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本編
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しおりを挟む……ええええええええええええええ!?
セドリック以外の講堂中の人間の心が一つになった瞬間だった。当の本人は拗ねた顔つきである。
全員が呆気にとられていた中いち早く我に返ったリリーディアはセドリックを真っすぐに見つめた。
「既に殿下の心がレイミナ嬢の物であれば妬んだところで手遅れなのです、仕方ないでしょう。さっさと婚約破棄したいのなら都合もよろしいではないですか。あと人前なのでちゃんと『私』と言うようにして下さい」
「――――何を言っている。そもそも誰がいつ婚約破棄をしたいと言った? 俺……っ、ゴホン……私がそんなこと言うわけがないだろう」
「はい??」
リリーディアの声と場の全員の心の声が寸分も違えず重なった。
確かにセドリックの言うことは正しかった。衆人環視の中ではあるが、リリーディアは『質問に答えろ』と言われただけであり、婚約破棄するとは一言も言われていない。
皆が戸惑いを隠せない中、セドリックは顔を歪めながら気安く触れるな、はしたないとレイミナの手を振り払う。
「やぁんっ」
大した力で払われてもいないのにレイミナが大げさによろけて後ろに下がると、慌てたカシムとクラヴィスが彼女を支えた。レイミナがうっとりとした視線を向けて礼を述べれば、二人は頬を染めた。ちょろい男たちである。自分に対しデレデレと鼻の下を伸ばした二人の美男子を満足げに眺めてから、レイミナはセドリックに再び歩み寄った。
「セドリック様、もういいじゃないですかぁ。さっさと婚約破棄して私と婚約をし」
「先程から何なんだ。あなたと私が婚約? 傍に居る? 意味が分からない。私の隣に添うのはリリーディア=ローゼただ一人、そう決まっている」
セドリックが不愉快そうに顔をしかめて嘆息する。これに焦ったレイミナが追いすがった。
「え、でも、セドリック様は今からこの女を断罪して、私のために追放してくれるんじゃ……そのためにこんなたくさんの人を集めてこの女を問い詰めたんじゃ」
「断罪? ただの事実確認だが。片方の言い分だけでは話が分からないだろう。他者を含めた事実確認は重要だ。……リリィをこの女呼ばわりするな――――罰せられたいのか?」
「「「「え?」」」」
地を這うような冷たく低い声音で告げられた言葉にレイミナとカシム、クラヴィスにブラッドレイが間の抜けた声を上げる。
四人はてっきりセドリックがレイミナを新しい婚約者に据えるとばかり思っていた。故にこの状況が呑み込めず、ただただ唖然として目の前の不機嫌そうな顔をした王子を見つめることしかできない。
「清廉で聡明なリリィが嫌がらせなど万が一にもないとは思っていたが、一応な。まあ仮に事実だったとしても、だ。嫌がらせはよくはないが、大きな罪を犯したわけでもない。追放なわけがないだろう、精々謹慎ところだろうな。謹慎は可哀想だが、リリィが妬いてくれたのだと思うとそれはそれで嬉しい気持ちもあってだな……」
先程まで纏っていた魔王の様な雰囲気が嘘だったかのようにセドリックはちらちらとリリーディアに視線を寄越しながら照れくさそうにしている。
「でっ、殿下はレイミナのことをお好きなのでしょう? 傍に寄ることを許されていました。ですから我々三人は彼女への想いを抑えてあなたとの仲を応援しようと……」
震える声でクラヴィスが言い募れば、カシムとブラッドレイが壊れた人形の如くこくこくと首を縦に振る。
「? 傍をうろちょろすることに何も言わなかったのは、おまえたちがレイミナ嬢を好いているようだったからだ。だから渋々我慢していたというのに、おまえたちときたらいつまでも牽制し合ってばかりでいつになったら進展するのかとイライラして仕方がなかったぞ。だが、もう必要ないな。おまえたちは勝手にするがいい、いい加減私は疲れた」
そう言い放つとセドリックはいそいそとリリーディアに歩み寄り、肩を抱いた。レイミナと愉快な取り巻きたちは呆然とその様を見送る。
「……殿下、つまり私のことは信じるし、婚約破棄はないということですか?」
「当たり前だろう? リリィの厳しさや優しさを誰よりも知っているのはこの私だ」
「殿下、圧倒的に言葉足らずです。それに事実確認だけなら関係者のみで行えばよかったのでは?」
「いや、だから。念のため他の者の証言も聴きたくてだな?王室の隠密が常に私たちの周囲に目を光らせているから無実の証明は容易いが、間違っていることに声を上げられる人間がいるどうかも見極めたかったしな」
「個別に呼んで聴取すればよろしいじゃないですか。実際私側の証人など出ては来ませんでしたし。やはり聴取も秘匿性がないとですね……」
二人のやり取りに周囲が顔面蒼白になった。声を上げようとしたものの勇気がなく上げられなかった者、我関せずを決め込んだ者、あわよくばとリリーディア失脚を望んだ者、すべてが。まさか試されているとは思いもしなかった。
二人の会話がそれぞれの心中に様々な感情を宿らせたことを当人たちは気づかないまま、ああでもないこうでもないと議論をしていると。
「そこまでだ」
凛とした声が響き渡った。リリーディアたちを囲んでいた人垣の一部が割れ、現れた声の主にその場の全員が息を呑む。
「これは何の騒ぎだ? セドリック、簡潔に説明せよ」
側近を引き連れた厳しい目つきの国王が、周囲に視線を巡らせて言った。
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