遠ざかる。
「かわいそうだけど、役立たずの末路は、いつでも悲惨なものだと決まっている。……君も、そうなるのかな」
両手足を押さえつけられ、馬乗りになられてユージェニーはわめき声を上げた。
プライドなどかなぐり捨て、目の前の相手に命乞いをしようとする気持ちでいっぱいになる。
「さあ、これが最後だ。言ってごらん」
ラグランジュは非常に温和な語り口で言った。
「フランツ・クレプトの手紙には、三年前から軍が行っている秘密実験について書いてあっただろう?そのデータはね、後に火災で消失してしまっているんだ」
遠ざかる意識の中で、ユージェニーは痺れるように重い頭を横に振った。
「私は……何も知らない」
「知らないことはないだろう。さっき君が、自分の口で言ったんだよ」
「覚えていないの。本当に」
ユージェニーはありったけの知恵を振り絞って、何とか生き延びる方法を考えていた。
その思考を読み取ってか、ラグランジュは小さく笑う。
「賢いね、ユージェ。……それが君の不幸だ」
頬をなぞる手に怖気が走る。
「君がどうしてここに来たか、本当の理由を当ててあげよう。兄の仇討ちのためじゃない。なぜならフランツを殺した人間は、もうとっくに軍務に復帰している。本当にそいつを殺したいのなら、君はサイクロイドではなく、その足で軍本部に向かうべきだ。違うかい?」
体にまたがられたまま、首を背けることで辛うじてユージェニーは抵抗の意志を示した。
「君がここに来たのは、兄が残した痕跡をたぐり、秘匿された真実を引き継ぐためだ。サイクロイドには、フランツが残した手がかりがある。それを探り、兄の死の真相と共に世間にぶちまけようとしていた。軍に対する君なりの意趣返しのために」
ユージェニーはぎゅっと目をつむった。
――そのとおりだった。
ラグランジュは彼女の耳元に口を寄せ、甘い声でささやく。
「ねえ、ユージェ。手荒な真似はしたくないんだよ。あくまで君が強情を張って答えないというのなら、体に聞くことになるけど、いいのかな?」
――ここまでだ。口を割ろうが割るまいが、自分はここで殺される。
だったら、せめて祈ろう。
最後の一秒まで、何も言わずにいられますように。
――ごめんね……兄さん。
そのときだった。
何かが室内に転がり込んできたかと思うと、激しい轟音と共に、まばゆい光が辺りに炸裂した。
「閃光弾……!」
ラグランジュの声に焦りが滲んでいる。
とっさに目をつむったが、反応が遅れ、目の前が真っ白になる。
逞しい腕に抱き上げられたかと思うと、耳元で短く誰かが言った。
「いいと言うまで、黙って目を閉じてろ」
思わず顔を見ようとするが、視界が利かずに発作的な涙が溢れてくる。
窓から外に出たのだろう、外気の冷たさを感じると同時に、何かが頬に触れて溶けた。
いくつもいくつも、柔らかく優しく、冷たい雫が頬を冷やしていく。
ああ――こんなときにと言うべきだろうか。
サイクロイドに、初雪が降り始めているのだ。
恐怖に放尿し、溺れて糞を漏らし、泣きながら何回君や家族の名前を叫んだか、聞かせてやろうか」
手を離され、ユージェニーは息と共に唾液を吐きだし、床に倒れ伏せた。
視界が回り、意識が遠ざかる。
「かわいそうだけど、役立たずの末路は、いつでも悲惨なものだと決まっている。……君も、そうなるのかな」
両手足を押さえつけられ、馬乗りになられてユージェニーはわめき声を上げた。
プライドなどかなぐり捨て、目の前の相手に命乞いをしようとする気持ちでいっぱいになる。
「さあ、これが最後だ。言ってごらん」
ラグランジュは非常に温和な語り口で言った。
「フランツ・クレプトの手紙には、三年前から軍が行っている秘密実験について書いてあっただろう?そのデータはね、後に火災で消失してしまっているんだ」
遠ざかる意識の中で、ユージェニーは痺れるように重い頭を横に振った。
「私は……何も知らない」
「知らないことはないだろう。さっき君が、自分の口で言ったんだよ」
「覚えていないの。本当に」
ユージェニーはありったけの知恵を振り絞って、何とか生き延びる方法を考えていた。
その思考を読み取ってか、ラグランジュは小さく笑う。
「賢いね、ユージェ。……それが君の不幸だ」
頬をなぞる手に怖気が走る。
「君がどうしてここに来たか、本当の理由を当ててあげよう。兄の仇討ちのためじゃない。なぜならフランツを殺した人間は、もうとっくに軍務に復帰している。本当にそいつを殺したいのなら、君はサイクロイドではなく、その足で軍本部に向かうべきだ。違うかい?」
体にまたがられたまま、首を背けることで辛うじてユージェニーは抵抗の意志を示した。
「君がここに来たのは、兄が残した痕跡をたぐり、秘匿された真実を引き継ぐためだ。サイクロイドには、フランツが残した手がかりがある。それを探り、兄の死の真相と共に世間にぶちまけようとしていた。軍に対する君なりの意趣返しのために」
ユージェニーはぎゅっと目をつむった。
――そのとおりだった。
ラグランジュは彼女の耳元に口を寄せ、甘い声でささやく。
「ねえ、ユージェ。手荒な真似はしたくないんだよ。あくまで君が強情を張って答えないというのなら、体に聞くことになるけど、いいのかな?」
――ここまでだ。口を割ろうが割るまいが、自分はここで殺される。
だったら、せめて祈ろう。
最後の一秒まで、何も言わずにいられますように。
――ごめんね……兄さん。
そのときだった。
何かが室内に転がり込んできたかと思うと、激しい轟音と共に、まばゆい光が辺りに炸裂した。
「閃光弾……!」
ラグランジュの声に焦りが滲んでいる。
とっさに目をつむったが、反応が遅れ、目の前が真っ白になる。
逞しい腕に抱き上げられたかと思うと、耳元で短く誰かが言った。
「いいと言うまで、黙って目を閉じてろ」
思わず顔を見ようとするが、視界が利かずに発作的な涙が溢れてくる。
窓から外に出たのだろう、外気の冷たさを感じると同時に、何かが頬に触れて溶けた。
いくつもいくつも、柔らかく優しく、冷たい雫が頬を冷やしていく。
ああ――こんなときにと言うべきだろうか。
サイクロイドに、初雪が降り始めているのだ。
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