その人事には理由がある

凪子

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最寄駅を降りたところで、スマホが振動し始めた。

「もしもし?」

改札を抜けてICカードをしまいながら応答すると、

『お疲れー、大丈夫?』

気の抜けた炭酸のような多々良の声が返ってきた。

「何がですか?」

『いや、無事に帰れたかなと思って』

「帰れましたよ。今、駅です」

と言って切ろうとしたのだが、間延びした声が、

『こっちはね~二次会行くとこ』

にへらにへらした表情が電話越しに伝わってきて、千春は顔をしかめた。

沈黙が続いたのを勘違いしてか、多々良は言った。

『ほんとに大丈夫?』

「日野さんのほうがよっぽど酔っぱらってるじゃないですか」

『うん。でもさっき、セクハラされてたでしょ。君』

一瞬、彼の背後から音が消えて、無音の中に取り残される。

だが、それはもちろん千春の思いすごしで、すぐに再び繁華街の喧噪が戻ってくる。

「こういうの慣れてますから」

聞き取れないぐらいの小さな声だったが、多々良は聞き返してはこなかった。

――そう、こういうことには慣れている。

幼いころから何度も痛い目に遭わされてきた。

「私、小学校のときのあだ名は『おっぱい星人』でした。それからずっとそういうキャラで、大学のときの飲み会でも、胸の谷間にペン挟めとか言われたり、いろいろいじられたりしてきたんで」

うん、と多々良は言った。

うろたえたり怒ったり泣いたりしても、場が白けるだけ。

どんなに嫌な思いをしても、『悪ふざけ』『悪気はなかった』ですまされる。

表面上謝ってくれたとしても、相手が本当の意味で千春の気持ちを理解できるわけではない。

諦めて、受け入れて強くなるしかなかった。

自分はこの程度のことで傷つくような、やわなメンタルの持ち主ではないと。

そう思い込まなければやってこられなかった。
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