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第二王子の前日譚

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「おそれながら はつげんを よろしいでしょうか」

 気まずい雰囲気漂う中、可愛らしくも凛とした声が響く。皆の顔が声の方へと向けられ、そこには一人の令嬢の姿があった。ローゼ公爵家の令嬢、リリーディアだ。

(また れいじょうか)

 セドリックは辟易としつつ、声を上げた令嬢に視線を投げた。どうせ彼女も自分を売り込んでくるのだろう、面倒だな、そう思って。しかし。

「でんか、はつげんを よろしいでしょうか」

 その令嬢は真顔で右手を挙げていた。アピールはアピールでも発言したいアピールだった。

「え……」

 予想外の出来事に思わず言葉を失う。すると。

「はつげんをっ よろしいでしょうかっ!!」

 第二波が来た。先ほどよりも声量多めで、語気も強めだ。彼女から向けられる眼差しも、見つめられているというよりは睨まれている。無言でリリーディアを見つめ返していると、彼女は大きく息を吸い込んだ。

「……はつげんをぉおおっ!! よろ」
「なんでしょうか ごれいじょう!!!」

 若干怒気混じりでさらに声量の増した第三波が来そうになったので、被せ気味にそれを遮る。きっとこの令嬢はこちらが黙っている限り只管ひたすら同じ呼びかけをするのだろう、しかも怒気と声量を強めながら。
 非常に不本意ではあるがさっさと返事をした方がまだマシだとセドリックは判断したのだ。 

「ほんじつの ちゃかいは ごぶれいが あっても おゆるし いただけると おききしたのですが」

 令嬢ーーーーリリーディアがそう言えば、息子の友人選びには我関せずの体を取り、上座に位置するテーブルに着いていた国王夫妻が『よいよい、好きにせよ』と手で丸を作りながら軽いノリで返してきた。
 リリーディアはでは、とセドリックの前に進み出るとカーテーシーをしつつ名乗る。

「へいかの おゆるしを いただいたので えんりょなく もうしあげます」
「なにを……」
「おそれながら さきほどの でんかの おふるまいは おうぞくとして ふさわしくありませんわ」

 ひえ、と発したのは誰だっただろうか。いくら多少の非礼は許すと王直々に許可が出ていたとしても、リリーディアの発言は危ういものだった。思わず周囲の人間が悲鳴にも似た声を漏らすほどに。

「なんだって……?」

 セドリックがリリーディアを睨めつける。ますます場の空気が凍った。しかしリリーディアは周囲の反応など意に介さず、セドリックへ皆が皆好きでこの場に集まったわけではないこと、先入観や第一印象だけで人を邪険にしてはいけないことを拙いながらに切々と説いていく。
 茶会に参加する令嬢子息やその保護者たち、王族の従者や騎士たちはヒヤヒヤしながら二人のやりとりを見守っていたが、国王夫妻は言い籠められる息子を腹を抱えて大笑いしながら眺めていたし、最初こそ王族不適格の烙印を押されてムッとしていたセドリックも話に納得すると素直に自らの非礼を令嬢たちに詫びるなど、周囲が心配したような事態にはならなかった。
 冷たく接した令嬢たちに謝罪したのちセドリックが後ろを振り返ると、リリーディアがこちらを見ていた。様子を見守っていたのだろう。
 無礼者だと処断されてもおかしくなかった。それでもリリーディアは自分をいさめた。身分を考慮しつつも正すべくところは正してくれた。この令嬢ならば友人になれる。物怖ものおじもせず、変な下心も持たずに付き合ってくれる。この娘と友人になりたい。
 リリーディアに話しかけようとセドリックが口を開こうとした時、ずっと真顔だった彼女から柔らかな笑みを向けられた。よくできました、とでも言うように。
 
(あ、あれ……?)

 初めて見た彼女の笑顔に鼓動が跳ねる。理由が分からず自分の胸を押さえながら困惑していると、リリーディアが傍に寄ってきた。

「さきほどは きついことを いってしまって もうしわけありませんでした」

 ぺこりと頭を下げられる。

「あれは ぼくが わるかったから。だから、かおをあげて ローゼじょう。さっきは ありがとう」

 セドリックがそう言えば、リリーディアは顔を上げた。

「まちがったなと おもったことを みとめて あやまることが おできになる でんかは とても すてきです」

 彼女が再び笑顔を浮かべる。

「……っ! あ、ありがとう……」

 セドリックの鼓動も再び大きく跳ね、動揺してどもった上に語尾が小さくなってしまった。どうしましたかとリリーディアが尋ねてきたが、なんでもないと胸を押さえて答える。
 令嬢からすてきと言われて嬉しいなんて、そんなバカな。茶会で他の令嬢たちに言われた時には嫌悪感しかなかったというのに。

(そ、そうだ、ともだちに なりたい あいて だからだ! そうに ちがいない!!)

 頭に浮かびかけた一つの答えを打ち消す。
 セドリックが心の中で葛藤しつつウンウン唸っていると、でんか、と声をかけられた。いつの間にかリリーディアは自分の隣に立っている。彼女は自分の耳元に顔を寄せてきた。

「さきほどは ああいいましたけど。おいやなものは おいやでしょう?おうぞくだって ひとのこ ですもの。ですから、 ほんとうの おきもちは オブラートに……ん?オブラートってなんだっけ? んー、ええと、じょうずに えがおで かくせばいいのです。おかおに だすと つけこまれちゃうのだそうです。だから ごじぶんの しんじられる あいてに、みかたにだけ ほんとうのきもちを おはなししたら いいかもしれません」

 こそりと囁かれた彼女の話。オブラートというものが何かはわからない。けれど要するに感情をあからさまに出すなということだろう。実際に隠すのはは難しい。けれどやってみよう。きっとそれは後々役立つだろうから。
 セドリックが首肯するとリリーディアがまた笑った。
 リリーディアが笑えば自分も嬉しくなる。笑顔を見るたび高鳴る鼓動。思わず胸元を握りしめる。
 この子を、この子の笑顔を独り占めしたい。この子の特別になりたい。傍にいてほしい。
 心の奥底から湧き上がってくる、今まで感じたことのない欲望。
 婚約者はいらない、結婚なんてわからない。そう思っていた。だけど。

「でんか?」

 リリーディアが心配そうにセドリックの様子を窺い、互いの視線が絡む。
 大丈夫と言う代わりに目を細めれば、彼女はホッと息を吐いた。
 二人で笑い合う。
 彼女の瞳に自分が映り込む、ただそれだけのことがひどく嬉しい。
 流石に自覚せざるを得ない。目の前の彼女に自分が抱いた感情は。

「ローゼじょう、あの……リリーディアと よんでいいかな? ぼくのことも なまえで よんで ほしいな」

 紛れもなく恋なのだと。
 






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