思い出したこと

土曜日の夕方のこと

　突然ですが私の右の額、生えぎわの近くには傷跡がある。
ずっと昔の傷だからほとんどわからないけれど…。
　
あれは、まだずっと小さいとき。幼稚園だったから多分５歳。土曜日の夕方、私は父と弟との三人で散歩に出かけた。散歩とは言うけれどほぼ私の自転車の練習みたいなもの。
補助輪を二つつけて乗っていたものをひとつに減らした…からだったかな。
家の近所にはいわゆる『官公庁の出先機関の建物』があって。市役所とかではないから一般市民にはあまりかかわりがない場所。だけど今と違ってずっとのんびりした時代だったので、私たち近所の子供が中庭に入り込んで遊んでいてもだれも叱責する者などなく（まだ勤務時間中だったはずだが）近所に公園がない私たちには学校の運動場の次に親しんでいた場所だった。もちろん門もあるけれど、そこが閉まっている休日でも横の通用門は出入り自由で遊び放題だった。
　
そしてその日。
父は徒歩で（ちなみに子供の足で歩いて一分の場所）私は補助輪が片方になった自転車に乗り、弟は三輪車で
敷地内に行った。
門を入って左に曲がると、右側に建屋を見ながら緩やかな坂を下って駐車スペースがある正門へ続き、そのまま建屋の周囲を回るとさっきよりは少し急な坂道。そこを上ったところを右にまがると入ってきた門を正面に見るというつくりだった。まあちょうどいいくらいの散歩コース。そのコースを一周しかけて急めな坂を上ったところで父が私に言った。
「この坂を自転車でおりなさい。」きっと坂を下りていってブレーキでとまる…という練習をさせたかったのでしょう。
坂の上でいったん止まり下を見る…そこそこの勾配があってちょっとひるんだけれど、お調子者の弟が三輪車で先におりていくから私も行かなくちゃ！と坂を下りていき。だけど上手なブレーキのタイミングもかけかたも未収得に近かった私はバランスを崩して…。
転んだ先にあったもの。それはコンクリートブロックの縁石。角は丸く加工してあったもののそこに頭をぶつけたみたいで…。転ぶ瞬間の光景の次に記憶しているのは、血がついた自分の手と赤くなった自転車の白いハンドルでした。父は目の前を手ぶらで歩いていました。ケガをして頭から血を流しながら自転車を自分で押して歩く五歳児。
帰宅後は母が消毒と応急処置をしてくれて病院に行ったんだと思います。その時、縫うという処置を取ってたらもっと傷が残っていたと、のちに母に聞きました。
　
終