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奈那美

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とある町の片隅に…

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 その店は、どこにでもあるような普通の食堂だった。こじんまりとしていて、カウンター席が5席と4人がけのテーブル席が3つ。お世辞にも広いとは言えない店を店主の男性がひとりできりもりしていた。
メニューもカレーライスや丼もの、麺料理などの単品料理にそれらを組み合わせた定食と定番が並び常連客が客の大半を占めていた。
店主は気さくな性格で、どんな相手にも分け隔てなく接したので料理の味はごく普通ながら連日賑わっていた。そんな彼の店の一番の人気メニューが『牛肉と筍のキムチ炒め』。
このメニューがほかの料理と違うのは「毎日」提供されるものではないという点と一定量の作り切りであること。そのため、その日店を訪れてみないとあるかどうかがわからない、ある種のレア感があることだった。
「なあ、おやっさん。牛肉と筍のアレ、今度いつ作るんだい?作る日がわかったら、オレその日めがけてくるんだけどな」などと聞く客もいたが、それを聞かれると店主は決まって困ったような顔をして「すみませんね~お客さん。今度いつ材料が揃うかオレにもわかんないんですよ。手に入り次第作りますんで、それで勘弁してくださいよ」と答えるのだった。
『ヤミツキ』になるメニューがあるらしいとの口コミはSNSを通じて瞬く間に広がっていった。
珍しい・レア感というワードに弱い人たちは『一度でいいからとりあえず』食べてみたいと店を訪れ、もとより通っていた常連客達は『そんなぽっと出』の輩に自分たちの楽しみをかすめ取られてなるものかとさらに足しげく店に通うようになった。それだけ人気が出たメニューにもかかわらず提供するペースは依然とかわらず不定期なままだった。今まで通りに作り置いた分では一品メニューとして供給に需要が追いつかなくなったため、店主は一品料理だったものを価格を下げて小鉢メニューに切り替え、多くの客に提供できるようにした。それでも売り切れた際は、同価格程度の一品サービスであったりクーポン券であったりを代わりに提供することで『今日のところは』諦めてもらうという方法を取っていた。
そんなある日、一人の常連客が「おやっさん。オレ明日からおふくろの看病しにしばらく実家に帰るからさ、ここに来れなくなるのよ。で、もし今日アレがあったら買って帰っておふくろに食べさせてやりたかったんだけどないみたいだし。でさ、ものは相談なんだけど作り方を教えてもらえないかな?」と聞いてきた。無言で聞いていた店主に「あ~。でもやっぱ無理だよな。悪い。店のレシピなんて秘密だよな」客が詫びると店主はにこやかに「いいですよ。オレの料理気に入ってもらえてこっちこそありがたいですよ」そう言って注文票から白紙の一枚を切り取るとさらさらと裏面に材料と作り方を書いて客に渡した。「材料も少ないし、作る手間も簡単なんで…もしも知りたい人がいたら教えてくださってもかまいませんよ」

それから1・2か月がたった閉店間際、彼の食堂にレシピを教えた客が現れた。時間が時間だけにその客のほかには新たに訪れる人はいなかった。カウンター席に座った客は、今日も繁盛していたらしく山のような洗い物を片づけている店主にむかって口を開いた。「先日はどうも。…あれから実家に帰ってた間何度も作ってみたんだけどさ、やっぱり違うんだよね。もちろん美味しかったから、おふくろも喜ばせてやれてよかったんだけど…なんか違う。やっぱりプロが作ると違うんだよな。材料も特別なやつ使ってるんだろう?」「いやあ、そんなことはないですよ」
「○○牛とかさ、名の通った肉使ってるんじゃないの?」「お客さんは、ご実家で国産牛を使ってお作りに?」「まあ、こういうときくらいは…といつもよりちょっと高めの国産牛使ったかな」「筍とキムチは?」「筍は…たしか国産だったかな。キムチは、おふくろが辛いのが苦手だから和風キムチってやつを選んだ記憶がある。けれど産地がなにか関係しているのかい?」「お客さん…ぶっちゃけウチみたいな小さい店では、良い材料で作ってたら正直アカですよ。申し訳ないけれど安い輸入品をありがたく使わせていただいてます。うちに限らず、どんなところも何かしら輸入品に頼らざるを得ないのがこの国の現状ではありますけどね」「そうか…そうだよな。確かに仕方がないよな。よし…今度実家に行ったときは輸入品で試してみよう。ちなみにどこのを使っているか聞いてもいいかい?」「もちろん。まず牛肉はA国、筍はB国、キムチは…」「キムチは…あの国でいいんだろう?」「ええ」
礼を言い満足げに店を出た客がカウンターに置いたままにしていた雑誌を、店主はその表紙に躍っている『買ってはいけない輸入食品!成長促進剤の恐怖!!依存症を引き起こす恐れがある成分を含有しているものも!!』『怖い!!輸入タケノコ!輸入キムチ!残留農薬数百倍のものも!?』の文字が見えないようにラックに片づけた。

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