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研究の成果
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ヒトミは職場の自分のデスクの椅子に座り、パソコンの画面を見つめていた。両手はキーボードの上に置かれているが動く気配はない。だが仕事をしているポーズを取りながらサボっているわけではなさそうだ。その証拠に、小さいながらもブツブツ呟く声やうめき声のようなものがヒトミの口からこぼれていた。
「どうしたの?ヒトミ。ずっと唸ってるけど、具合でも悪いの?」
隣のデスクのユカリが尋ねた。ヒトミとユカリは入社時期は違うが歳が同じなので普段から仲もよく気やすく話す間柄だったのだ。
「ああ。ユカリ。ゴメンね。うるさかった?」
「ううん。うるさくはないけど、珍しいなと思って」
ヒトミはパソコンの画面から目を離し、隣のユカリの方を向いた。ずっと画面を見ていたせいか、目が充血している。
「ああ、また目が真っ赤だよ。ほらほら休憩休憩。ゴハンしに行こう」
ちょうど休憩を知らせるチャイムが鳴ったので、ユカリはヒトミを昼休憩に誘った。
行きつけのパスタ屋に入るとユカリは「ランチ二つね」とヒトミの意見も聞かずに注文して席に着いた。ヒトミはユカリの向かい側に座るなりため息をついた。
「もう。ヒトミったらどうしたの?いつものあんたじゃないみたい」
「うん。私、どうしていいかさっぱりわからなくて。」
「だから、何があったのよ。ユカリさんに話してみなさいって」
ユカリにうながされてヒトミは今朝からの事を話しはじめた。話の間にテーブルに運ばれてきたパスタセットのランチを食べ終えたユカリは「冷めちゃうからヒトミも食べちゃいな」とおおかたの話を終えたヒトミに食べるようにすすめ、アイスコーヒーを飲みながら言った。
「要は、来月の会議でプレゼンしろ…というわけね」
ヒトミはサラダのキュウリをフォークでつつきながらうなずいた。
「無理だよ…やり方もわからないし、何からどう考えたらいいのかもわからないし。みんなの前で話すのも怖いし」
「あんた引っ込み思案だしね。それにしても、売れそうな商品の企画を出せなんてね、もちろん売れなきゃダメなのは当たり前なんだけど…課長ハードルあげすぎ」
「私には無理ですって断ろうかな…」
「断れる?課長に直接?」
「…れない」
「じゃあ、なんとかするしかないじゃない。…わかった。じゃあユカリさんが力を貸してあげよう」
「え?」
「手伝ってあげるって言ってるの。1人じゃどうにもならなくてうなってたんでしょう?午前中ずっと」
「そうなんだけど…一緒に考えてくれるの?」
「まさか。私には私の仕事があるもの」
「え?だって手伝うって」
「仕事の後に…よ。仕事中にヒトミが考えたことに対して私の意見というか考えを言う」
「…うん。でも、仕事の後にって…いいの?その…デートと。」
「あ~そんなこと?気にしない気にしない。今農閑期だし」
「…ありがとう。ゴメンね」
「いいってこと…食べ終わったら戻るよ。休憩時間終わっちゃう」
「あ…待って!」
ユカリの言葉に安心したのか、やっとヒトミはいつもの調子を取り戻してパスタランチをものすごい勢いで完食し、オフィスに戻った。デスクに戻る前に、ユカリはヒトミに『宿題』を出した。それは『なんでもいいからヒトミの好きなもの、興味があるものを200個リストアップすること』
200個も…ヒトミは気が遠くなるような気がしながらも終業時間までになんとか200個ひねり出した。
オフィスからの帰り道、ドーナツショップに入ったユカリとヒトミはそれぞれドーナツふたつとコーヒーを買い席についた。
「どう?200個出た?」、
「なんとか…だけど、これって企画の…でしょう?私の好きなものリストアップしても意味ないんじゃ?」
「じゃあ聞くけどさ。ヒトミが10歳の時に好きだったものって何だった?」
「え…10歳…漫画とかだった気がするけど」
「ほら。まだ10数年しかない経ってない時の記憶もうろ覚え。じゃあ反対に、50歳になる頃には、何に興味を持ってると思う?」
「え~?そんなの想像もつかないよ…子供?あ、でも子供なら結婚してるってことで。旦那様とか…でも今現在カレシもいないし。全く想像もできないよ~そんな先のこと」
「でしょ?だから『今のヒトミ』なのよ。今の自分のことならわかるでしょ?」
「でも…売れそうなって言われてる」
「それを探るためのとっかかりが、ヒトミの興味があるもの、なのよ。ヒトミが欲しいものは『日本中でヒトミだけ』が欲しいわけじゃないでしょう?きっと他にも何人か欲しいと思う人がいて…ヒトミもやってると思うけど気に入ったものは友達とか家族に勧めちゃう。それで広まっていく…こともあるのよ」
「そうなのかな…でも、そうかも。確かに友達が持ってて、いいなとか欲しいなって思うときもあるし」
「ね。ではまずは…リストを見せて」
「はい…これ」
「え~と…アイスにハイヒール、オフショルダーに…なんだかバラバラなような一貫性があるような」
「えへへ…」
「褒めてない~。でも200個も、ダブりなしで出したのはすごいと思うよ。じゃあ明日は、これをジャンル分けして」
「明日?今じゃなくていいの?」
「あんたここでやるつもり?別にいいけど、私はつきあわないよ?」
「あ…ゴメン」
「じゃあまた明日ね」
それから毎日のように終業後の『ユカリのアドバイスタイム』が続いた。
ジャンル分けから絞り込み。関連ワードと発展づけ…初めのうちは宿題をこなすだけで精一杯だったヒトミだが、徐々に方向が定まり形が見えてきだしてくると慣れてきたのと面白さが出てきたのとで調子があがり、宿題から半歩、一歩先を読んだような案を出してくるようになった。ユカリは毎日根気よくヒトミにつきあいアドバイスした。初めに比べれば減ってきたとはいえ毎日何かしらのダメ出し…それでも必ず一つ以上は褒めたうえで翌日の宿題を出すのだった。そうしてひと月がたち、プレゼンの日を迎えた。
つたない企画書と押しに欠けるプレゼンだったが、目のつけどころが面白いと企画が通り商品化された。もちろん売れなかった場合のリスクも考えて最小ロットで作成し店頭で販売された。その商品は、最初はごく一部のマニアしか買い求めなかったが、彼らの口コミやブログなどで紹介されるとじわじわと人気が出てきだし、社内では追加発注の是非が会議の議題になっていた。
「よくやったな」
「ありがとうございます。課長」
「正直なところ、君には無理だろうと思っていたよ…気を悪くさせたなら謝るがね」
「いえ。私も最初は絶対にできっこないと思っていました。ここまで頑張れたのはユカリのおかげなんです。彼女がずっとアドバイスとか励ましとかしてくれたおかげです」
そのころユカリは部長室の応接セットで部長の前に座っていた。
2人の間には表紙に報告書と書かれた厚さ5ミリほどの書類が置いてある。
「以上をもちまして、人材育成計画その5『豚もおだてりゃ』計画を終了いたします。経緯とノウハウは報告書にまとめてありますのでご覧ください」
そう言うとユカリは席を立ち一礼して部長室を後にした。
ひとり部屋に残った部長は報告書をめくりながら、誰に言うでもなく呟いた。
「仕事ができない社員を手に余る業務に就かせ、根をあげて自ら会社を去るように仕向けるか、もしくは業務を全うさせて成功に導くか。どちらにしても会社には損害が出ないのだが。一体社長はどこからああいう人材を見つけてきたのだろう」
部長は報告書を手にするとデスクの隣のキャビネットを開いた。そして、自社で企画開発した商品の中でも使い勝手の良さで売り上げ人気の一位二位を争うため、商品名に社名を冠した『ユーカリファイル』に綴じ込み、No.4の隣に並べて扉を閉じた。
「どうしたの?ヒトミ。ずっと唸ってるけど、具合でも悪いの?」
隣のデスクのユカリが尋ねた。ヒトミとユカリは入社時期は違うが歳が同じなので普段から仲もよく気やすく話す間柄だったのだ。
「ああ。ユカリ。ゴメンね。うるさかった?」
「ううん。うるさくはないけど、珍しいなと思って」
ヒトミはパソコンの画面から目を離し、隣のユカリの方を向いた。ずっと画面を見ていたせいか、目が充血している。
「ああ、また目が真っ赤だよ。ほらほら休憩休憩。ゴハンしに行こう」
ちょうど休憩を知らせるチャイムが鳴ったので、ユカリはヒトミを昼休憩に誘った。
行きつけのパスタ屋に入るとユカリは「ランチ二つね」とヒトミの意見も聞かずに注文して席に着いた。ヒトミはユカリの向かい側に座るなりため息をついた。
「もう。ヒトミったらどうしたの?いつものあんたじゃないみたい」
「うん。私、どうしていいかさっぱりわからなくて。」
「だから、何があったのよ。ユカリさんに話してみなさいって」
ユカリにうながされてヒトミは今朝からの事を話しはじめた。話の間にテーブルに運ばれてきたパスタセットのランチを食べ終えたユカリは「冷めちゃうからヒトミも食べちゃいな」とおおかたの話を終えたヒトミに食べるようにすすめ、アイスコーヒーを飲みながら言った。
「要は、来月の会議でプレゼンしろ…というわけね」
ヒトミはサラダのキュウリをフォークでつつきながらうなずいた。
「無理だよ…やり方もわからないし、何からどう考えたらいいのかもわからないし。みんなの前で話すのも怖いし」
「あんた引っ込み思案だしね。それにしても、売れそうな商品の企画を出せなんてね、もちろん売れなきゃダメなのは当たり前なんだけど…課長ハードルあげすぎ」
「私には無理ですって断ろうかな…」
「断れる?課長に直接?」
「…れない」
「じゃあ、なんとかするしかないじゃない。…わかった。じゃあユカリさんが力を貸してあげよう」
「え?」
「手伝ってあげるって言ってるの。1人じゃどうにもならなくてうなってたんでしょう?午前中ずっと」
「そうなんだけど…一緒に考えてくれるの?」
「まさか。私には私の仕事があるもの」
「え?だって手伝うって」
「仕事の後に…よ。仕事中にヒトミが考えたことに対して私の意見というか考えを言う」
「…うん。でも、仕事の後にって…いいの?その…デートと。」
「あ~そんなこと?気にしない気にしない。今農閑期だし」
「…ありがとう。ゴメンね」
「いいってこと…食べ終わったら戻るよ。休憩時間終わっちゃう」
「あ…待って!」
ユカリの言葉に安心したのか、やっとヒトミはいつもの調子を取り戻してパスタランチをものすごい勢いで完食し、オフィスに戻った。デスクに戻る前に、ユカリはヒトミに『宿題』を出した。それは『なんでもいいからヒトミの好きなもの、興味があるものを200個リストアップすること』
200個も…ヒトミは気が遠くなるような気がしながらも終業時間までになんとか200個ひねり出した。
オフィスからの帰り道、ドーナツショップに入ったユカリとヒトミはそれぞれドーナツふたつとコーヒーを買い席についた。
「どう?200個出た?」、
「なんとか…だけど、これって企画の…でしょう?私の好きなものリストアップしても意味ないんじゃ?」
「じゃあ聞くけどさ。ヒトミが10歳の時に好きだったものって何だった?」
「え…10歳…漫画とかだった気がするけど」
「ほら。まだ10数年しかない経ってない時の記憶もうろ覚え。じゃあ反対に、50歳になる頃には、何に興味を持ってると思う?」
「え~?そんなの想像もつかないよ…子供?あ、でも子供なら結婚してるってことで。旦那様とか…でも今現在カレシもいないし。全く想像もできないよ~そんな先のこと」
「でしょ?だから『今のヒトミ』なのよ。今の自分のことならわかるでしょ?」
「でも…売れそうなって言われてる」
「それを探るためのとっかかりが、ヒトミの興味があるもの、なのよ。ヒトミが欲しいものは『日本中でヒトミだけ』が欲しいわけじゃないでしょう?きっと他にも何人か欲しいと思う人がいて…ヒトミもやってると思うけど気に入ったものは友達とか家族に勧めちゃう。それで広まっていく…こともあるのよ」
「そうなのかな…でも、そうかも。確かに友達が持ってて、いいなとか欲しいなって思うときもあるし」
「ね。ではまずは…リストを見せて」
「はい…これ」
「え~と…アイスにハイヒール、オフショルダーに…なんだかバラバラなような一貫性があるような」
「えへへ…」
「褒めてない~。でも200個も、ダブりなしで出したのはすごいと思うよ。じゃあ明日は、これをジャンル分けして」
「明日?今じゃなくていいの?」
「あんたここでやるつもり?別にいいけど、私はつきあわないよ?」
「あ…ゴメン」
「じゃあまた明日ね」
それから毎日のように終業後の『ユカリのアドバイスタイム』が続いた。
ジャンル分けから絞り込み。関連ワードと発展づけ…初めのうちは宿題をこなすだけで精一杯だったヒトミだが、徐々に方向が定まり形が見えてきだしてくると慣れてきたのと面白さが出てきたのとで調子があがり、宿題から半歩、一歩先を読んだような案を出してくるようになった。ユカリは毎日根気よくヒトミにつきあいアドバイスした。初めに比べれば減ってきたとはいえ毎日何かしらのダメ出し…それでも必ず一つ以上は褒めたうえで翌日の宿題を出すのだった。そうしてひと月がたち、プレゼンの日を迎えた。
つたない企画書と押しに欠けるプレゼンだったが、目のつけどころが面白いと企画が通り商品化された。もちろん売れなかった場合のリスクも考えて最小ロットで作成し店頭で販売された。その商品は、最初はごく一部のマニアしか買い求めなかったが、彼らの口コミやブログなどで紹介されるとじわじわと人気が出てきだし、社内では追加発注の是非が会議の議題になっていた。
「よくやったな」
「ありがとうございます。課長」
「正直なところ、君には無理だろうと思っていたよ…気を悪くさせたなら謝るがね」
「いえ。私も最初は絶対にできっこないと思っていました。ここまで頑張れたのはユカリのおかげなんです。彼女がずっとアドバイスとか励ましとかしてくれたおかげです」
そのころユカリは部長室の応接セットで部長の前に座っていた。
2人の間には表紙に報告書と書かれた厚さ5ミリほどの書類が置いてある。
「以上をもちまして、人材育成計画その5『豚もおだてりゃ』計画を終了いたします。経緯とノウハウは報告書にまとめてありますのでご覧ください」
そう言うとユカリは席を立ち一礼して部長室を後にした。
ひとり部屋に残った部長は報告書をめくりながら、誰に言うでもなく呟いた。
「仕事ができない社員を手に余る業務に就かせ、根をあげて自ら会社を去るように仕向けるか、もしくは業務を全うさせて成功に導くか。どちらにしても会社には損害が出ないのだが。一体社長はどこからああいう人材を見つけてきたのだろう」
部長は報告書を手にするとデスクの隣のキャビネットを開いた。そして、自社で企画開発した商品の中でも使い勝手の良さで売り上げ人気の一位二位を争うため、商品名に社名を冠した『ユーカリファイル』に綴じ込み、No.4の隣に並べて扉を閉じた。
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