その人事には理由がある

凪子

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「大丈夫。何だかんだ言っても、あいつ、まだ私の言うことは聞くし。今はカッカしてるけど、落ちついたら話できると思う」

「分かった。でも、もしやばいことになったら呼んで」

「ありがとう。何かあったら助けてね」

沙織は微笑んだが、千春はその言葉の底にある本音を感じ取っていた。

沙織は多分、千春に助けを求めない。

それは千春のことを信用していないというわけではなく、沙織自身、人に頼るのが不得手な性格だからだ。

真面目で責任感が強いからこそ、人に心配や迷惑をかけまいとして、何でも自分の力で解決しようとする。

人との距離を詰めるのが得意で、誰にでも積極的に近づいていく真鍋に、沙織は惹かれるものがあったのだろう。

なぜなら、自分と正反対の性質だから。

人は自分の持っていないものを他人に求め、欠落を埋めたがる。

うまくいっているときは、それでよかったのだろう。

真鍋は沙織の真面目さや気配りを学び、沙織は真鍋の大胆さや胸襟を開いて人と接する部分を吸収できる。

だが関係性が悪くなってくると、これほど危険な組み合わせはないのではないだろうか。

苦労知らず、負け知らずの人生を歩んできたため自分の非を認められない真鍋と、何でも自分で解決してきたがゆえに、他者の力を借りることに抵抗を感じる沙織と。

この二人だと、トラブルが起こってもなかなか外部の人間に伝わらない。

問題を指摘しても、真鍋はプライドゆえに否定するし、沙織は沙織で周囲への遠慮から口をつぐむだろうから。

猛獣の入った檻に自らを閉じ込め、鍵をかけるようなことになりはしないだろうか。

何事もなく、杞憂に終わってくれればいいのだが――。

「千春のほうはどうなの?」

尋ねられて顔を上げると、残光が雲間を静かにきらめいているのが見えた。

西の空は薄紅から蒼、藍色へと幾重にもヴェールを重ねている。

凛とした風が吹き、前髪をさらっていく。

「日野さんとはうまくいってるの」

「うまくいくも何も」

千春はミルクティーを飲み干した。

「全然社内にいないんだもん、あの人。探すだけで一日終わっちゃう。来てない日も多いし、ふざけてばっかりだし」

「でもイケメンだよね」

「まあ確かに、顔がいいことは認めるけど」

「それに女子にはすっごい優しいし」

「そうでもないよ」

千春は空を睨んで言った。

「あの人、猫かぶってるだけで、本当は結構性格悪いと思う」
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