その人事には理由がある

凪子

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網川の件で調査の依頼があってからというもの、多々良は職場に姿を見せず、遅刻や欠勤を繰り返していた。

それでも課長や金子輔佐はとがめる様子はない。

そもそも多々良を当てにしていないのか、何か考えがあってのことなのか。

「お疲れさまでした」

終業後、人事課の部屋を出て混雑するエレベーターに乗り込み、エントランスを出て歩き始める。

九月初旬とはいえ、夕暮れの街はまだ明るく、生ぬるい風が吹いている。

問題は、どうやって経理課の面々に近づくかだ。

やはり経理課内の人間関係は、当事者に近い同僚や先輩に当たってみるのが最も手っ取り早い。

もしくは総務や法務の人か。

できれば社外で、それと分からない形で探りを入れたいのだが、自然な方法はないだろうか。

――そうだ。

思いついて、千春は鞄の中に手を突っ込んだ。

たしか来週、総務と法務と経理の大部屋チームで飲み会をすると社内ネットワークに掲示されていた気がする。

そこに参加できないか聞いてみよう。

スマホを取り出そうと鞄を探るが、それらしい感触がない。

肩から鞄をおろして、中身をじっくり見ても見当たらなかった。

――もしかして、会社のデスクの上?

そういえば昼休憩の後、置きっぱなしにしていたような気もする。

千春は小走りにもと来た道を戻り出した。面倒だけど仕方がない。

幸い、まだ会社を出て数分しか経っておらず、戻ると退勤していく人たちと何人かすれ違った。

エレベーターホールを抜けて人事課に歩いていく途中、ふと昼間のことを思い出す。

あのときの成澤部長の、あの目。およそ友好的とは言いがたい眼差しだった。

課長に何か恨みでもあるのだろうか。

「私を疑っているのなら、残念だけど見込み違いよ」

当の本人の声が響いてきて、千春は足を止めた。
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